夜の学校探検①
親の目を盗んであかりと一緒に夜の街に出た。街灯は点描法を使って街を明るく見せている。七月に入ってから夜の涼しさがだんだんと消えてきた。
「あかり、大丈夫?」
「うん」
と言いながら俺の手はがっちり摑んで離さない。こんなに深まった夜に出歩くなんてそんなにないもんな。高校生であろうと補導される時間帯だ。
だが、そのハラハラ感が逆に良い! 青い春だ。夜の道を彼女と走るのとかさ、ないやん? そうそうないやん?
[怒られないかなぁ……]
ポニーテールの付け根にあるヘアゴムに摑まりながら不安そうな顔を見せていた。
「大丈夫だよ。夜になったら部屋に入って朝まで出てこないなんて、ここ最近じゃ普通だし、高校生のカップルが添い寝してる部屋に入って来るような理解のない親じゃないからばれないって。いざとなったら俺が全部庇うから」
生沼の叔父さんのペンションに行くということも許してもらって、さっきまでその準備もしていた。準備はもう終わったから俺の部屋に用はないだろうし、なにしろ二人が寝たのを確認してから来たから大丈夫なはずだ。
そんなことよりも、夜の学校でビビり散らかして帰って来れなくなる方が俺は不安だ。帰りはおぶって歩くことになるかもしれない。
そもそも俺がそんなに無事でいられる保証はない。
「あかり、肝試しとかしたことないよね?」
「うん、ない」
疾風になびく髪の毛の向こうに綺麗な横顔が見えた。無表情も美しく感じるが、それがクールビューティーであるわけではないことを、頭の上に小人が教える。
[怖いよぉ……。おしっこ漏らしちゃうかも……]
「おしっことか言わないの」
[あ。ご、ごめんなさいっ]
小学生じゃないんだからそれはやめてくれよ。俺もあかりも恥ずかしいことにはならないことを祈る。
「あ、見えてきたよ」
高校の南校門の前にはすでに俺ら以外の参加者が集まっていた。
「おせぇよ、ビビってんのか?」
自宅から休まず走って来て息が切れている俺らを生沼は煽った。
「ちげぇよ。お前らこそ早くね?」
「まあ、指定した集合時間まではあと十分ぐらいありますからね。これはだいぶ好タイムではないですか?」
唐沢が眼鏡を押し上げながら言った。
「だよなぁ?」
「これで全員ですね」
関内は一人一人指差して数を数えた。さすがにこの時点で、一人多い、とかそういうのはないだろうが。
参加者はオカ研の関内と唐沢と一年生の
「じゃあ説明します」
唐沢が口を開く。暗い校舎を背にその眼鏡が街灯に反射してめちゃくちゃ不気味。それは彼らが作り出すオカ研特有の雰囲気のせいなのか、彼らの元の人間性がそれなのかはわからない。
「よく学校の七不思議と言うのを聞きますよね」
「あぁ」
「うん」
導入から怖くてたまらないのか、あかりも分身も俺からくっついて離れない。お風呂上りで良い匂いがして没入できないが、これはこれで心地がいい。
「うちの高校にもあるのはご存じですか?」
「え、そうなのか?」
「はい。オカルト心霊研究同好会は、今でこそ廃部の危機ですが、学校が創立した当初からある古い部活なので、歴代の先輩たちが残してきた資料が結構あるのです。それはこの学校のものもそうですし、この町一帯に関するものも」
「そ、その中に……?」
「はい、高校に伝わる七不思議というものがあります。七不思議の内の一つが、最後に確認されたのが六年前。それからは一つも確認できていません」
「過去に確認できてんのかよ!?」
生沼が夜の住宅街に驚嘆を放つ。
「はい。事実に基づいた記録ですので、七不思議と言っても完全にオカルトに寄った摩訶不思議ではなく、本当に遭遇できる可能性のあるラインの摩訶不思議です。過去には全て確認されています。そこがこの学校の特異性ですね。今回はそれを確認するという活動になります」
「思ったより面白そうだな……」
「怖ぇな」
普通の肝試しは人工的な仕掛けがあるか遭遇できないで怯え損するかの二択がほとんどだが、実際に遭遇するとなるとこれまた面白い。怖いけど。
[じゃ、じゃじゃ、じゃあっ、呪われちゃうかもしれないの?]
