★とびきり甘美な誕生日•後編

 港から電車で帰り、最寄り駅に着いた。


「ちょっと遅くなったね。送っていくよ」


 時間は午後10時を過ぎていた。


 遥香はまだまだ離れ難く思う。


 誕生日の今日くらい我儘を言っても許されるよね、と、遥香は先を行く雅明の袖を引っ張った。


「まだ、帰りたくない」


 雅明は立ち止まって振り返った。

 遥香は腕にきゅっと抱き付く。


「もっと、雅明と一緒にいたいよ」


 しがみついて下を向いていたので、雅明の表情はわからなかったが、しばらくの沈黙の後、雅明は探るように言う。


「じゃあ、俺の家に来る?」


 遥香は無言で頷いた。



 ***


「どうぞ上がって」


「お邪魔します」


 初めて入った雅明の部屋は、あまり物がなくすっきりと片付いていた。


 コートを脱いで部屋をきょろきょろしていると、雅明に後ろから抱きしめられた。


「遥香」


 名前を呼ばれて、振り返って顔を見上げる。

 すぐに口が塞がれた。性急な感じのキス。

「待って」

 遥香は驚いて唇が離れた隙に静止の声を上げる。


「待たない」

 そう言われ再び長い長いキスをされた。

 遥香は息が苦しくなり、口を開けると雅明の舌が遥香の中に入ってきた。


「ふっ……ん」

 どうしたら良いかわからない遥香は、雅明にされるままになる。口の中をねっとりしたものに暴かれるのに、自然と目に涙がにじむむ。


 唇が離れる頃には、遥香は膝に力が入らず立っていられなくなっていた。


 雅明に抱えられるようにベットに運ばれる。


 一緒にベットに上がってきた雅明を遥香は潤んだ瞳で見上げる。


「かわいい、遥香」


 雅明は遥香の頬を指で撫で、額を頬を耳元に唇で触れた。そして、再び深く口付けられる。


 遥香はただ、与えられる熱を受け止め続けた。



 ***


 ふっと遥香は目を覚ました。


 部屋は薄明るくなっていた。

 光の加減からみて、おそらく朝のそんなに遅い時間ではないだろうと思われた。


 体をゆっくり横に転がすと、雅明の寝顔が意外に近くにあり、遥香は一瞬驚く。


 あまり見ることのない雅明の寝顔。こんなに無防備なこともそうそうないなぁ、と、まじまじと見つめていると、段々昨夜の記憶が蘇ってくる。


 昨夜の遥香は全てが初めての感覚でいっぱいいっぱいだった。


 自然と出てくる自分の甘い声に羞恥が重なり、体の中からこみ上げてくる熱をどうしたらよいかわからず、ぐずぐずとないた。


 そんな遥香を雅明は宥めるように、終始優しく声をかけながら進めていった。


 けれど、力を抜いてと言われても全然体が思うようにならず、雅明をだいぶ困らせたと思う。


「……遥香、どうした? 神妙な顔をして」


 物思いに耽っていると、いつの間に起きたのか雅明が顔を覗き込んで、頬を撫でてくる。


「体、辛い?」


 心配そうに聞いてくるのに、遥香は首を横に振る。体中鈍い痛みはあるが、そこまで辛くはない。


「……大丈夫」

 思ったより掠れた声になった。


「今日は1日ゆっくりしてよう」

 雅明は遥香の髪を労るように撫でる。その優しさがくすぐったく感じる。


 肌の温もりを感じ合えるこの距離がとても嬉しい。穏やかに流れる二人の時間、この甘やかさが恋愛というものなのかと遥香は思う。


「ねぇ、雅明」

 遥香の呼び掛けに雅明は「何?」と、優しく応じる。


「また、私を抱いてくれる?」

 遥香の問いに髪を滑っていた雅明の手が止まる。


「だって、私あんまり上手にできなかったでしょ? 最後そのまま寝ちゃったし」


「それは、初めてだったんだから仕様がないよ」


「でも」

 きっと雅明の今までの相手はもっとスマートにできていたはずだと思うと遥香はいたたまれなくなる。


 雅明は少し考えるような様子を見せる。


「遥香は気持ち良くなかった?」

 雅明の問い掛けに遥香は頭を振る。


「気持ち、よかった」


 遥香の答えにほっと一息ついた雅明が、遥香の目を見て言う。


「俺もとても気持ちよかったよ。だから、遥香が心配するようなことは何もないよ。これから俺がいろいろ教えてあげる。二人で良くなっていこう?」


 雅明の言葉に遥香はようやく安心して顔を綻ばせる。


「うん。それじゃあ、これからもよろしくね」

 髪を撫でている手に自身の手を重ねる。


 雅明の顔が近づいてくるのを目を閉じて迎え入れた。


 

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