第9話 疑問は尽きないが

なぜだか世知辛さを感じていたが、ラルタさんは話を続ける。


「それでは今度は右手で持っていただき、右側に親指をあてていただけますか?」


ふむ。表面は何もでない。

裏面は、0ⓛだった。どうやらこっちは資産口座が見えるようだ。


「はい、裏面を見てるのでわかるかと思いますが、こちらが資産口座になります。ちなみに触れている位置が重要ですので、直前に認証が終わっていれば、右手・左手に関わらず、表面の左側に触れれば国民口座、右側に触れれば資産口座の金額を確認することができます。使うときも同様に触れる場所で口座を特定する場合が多いです。資産口座を使うようになったら注意してください。」


「なるほど。これは何か読み取り機があるのですか?」


「店舗であれば、勘定場に専用の読み取り機がありますね。個人間の取引であれば、この身分証でもできます。ただし、国民口座間の取引はできないようになっています。」


勘定場?まあ、レジのことだよな。カードもそうだが、外来語を日本語として訳してくれないのがとてもわかりにくいぞ。

俺に魔法がかかってて、俺の認識で翻訳してるんならこんなことにはならない気がするのだが。日本語の類推で訳せてしまうからということか?

いや、今はそんなことより、と思っていると、ラルタさんが続きを話す。


「国民口座は個人の生存権を保障するためのものですが、個人間取引が行われてしまうと一方的に奪われてしまう可能性があるので禁止しています。生活必需品の購入や住居関連の支払い、あとは公共機関の利用料などが主な用途ですから。」


えーと、

「今の私には関係ないただの素朴な疑問なのですが、子供にはこの国民口座はどうなっているのでしょう?」


「子供は基本的に成人するまでは親権者が身分証を管理します。あ、身分証上の成人年齢は15歳になっています。幼い子向けに、役所に専用の機器がありまして、親権者であれば、子供の国民口座から養育費分として7歳までは全額受け取れるようになっています。8歳以上は取引を覚えてもらう意図もあり、6万、5万と年齢があがるにつれ親権者に渡せる金額は減らしています。あとは割合で住居の費用などの一部引き落としは可能ですね。また、金額を使用するのはこの場合親権者になるので、子供自身が利用しない限り、子供の身分証の保障は未使用になります。」


おおう。なかなか面倒な仕組みに聞こえるぞ。経済情勢から7万なんじゃなくて、月週と成人年齢から7という数字を導いているのかも。それに、これはあれだな、育児放棄するような親とか子供から搾取するような親への防止策なんだろうな。まあ、人の目を気にしない人はいくらでも抜け穴見つけそうだけど。


「つまり、親が使うのだから保障金額は親に加算されると。仮にその親が街の外に行くことになったとき、自分の利用分と子供から受け取った金額の合算を超えないと、お金を持ち出せないということですね。」


「その理解であってます。ただ、通常はその通りですが、実は短期旅行で隣街までという程度、つまり戻ってくる前提であれば、5万エルまでは持ち出すことはできます。移動を制限するものではないという位置づけですね。」


ああ、返すもの返さないと街から出さないとかすると、制限が強すぎて人権侵害だとか言われるのかね。


「さて、疑問は尽きない様子だが、身分証の発行と基本的な利用方法の説明までが入出管理局の役割なので、他に知りたいことがあれば、明日以降の教育内容にて確認してほしい。」


おっとディオークさんがぶった切ってきたぞ。


「そうですね。ニホンについてもお話を聞きたいので、明日またお時間ください。」


ラルタさんも普通に切り替えてきた。


「えっと、一つ確認ですが、一番初めに話を戻して、転移者が元の世界に戻るとかそういう事例はないということで良いでしょうか。」


そう、普通に明日以降の話をされてきたが、気にしないのかと聞かれただけではっきりした答えまで聞いてなかった。


「事例としての記録はありません。それを確かめるには行き来した人が周りに伝えて、かつ周りが信じられる状況にないといけません。はたして事例がないのか、伝える手段がないだけなのか。仮にこの世界から消えたという事象が起きたとしても、無事に戻れたかどうかは、私達では判断する材料がありません。ですので戻ったという事例は記録としてないという答えになります。」


そりゃそうだ。聞いてもわからないものはわからない。

「わかりました。であれば当面の生活をどうするかのほうが重要ですね。今日は宿とかに泊まるのですかね。」


「はい、といっても今回は入出管理局で用意している施設ですけどね。セルジが案内するので、ごゆっくりとお休みください。」


セルジさんが立ち上がり、促してくる。

「さて、では行きましょうか。」


「はい」

立ち上がり、言葉を続ける。

ラルタさんもディオークさんも立ち上がっていた。


「ご説明ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします。」


お礼を言ってセルジさんについていく。


トイレよりもさらに奥に行くと、ああと思う。

あるのか。エレベータ。でもここ、入り口的に、壁の中じゃなかったっけ。窓とかあるのだろうか。なかったらほぼ独房になるような気がするのだが。いやそれより動力は、、あ、魔力なのかな。

はてさてまだ見ぬ街中に高層ビルはあるのかないのか。。

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