仲直り

「で、結局夜の学校はどうする?」


 生沼は後ろにぶっ倒れてもいいように、背もたれを両足で挟むようにして真後ろの俺の方を向いていた。


「あぁ、行くよ。関内にもそう言ったし」


「え? 柚瀬も一緒に行くのか?」


「うん」


 あかり(分身)は相当ビビってたけど、俺と一緒ならと頷いてくれた。


「お前は、行くの?」


 俺は腕を組んで顔をうずめる生沼に聞いた。


「お、おぉ……行く」


「そっか。結構に賑やかになっちまうかもな」


「んー」


 生沼は何かを思い出したように、顔を上げた。


「あのさ、浩輝」


「ん?」


「明日から三連休じゃん? 月曜、創立記念でさ」


「うん」


「であの、俺の叔父さんがさ、この夏にペンション始めるらしくて、先行招待客として俺と学校の友達いくらか呼んでいいよって言ってくれたんだけど、一緒に泊まりに行かねぇか?」


「ペンション?」


 すげぇなそれは。


「どこ?」


那須なす高原」


「遠いな。新幹線か」


「旅費は全部叔父さんが持ってくれるからさ。ちょうど定員が四名で、俺と、か、花音と、あとお前らでどうかなと……」


 他に人がいないのか、彼女と行くとなると他二人と気まずいから俺らを誘ってダブルデートをけしかけているのかだが、おそらく圧倒的後者だろう。


「な、なんでいきなり……。明日からじゃねーかよ」


「話は前からもらってたんだけど、ずっとあと二人が集まらないんだよ。最悪俺と花音だけでもいいかなと思ったけどさ、せっかく叔父さんが誘ってくれたから人数多い方がいいかなって思ってさ」


 別に那須高原のペンションに二人きりの方がよくないか? だって……。


「お前の彼女と、あかりは一緒にしてよろしいものなのか?」


 生沼は眉をぴくりと動かした。


「そ、それがな、花音がお前らを誘いたいって言い出したんだよ……」


「は? なしてどして?」


「そ、それはな……」


 生沼が言葉を続けようとすると、廊下の方から話題の主の声と、ドタバタという足音が聞こえてきた。その次の瞬間、教室の後ろの扉が勢いよく開け放たれて、あかりが走って来た。


「なになになに、今度は!」


「ゆずせっ、待ってってぇ!」


 後ろを追いかけてきた時田はひどく肩を上下させていた。おそらく隣の教室から来たわけではなく、学校のいろんなところを追いかけっこしてここまで来たのだろう。


 あかりは俺の後ろに隠れて怯えながら、時田を見ていた。


「柚瀬っ……」


「おいっ」


 俺はあかりを庇うように立ちふさがった。


「お前、懲りねぇな。いい加減にしないと、マジで――――」


「ち、違う違うっ! そんなんじゃないんだよぉ」


「え、成功してないのか? 花音」


 生沼は組んでいた腕を机について目を見開いた。俺はその生沼を振り返る。


「あ? 成功? なんの話だ」


「い、いや……」


 彼は椅子の上に小さく体育座りをして口元を膝にうずめた。


「柚瀬と、仲直り大作戦」


「仲直り、大作戦……?」


 切らした息を必死に整えてとっきたは口を開いた。


「昨日のこと、謝りたくてっ……。私も、柚瀬のこといじめたかったわけじゃないんだ。だから、その」


「ばか。んなこと容易たやすく信じるかよ。じゃあなんであかりはお前から逃げてきたんだ」


「それは、私が話しかけるだけで逃げ帰っちゃうからっ……足めっちゃ速いし柚瀬」


 俺はあかりを振り返った。


「え、何もされてないの?」


 こくり。


 なんだよ、そうなのか……。


[でも、きっと意地悪されるもんっ……]


 分身は俺の耳たぶをもみもみしながら、泣き声でそう言った。

 

 でもなぁ。


「は、話なら聞いてあげよう? な、あかり?」


 俺は庇っていたあかりを時田の前に差し出した。前には出たものの、俺のワイシャツはがっちり掴まれている。


「な、なに……?」


 いつもは面白がっていた無表情もこうも突き刺されると怖いのだろう。時田は、びくっ、と固まってしまった。


「花音、言うんだろ?」


 生沼が氷を溶かしにかかる。彼女ははっと我に返ると、そのままその場に体をうずめた。あまりにも速いその動作が土下座だと気付くまでに少し時間がかかった。


「え? は、は? 何してんのっ」


 急いでやめさせようとする俺を生沼は阻止して、彼もその場に頭を下げた。


「バカにしてすみませんでしたっ。柚瀬さんっ」


「ちょ、やめてって」


[ふぁぁぁ!? どういうことですのっ!?]