俺に寄り添うあかりの頭の上から分身は俺の耳たぶをびんびん引っ張った。変に力が入っていて痛い。
「呪われんの?」
「いえ。呪いとは関係がないと思われるものがほとんどです。ですが、もしかしたら」
「あるかもしれないと」
「七不思議以外に何もないとも限りません」
なんて恐ろしいところで暮らしていたんだ俺たちは。そしてオカ研はこれを正式に発表しないのだ。部員も集まるのではないか。
「では行きましょう。
回収って……。てかめっちゃちゃんとしてんな。ますます正式に活動許可もらった方がいい気がするんだが。
「その他、やり取りはすべて皆さんそれぞれのスマホでやり取りをします」
今回は俺とあかり、生沼と時田、オカ研の三組に分かれて行動するらしい。七不思議が確認できるスポットをそれぞれが手分けして創作すると事前に説明されている。
「それで、肝心の七不思議の内容なのですが、これから皆さんのLIMEのグループチャットに送りますのでそちらを見てください」
唐沢がそういうとすぐに、スマホに通知が来た。
〈file.1〉
場所:体育館
・無風状態にも関わらず体育館の内側の骨組みから軋むような音が聞こえる。
・バスケットゴールが勝手に上がり下がりする。
・
最後に確認されたのは八年前の玉響現象(通称:オーブ)。確認時、体育館のすべてのカーテンが閉められており照明もすべて消灯されていたため、月明かりや人工的な明かりでないことは明らかである。非常口のランプの可能性もあるが、浮遊していたことを考えるとその可能性は軽薄である。
骨組みの軋みは無風環境かつ地震発生もなく、最初に確認されてから九年の間、授業中を含めて確認されていないことから鑑みるに、建物の劣化が原因でないことは明らかであると言える。
バスケットゴールについても確認できたのは最初の一回きりで原因は完全に不明。
〈file.2〉
場所:南校舎三階男子トイレ
・勝手に水が流れる。
・鏡に確認班ではない女子生徒の姿が映る。
・玉響現象が起こる。
流水が確認されたのは一番奥の個室。八年前だが、その時にはすでに現在と同じ様式便器になっていた。しかし、自動洗浄などの機能はついておらず、操作なしで勝手に流水した原因は不明。
鏡に映った女子生徒は、当高校と同じ制服を着用していた。しかし場所が男子トイレであることと、当時のオカルト研究部に女子部員がいなかったことを含めると、見間違いとするには不可解な点が多い。かつて自殺した生徒がいるなどの報告もないため、正体は完全に不明。この現象に遭遇した当時の確認班はトイレであるにも関わらず失禁したと報告されている。
玉響現象は月明かりの可能性がある。
〈file.3〉
場所:グラウンド
・サッカーゴールに何かが衝突するような音が聞こえる。
・玉響現象が起こる。
ゴールポストかゴールバーかは不明だが、サッカーボールがゴールに当たるときによく似た音が確認されている。当時のグラウンドでそのような音が出うる形質・質量を持った物体は見つかっておらず怪奇現象と呼べる現象である。また後日、報告があったサッカーゴールを調べたところ、勝手に音が鳴るような劣化損傷はなかった。
玉響現象はグラウンドで最も多く確認されている。蛍のような緑色やただの白色であったなどの多数の例が報告されている。
〈file.4〉
場所:音楽室
・ピアノの音が聞こえる。
・金管楽器のマウスピースが勝手に移動する。
確認されたピアノの音は単音で音高はD3。当時、ピアノには誰も振れていないどころか鍵盤の蓋も下ろされていて、どのように音が鳴ったのかは不明。確認班の耳鳴りにしては音高が低いため間違いなくピアノの音だと報告されている。
金管楽器のマウスピースは吹奏楽部ではなく、授業用に用いられるもので、音楽室の一角に保管されているものだが、突然椅子の上に移動しているのが確認された。見間違いの可能性もあるが、後日音楽科の先生が「マウスピースが一つなくなった」と授業で説明していた。移動したマウスピースは確認班がその場で元に戻しているため、そのマウスピースかどうかは不明。
「これで、四か所七つ全部です。この高校は同じ場所で複数確認されることがあったのでこうなっています。あの、玉響現象はかなりの数が確認されておりますので、七不思議には数えていません。見つけたらちょっとラッキーと思っていただければいいです」
「……うそでしょ?」
思ったよりもちゃんとホラーなんだけど。男子トイレやばすぎるだろ。失禁はさすがにワロタ。ほんとにおしっこ漏らしちゃうかもだな。
ていうかばりばり呪われそうなんですけど。オカ研からするとそうでもないの?
