ピンクに染まる


 遥香はリップを手に取って眺めていた。透明なリップの中にドライフラワーが入っている。先日、雅明にもらったものだ。


「塗ってみないの?」

 隣にいる雅明が聞いてくる。

「なんか可愛すぎてもったいなくって」

 そう返事した私の手からリップを取り上げて、雅明はにっこり微笑む。

「貸して、塗ってあげる」

「えっ。そんなのいいよ」

「ほら、顔こっちに向けて」

 雅明は私の言葉など聞く耳を持たずに、あごをクイッと持ち上げてリップの先を私の唇に当て滑らせていく。

 あごを抑えられているので動くことができず、されるがままになる。

 間近にある雅明の顔はいつになく真剣な顔でドキドキする。


「できた」

 雅明はあごから手を離し少し離れて出来を確かめ、満足げに目を細める。

 私はテーブルの上の小さな鏡を覗く。透明なリップなのに私の唇は鮮やかなピンク色に色付いていた。悪くない。


「キスしたくなる唇だ」

 雅明の顔が近づいてチュッと音を立てて離れる。そして、またすぐに近づいて今度は少し長く口付けられる。それを何度も繰り返し、段々キスが深くなる。

「……折角塗ったリップが取れちゃう」

 私のささやかな抵抗は意味をなさない。

 じきに甘い口付けに蕩かされてしまうのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る