第18話 困難への対処で見える性質
セルジは会話をしながら魔法を使って情報を記録し続けていた。自分の頭に情報を送り込むとその処理で何もできなくなってしまう恐れがあったため、中身については質問された内容に関連するものを部分的に掬い上げて会話に使っていた。
「あー、感染症対策もほどほどに、経済対策を行った国がそれなりにあったようだね。」
言い方にひっかかったもののラルタが確認する。
「それは感染症の性質によるんじゃないの。」
「まあ、そうだね。致死率は高いとは言えないと表現されてるけど、感染力はかなりのものみたい。空気感染ほどではないけど、こういった対面での会話での飛沫で感染する感じだね。しかも症状がでないうちに他人にうつすことも確認されてる。でも、一時的に下火になった頃に旅行とか外食とかを推奨してるね。日本だけど、その施策の命名は英語でやってるから、なんだか言葉を拾うのに眩暈がしてくるよ。」
ラルタもディオークもラディも教育されてきたことを思い出してしかめた顔をする。
「その感染経路で旅行とか推奨したら感染爆発しそうね。致死率が高くないと言っても、母数が多ければ拡大するでしょうに。」
「どうだろう。旅行だけだったら拡大はしないとか言う人もいるみたい。まあ、でもその後の言葉を拾うと、拡散したのは確実かな。0だった地域に1か2のバラまきをしたのは確かだね。あとはそこから拡大だろうね。」
「なんでそんなことをしたかって言ってもあれか、経済対策をしないと生活できない人がいるってことか。」
ディオークが経済対策をしなければいけない理由を探す。
「建前としてはそうだね。でも政治的な思惑のが高そうな言葉のが多い感じだよ。あとは、ここみたく国民口座みたいな仕組みはない社会みたい。生活保護って制度はあるようだけど、なんだか否定的な言葉がけっこう結びついているね。」
「すごい仕組みに聞こえるとか言ってたものね。でも受け入れは早かったから概念というかそういう試みとかはあったんじゃない?」
「ああ、えーとベーシックインカムって言葉で表現されてるね。これも英語だね。世界的には実験してるところもあるけど、あまりうまくいってなさそう。"働かざるもの食うべからず"と言う言葉がまだまだ力を持ってる感じだね。」
「なにそれ、生存権を否定することになるじゃない。」
「まあ歴史的にはわが国でもそういう考え方はあったし、特区以外は現実そうじゃないか?」
ラルタは反射的に教育内容の教えから言葉を発し、ディオークは自分たちの国も大差ないことを確認する。その言葉にラルタも少し冷静に答える。
「私らも良い暮らしを求めて働いてるけど、"食うべからず"なんて言ったら、病気でも怪我でも、働けなくなったら死ねと言ってるような言葉よね。」
「さすがにそんな極端なことにはなってないよ。そうじゃなかったら超高齢化社会なんかになってないだろうし。それにね、仮説は正しかった可能性が高いよ。生存権の話も公共の福祉の話も日本の憲法に記されてるからね。この国の歴史のどこかで転生者は深く関わってるね。」
「ほんと?あ、でもさっきの1000年と100年の話からしたら、どっちが先かわからないんじゃない?」
「どちらが先か。向こうにも集合的無意識の言葉があるから、それで伝わった可能性もあるかな。たしかに憲法に記されて100年も経ってないね。単純比較するとこちらのが先なのは確実なんだけどね。向こうにはこちらの世界の情報は少なくとも現時点では見つけられないし。架空の世界としてなら部分的に同じ描写もあるけど、それもそんな前の話ではないから、時間の逆転現象を説明できないと仮説は肯定できないのか。」
セルジの言う仮説とは、ハルサーテ国に伝わる様々な偉業がすべて転移者または転生者が関わっていたという説を指している。しかし彼らは気付いていない。転移者の言葉を翻訳するのみならず、言葉を通して様々な概念を取得できてしまう魔法のとんでもない性能に。その魔法を開発したのが転移者であったために、彼らは幻想を抱いている。あるいはそれで得た知識がすでに世の中にあふれていることに価値を見いだせていないのかもしれない。そしてラルタの大叔父の話を他の大人と違って過大評価していた。人は見たいものを見る。そして見たいものしか見えないこともある。
彼女らは思っている。今のハルサーテ国トーチカ街の仕組みであれば公共の福祉の名のもとに、封じ込めるだけの行動制限をかけて感染症がおさまるようにできるだろうと。なぜなら誰も働かなくても最低限の食糧は生産され続け、ゴミ処理にも問題なく、部屋を出ることなく教育も娯楽も、旅行気分すら味わえる施設が揃っている。何より、魔法を使った検査方法で確実に感染者を発見できると信じているのが大きいだろう。だからこそ理解できない。なぜ旅行や外食を推奨したのか。
「ラルタは明日何を確認するつもりなんだ?」
かなり脱線した話ばかりと思っていたラディが珍しく口を開く。
「そうね。マモルさんの考え方を探って、私の大叔父との関連性を見たいわね。日本特有の考え方とかがわかるかもしれないから。教育の説明するから、日本での教育の話から始めるのがいいかな。」
「そういうの、今作ってる資料からでもわかるんじゃ。」
「本人の口からきくのも必要でしょ。」
「ん?ああ、上から許可下りたね。しばらくここで預かっていいってさ。それに、マモルさんが調理場の説明を見たようだね。ちょっと連絡してみるよ。」
セルジは連絡が入るようにしていた。それが見守りなのかプライバシーの侵害なのか、ここに非難する者はいなかった。
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