[待って、無理だよぉ……]
俺のスマホの画面をのぞき込んでいた分身は涙でいっぱいになった目で俺を見上げた。本体の方は無表情を保っているが、多分二人の間は接着剤で接合されている。
「三階男子トイレはレベルが高すぎるのと、女性は探索できませんので、僕・唐沢と熊野川で探索します。関内はグラウンド。高碕君と、柚瀬さんは体育館。生沼君と時田さんには音楽室を探索してもらおうと思っています」
「体育館かぁ……」
トイレみたいな狭いのも怖いけど暗いのに広いのも怖いよな。声響くから不安がでかい。
「えー、待って茂くん。私、茂くんから離れらんないかも……」
「守ってやるから安心しろ」
「っ……♡」
「何カッコつけてんだ。ビビってんのバレバレだぞ」
俺は生沼を煽った。
「なっ。ビビってるわけねーだろっ? こういうのほら? ちゅ、中学校の頃からよくやってたし? 慣れっこだからよ。もう逆にリラックスしちゃってるね!」
「じゃあちょっとここに向けて鼻息吹きかけてみろよ」
俺は人差し指を中指を立てて、目潰しのような手格好で生沼の両鼻の前へ持っていった。
「あ? なんだよそれ」
「いいから」
すぅぅぅ。
「……右穴から出てるじゃねぇかよ息。右から出てる時はな、何かしら緊張してる時なんだよ。リラックスしてる時は左から出んの」
「なっ。なんだよ嘘だろ?」
「嘘じゃねぇよ。じゃあ今度風呂上りに同じようにやってみろ」
「くっ……」
そうなんだ、と言うように時田もあかりも自分の手を鼻にかざした。
[すっ、すんすんっ……]
「あかり?」
「……むぁ?」
「吸うんじゃなくて、吐くんだよっ?」
「えっ、あ、あぁ……」
吸ってもわかんないでしょ。ったく可愛いんだから。
「あかりには俺が付いてるから、安心してね」
「そういうお前はどっちなんだよ! 右なのか、左なのか?」
生沼はぐっと両手を握って、きゃんきゃん言った。
「右に決まってんだろ! このガチの報告書見てのんきに左から噴射できる奴いるかアホ! だから二人で行くんだろ」
「ぜーんぜん安心できねぇじゃねーかよ! なぁ柚瀬?」
「できる」
「えー……?」
生沼は勢いを失って茫然とした。
「浩くんがいれば、何でもできるから」
俺は抱きついて頬を擦り付けてくるあかりを優しく撫でた。分身は怯えに怯えまくっている。目の前の校舎が、学び舎などではなくてただの要塞に見えてきた。
「じゃあ、行きましょうか。ピンチになったら、オカ研のメンバーに伝えてください。皆さんが無事に帰ってくることを祈ります」
なんでそうやって脅すんだよ。
俺らは校門を協力してよじ登り学校内へ入った。オカ研が極秘に所持している学校のマスターキーを受け取ってそれぞれ別れ、指定の場所へと急ぐ。と言っても、まさか暗い校内を疾走できるほど心臓は大きくない。
「あかり大丈夫?」
体育館へと続く渡り廊下で、俺は引っ付いて離れないあかりの背中に手を当てた。
「怖い……」
[無理無理無理無理ぃぃぃ! 浩くんいないと死んじゃうぅぅぅ!!]
分身は学校に入ってからずっと俺の胸ポケットに入って顔をうずめている。この環境における唯一の癒しだ。
「来た、ここだ」
いつも何気なく体育で使っている体育館。夜になるとその不気味さは異常なまで増大している。幸い霊感はないので、怪しいものは見えない。
※胸ポケットの妖精は怪しいものではない。
「うわぁぁ怖いなあかり。やばいなぁ!?」
こくこくっ!
「……よし、行くか」
俺は覚悟を決めてマスターキーを入り口のカギ穴に差して回した。
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