第6話 はじめての街の仕組み
ふとセルジさんを見る。なんかポーカーフェイスをしている。最初のにこやかさはどこへ?あれ、日本語について魔法で理解したときどう思ったんだろう。難しい顔をしていたような気がしたが、今のラルタさんと同じ心境だったのだろうか。
ラルタさんのほうを見て、質問する。
「その方は今はいないということですか?」
「そうです。私の大叔父になりますが、89歳で心筋梗塞だったそうです。まあ大往生とも言える年ですから私の中では老衰だと思っています。」
大オジか。祖父さんか祖母さんの兄弟ってことか。兄か弟かは発音で区別できないが。そんなことよりセルジさんもなんか知ってそうな雰囲気だな。
「その大オジさんは何をされていた方なのでしょう?」
「昔は探求者だったそうです。近所にいたので、セルジやラディにも何度か話を聞かせていたことがあります。私の親からはあまり近寄らないようにと言われていましたが、亡くなる数日前に、たまたま一緒に話を聞く機会があったのです。そのときは作り話なのか、違う世界の話なのかわかりませんでしたが、そのときの言葉に『'ニホン'に、帰るのか。』というのがあったので、気にはなっていました。小さな声でしたが、願望とかでなく、なんというか答え合わせを待つように聞こえたので。」
それは、むこうで死んで時間軸の違うであろうこの世界に来たのだから、こっちで死んだら元の世界で死ぬ前に戻れるのかを確認しようとしたということだろうか。
ふと、大オジが89歳で亡くなった?目の前の女性は二十代に見えているが、あれ、けっこうな御年なのか?それとも親などがそれなりの年齢になってから生んだ子なのだろうか。いやその前にいつ亡くなったのかは言ってないか。でもセルジさんやラディさんと幼馴染?ってことは同世代なのか。こっちも二十代には見えるのだが。肌艶が良い三十代の可能性もあるか。セルジさんの年齢は後で聞いておこう。女性には直接聞けない。
と考え事をしていると、今までただ観察をしていただけのディオークさんが口を開く。
「情報交換も良いが、早めにマモルを休ませてあげられるように話を進めよう」
その言葉はありがたいが、穿った見方をするとこの件に関しては情報制限したともとれますね。ここまで聞いちゃうと、気になって休めない気がしてきたぞ。
「それもそうですね。では続きで、マモルさんは今おいくつですか?」
あっさり進められた。
「あーと、今年35になりました。」
「そう、なんですか。年の単位もそれほど違うわけではないみたいですから、ディオークさんと同い年ですね。私やセルジより若いのかと思ってました。」
少しディオークさんが視線を送る。どうやら管理局としては余計な会話のようだ。
「ちなみにおいくつですか?」
「えーと、すみません、私は30です。それではそちらの暦での生年月日をお願いします。」
直接聞けないというさっきの思考は何だったのか、思わず聞いてしまった。代わりにディオークさんの視線を受けたが。
「昭和60年2月1日です。」
「な、なるほど、では、マモルさんの身分証では、国歴7697年2月1日とさせていただきます。」
あれ。ああ、先に年齢聞いたから月日だけが必要だったのかな。
「年の日数違いは考慮しないのですね。いやそっちより身分証とは?」
「ええ、この国、特にこの街では、転移者に限らず、初めて入る方には、身分証を発行することが義務付けられています。自身のことですから、そこに記録する情報はご自身が覚えておける情報のほうが何かと都合が良いですからね。生年月日がわからないかたは概ねの年齢と好きな数で決めてもらう場合もあります。」
「そうですか。ちなみに私はこの国の通貨を持っていませんが、いただけるのですか?」
「はい。マモルさんは転移者ということで、本来の入出管理とは質問と説明の順番が前後しております。申し訳ありませんが、その疑問に答える前に質問を続けさせていただきます。」
「はい」
「事情はわかっていますが、この街への訪問目的と滞在予定期間をお答えください。」
「えーと、セルジさんには助けてくださいと言って連れてきてもらったのでひとまず保護していただけるのかと思いついてきました。滞在がどれくらいになるかは保護がどのようなものになるかによって変わるかと思います。」
「わかりました。
この国、この街には、いくつかの権利と義務に対して、選択肢があります。
この国では居住者に対して生存権があります。生存権とは公共の福祉に反しない限り、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができる権利であり、この街では義務を負うことでこれを保障しています。
居住するためには納税の義務が発生します。
税金は食料を買うとか、生活のあらゆる取引に含まれていますので、ここで生活していれば納税は必ずすることになります。
そして、生活を保障する必要がある場合、それに対する義務は最低限の教育を受けることと、あなた個人の情報、特に生体情報まで含めて管理させていただくことです。
また保障を使うことによって他の権利が一部制限を受けることになります。」
なんだか、日本国憲法で聞いたことがある言葉だぞ。ん、でも教育を受けるのは義務じゃなく権利だったはず。
生活の取引でかかる税金て消費税ってことか?
