ガールズトーク
木の温もりが感じられるカフェで過ごす昼下り。
白いカーテン越しの初冬の光は、店内を暖かく包み込んで人を心なしか優しくさせる、
はずなのだが……
「これは危険だよぉ」
「この男はやばいわね」
窓際の1番良い席で発された言葉は、およそ穏やかならぬものだった。
このカフェは遥香の通う大学の近くにあり、同級生であり趣味仲間でもある友人たちとのおしゃべりの場になっている。
そこで先週土曜日の出来事を説明し、撮った動画を観せた後の反応がこれである。
ちなみに遥香は最後までちゃんと観ていない。ペンギンのくだりはともかく後半は恥ずかしくてまともに観ていられない。
「ペンギン相手にこの色気。ただ者ではないわぁ」
ちょっと間延びした口調で言ったのは、
「あのエロさは半端ないよ。なに、あの手慣れた感じ。あれは肉食獣よ肉食獣! 遥香なんか一口でペロリと食べられちゃうわよ」
そう早口でまくし立てたのは、
興奮する2人の友人に戸惑いつつ、
「雅明兄ちゃんは危ない人じゃないよ。あれは演技してって言ったからしてくれただけで普段はあんなんじゃないもの」と、反論を試みるが、2人は取り合わない。
「それは今まで遥香をそう云う対象にしてなかったからでしょお」
「付き合い始めたんでしょ? そりゃあイロイロやられちゃうわよ」
そこで遥香は1つ疑念が湧いた。
「私たち付き合ってることになってるのかな」
葵がはぁ?といった顔になる。
「あの後なんかあったんじゃないの?」
「ううん。朝から仕事だからってすぐに帰った」
「それから連絡はあったのぉ?」
次は美和から質問される。
「電話はないけど、メールはするよ」
遥香はSNSのトーク画面を見せる。
《今から仕事行ってくる》やら《今からお昼》やら日常の他愛もないものだが1日に何度となくやり取りしている。そして、雅明から時折眼つきの悪いペンギンのスタンプが送られてきていた。
「行動把握されちゃってるよぉ」
「抜かりないね」
気の毒そうな目で遥香を見てくる。
「そんなんじゃないってば」
その時、遥香のスマホから音声通話の呼出音がする。
「雅明兄ちゃんからだ」
「ホントに?」
「ほら、出ないと!」
友人2人に促され通話をタップする。
「もしもし」
“あっ、遥香。今大丈夫?”
電話越しに雅明の声が耳に甘く響いた。
「友だちといるけど……大丈夫だよ。何?」
2人は続けてと手で促しながら耳をそばだてている。若干話し辛さを感じつつ通話を続ける。
“今週末空いてる?”
「日曜日はバイトだけど、土曜日は空いてるよ」
“じゃあ、映画観に行かないか? 今観たいのがやってるんだ”
「いいけど。何観るの?」
“それは明日のお楽しみ。じゃあ、土曜日の朝10時に駅前で待ち合わせようか”
「わかった」
“じゃあ、楽しみにしてる”
「うん。私も」
通話が切れる。要件だけの電話。けれども嬉しくてなんだかニヤけてしまう。
「幸せそうだねぇ」
「初めてのデートが映画とか定番だけど、この彼だと何かにありそうよね」
葵が意味深に笑う。
「何かって?」
「暗い映画館の中で彼の手が隣の彼女に迫る!とか」
「チューくらいあるかもよぉ」
美和もきししっと笑う。
「そんなことないもの。たぶん」
「んじゃ遥香。もしもどきメモのアキラとミナトが映画館に来たらどうなるよ」
「えっ、そりゃあ映画そっちのけでイチャイチャするに決まってる……いやいやアニメと現実は違うから! 雅明兄ちゃんはそんなことしないもの」
遥香の本心からの発言に2人はやれやれといった顔をする。
「遥香は普段あんなに男の色恋を描いてるのに男のことまるでわかってないんだから。ここまで来ると現実逃避
「ここまで頑なだなんて、彼に洗脳されてるんじゃないのぉ」
随分と失礼な物言いだが、2人とも本当に遥香を心配しているのはわかるので文句は言わない。
「まぁ、遥香が好きならそれで良いけど、酷いことされたらすぐに言いなさいよ」
「遥香にひどいことしたら、彼がデブでハゲなモブ男達に○○に△△して□□される本を送りつけてやるんだからぁ!」
「私も社会的に抹殺されるようなことやってやるわ!」
2人が物騒なことを言って騒いでいると、顔を引きつらせた店員さんが注文したものをを運んできた。
話が一旦途切れる。
クリーム増し増しのパンケーキや焼き立てのスフレに舌鼓を打ちながら、2人は話題のBL本の話に花を咲かせる。
遥香も本日のケーキを食べながら、それに適当に相槌をいれつつ、ふと先程の話を思い返す。
現実逃避をずっとしてきたのはこの間自覚した。幼少期にあれだけ懐いて離れずにいたのだ。洗脳というか刷り込みもあるかもしれない。けれども、どれだけ危険だと言われようと遥香は雅明と一緒にいれるのならそれでも構わないと思うのだった。
白いカーテンがゆらりと揺れた。
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