 俺の肩に乗っていた分身も慌てふためいている。当たり前だろう。いじめっ子だと思っていたクラスの女子がその彼氏と一緒に五体投地しているのだ。俺は生沼の、あかりは時田の肩をそれぞれ持ち上げた。


「昨日、しげくんに叱られて、それで、自分がバカだったなって……」


「え? お前叱ったの?」


 俺は生沼に聞いた。


「当たり前だろ。自分の彼女が親友の彼女に意地悪しようとしてんだぜ?」


「じゃあ昨日の教室の時点で止めろや! なーにが、俺の宝物のことあんま悪く言わないでくんね? だ、バーカ!」


「や、やめろっ。恥ずかしいことを掘り出すなぁ! だいたい、あの場で出たのも、俺のシナリオ通りに行けば、丸く収まってたんだよ!」


「あ? シナリオだと?」


「あぁ!


 花音の彼氏だと名乗りを上げる。

 ↓

 柚瀬のことをお前から散々聞いてる俺は柚瀬のことも擁護しながら、彼氏らしく花音を叱る。

 ↓

 突然の彼氏宣言からの、身内を叱ることもいとわない男気に、俺の株価が急上昇。

 ↓

 そのまま、花音と一緒に柚瀬に謝る。

 ↓

 四人仲良くハッピーエンド(/・ω・)/


 これだよこれ! 俺が考えていたのはぁ! まあ花音が恥ずかしがり屋だということを完全に計算し忘れたのが誤算だったけどな! おかげで俺も恥ずかしいまんまで終わったし、お前らに散々事情聴取されたしよぉ! なぁ!」


「なにどさくさに紛れて自分の株価あげようとしてんだ! 俺に便乗してくればよかっただろうがよ。いきなり彼氏とか名乗り上げなくていいからさ」


「あれは完全にお前のターンだったじゃねぇか」


「ターンもくそもないわ! さえぎってでも止めに来いよ!」


「人の話を遮る男は彼女できないって親父が言ってたんだよ!」


「お前彼女いるんじゃねーのかよ!?」


「あ~~~~もうっ!!」


 漫才の最高潮になって、時田がツッコミを入れた。申し訳なさそうに短いスカートを握る。皺が寄ったそれ。


「わ、悪いのは、私なの……。柚瀬のこと面白がってちょっかい出してたし、大切な恋人のことも普通とか言っちゃって……」


「時田さん……」


 時田はゆっくり立ち上がってスカートを掃うと、その手であかりの両手をぎゅっと握った。


「私が茂くんのこと大好きなように、柚瀬も彼のことが大好きなんだって考えたらさ、私とんでもないことしてるなって思って。ほんとに、ごめんなさい」


 体感のしっかりとした形の綺麗なお辞儀だった。邪心があるようには感じられない。


 分身あかりは困ったように手を組んでいた。


[時田さんは、ほんとはめちゃくちゃいい人なのかな?]


 だな。だって生沼が惚れるんだろ? 少なくとも根は悪い人じゃない。そもそも、こうやって謝れる人間なんてそんなに多くないんだから。大人だろうと子どもだろうと。


「あの、そ、それで、なんだけど……」


 時田は黒髪を耳に引っ掛けながら、あかりの目を真っすぐ見た。


「もしよかったら、仲良くしてくれないかなって。その、そんな資格ないのは分かってるんだけど、その、仲直りっていうか……直る仲がもともとないって言われたらそれまでなんだけど」


 ペンションにあかりを誘ったのはそういうこと。この仲直り大作戦が終わった後、すぐに距離を縮められるように。だとしたら、嘘じゃないな。


「同じ彼氏持ちの身としてさ、私たちだけにしかわからないガールズトークとかしたりさ」


「「なにっ」」


 俺と生沼が思いっきりハモる。小学校の時に、友達とハモるとインド人が一人死ぬという、無根拠過ぎるかつこれ以上ない程不謹慎な噂があったのを思い出した。心底どうでもいいが。


「そんなものがあるのかあかり」


 無表情のままのあかり。分身は、お口にチャック、の動きをして悪戯っぽく俺の顔を見ていた。こりゃどうやらあるみたいだ。


[お友達、いいかも♪ んー、でもぉ♡]



「……私と時田さんは同じじゃないよ」



「え?」


「え?」


「え?」



「「「……えっ?」」」



 その場にいる誰もが、いいよ、と言って手を握り返す展開を予想していたが、まさかの異質宣言に度肝を抜かれた。


 あかりは俺の腕に抱きつく。


「私は、時田さんが思ってるよりもずっとずっと、浩くんのこと愛してるから。格が、違うから」 


「おぁ……? あかり?」


 そういうこと?


「浩くん、お昼食べに行こ?」


「え、あ、うん」


 あかりは他を許さず俺の腕を引っ張っていった。





「もっ、もしかして、私ありえないくらい嫌われちゃったかなぁ……?」


「だ、大丈夫じゃないかな。嫌そうな雰囲気ではなかったし、花音の気持ちはちゃんと伝わってると……って、え。な、泣かないでっ。大丈夫、大丈夫だからっ。よしよし……」


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