保障を受けるための義務で生体情報の管理ってどういうことだ?
生活保護とも違うのか?
疑問ばかりだ。
「すいません、一つずつ詳しく、あ、いや、わかりやすくお願いします。」
「はい、これからお話することは、最低限の教育の一部となります。この教育を受けられる施設は街中にも沢山ありますが、最低限のことは覚えてください。」
俺が軽く頷くと、ラルタさんは一呼吸置いてから話し始める。
「まず、身分証の発行についてですが、これは身分証であり、なおかつ通貨の情報記録媒体でもあります。訪問する全ての人に配るのは、これがないとここでは取引できないからです。買い物をするにも、何かを売って通貨を得るのも基本的には身分証を用いて行います。
さて、こちらの図をご覧になりながら説明をお聞きください。」
そういうと、ラルタさんはテーブルの側面で何かを操作した。すると、モニタに映したように絵が現れる。
グラフと数字と身分証らしきカードサイズの絵だな。他に文字は見当たらない。
「生活を保障するという部分ですが、具体的にはこの身分証の通貨記録に一定金額を街の予算から振り込むことを指します。
今は月7万エルとなっています。エルというのはこの街、正確にはこの国の特区における通貨単位です。
記録される通貨の金額ですが、国民口座と資産口座にわかれます。
国民口座は月7万エルを振り込む口座であり、上限は50万エルです。
50万を満たす場合、保障の金額は追加で振り込まれることはありません。
50万もしくは7万×月数の支給額から5万エル以上減らしている場合、保障を使っている状態とみなされます。
ここまでよろしいですか?」
「えーと」
これはあれだ。ベーシックインカムと言うやつではなかろうか。月7万エルって、円と違うからどれぐらいかわからんぞ。レートはどれくらいだろう。いやでも文化的な生活ができる保障なんだから、一人でも初任給くらいで暮らせる金額と考えると20万円くらいの価値はあるんだろうか。そうすると3分の1?逆か3倍の価値があるということか。通貨価値は数字見て考えるとややこしくなるからそこはおいとくが、上限が50万ね。
「すごい仕組みのように聞こえますが、それって配布された後に何もせずこの街を出られたら、ただでお金を渡しただけで財政破綻しませんか?」
「大丈夫です。エルはこの街、正確には特区の中でしか使えません。街を出るときに持ち出すのであれば国の通貨に変換が必要です。そして、基本的に今まで使った保障の全額を超えた金額しか持ち出せないようになっています。もちろん持ち出し金額の中からは取引税をいただいています。」
地域通貨に関税か?
「保障を使っていると権利の制限があるということでしたが、どういったものでしょうか。」
「それは次の説明ですね。まず居住区がほぼ選べません。なぜなら自由に選ぼうとするとそれだけで7万エルくらいはかかってしまうからです。ですのでまずは指定の住居で生活いただくことになります。また賭博性の強い娯楽への参加には制限がかかりますし、嗜好性の贅沢品も購入が制限されます。事業を起こすための条件が厳しくなるなど、他にもいくつか制限がありますね。」
ん?一人向けの住居が一月7万エル?都内の賃貸アパートぐらいの相場なのか。間取りや駅との距離で大分変わるけど。え、そうすると、通貨価値は円とあまり変わらない?
「それはまた文化的な生活といっても自由というわけではないんですね。」
「ふふ、保障だけで遊んで暮らせるのであれば、働く人がいなくなってしまいますよ。」
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