第十四話 雨宿り
その日の空は不穏な雲に覆われていた。
「今日は午後から雨が降りそうですよ。傘お持ちしましょうか?」
「いやあ、いつもの編み笠でいいよ。ありがとう。お絹はどうだい?」
「はい、朝早くに一度起きて、体を拭いたり、おかゆを食べたりしたんですよ。今はまた寝ていますが、あのお坊さんにお祈りしていただいてから本当に良くなったようで…」
「そうか、駿空殿によくお礼を言っておこう」
「ああそうだ…今日はお浜さんたちがみんなでお見舞いに来るそうですよ」
「お浜が? そりゃあお絹が喜ぶだろうな」
今朝はシジミ汁に釜揚げシラス、とろろいもだ。海堂は玄米ご飯をかみしめながら、体に気合いを入れていた。それから飴売りの七五郎と合流して辻相撲に向かう。今にも降り出しそうな灰色の雲が流れて行く。海堂は昨日からのいろいろなことを七五郎に話した。それを聞いて、七五郎は難しい顔をした。
「結果として、きのうの天の助さんやお絹さんの事件のやっている間は、森村や金の鯱の仲間は全員町外れの森村の別荘、星蓮荘に集まっていた。なんだか犯人ではないと証明するための行動のようにも取れますねえ」
「で…やつらは辻相撲にも出ないでいったい何を?」
「幹部のやつらは母屋に閉じこもってましたよ。その周りにたくさんの浪人が見張りに出ていて近づけませんでした。ただ、やつらの会話から分かったことは、今日にもなにか行動を起こす。その打ち合わせをやっていたのは確かです」
「そうか、今日、何も起こらねば良いが…」
何か冷たい東風が吹き始めたあやしい雲の流れる空の下、海堂と七五郎は会場のある神社へと向かって行ったのだった。
天気が怪しいので今日は前倒しで急いで会場づくりが行われていた。いよいよ本戦ということで、いつもより大きく作られた会場が、みるみる観客で埋まっていく。海堂は今日も、下の通路のあたりの見張りだ。
「海堂どの、今日もご一緒して構いませんか」
「おお、天外流宗家殿、こちらこそお願いいたします」
すると猫面の紫門がやってきて、宗家家に本部の横の貴賓席をすすめた。
「お気を使っていただいてありがとうございます。でもワシはここで結構。海堂殿と話がしたくてな」
「海堂殿の知り合いで紫門と申します。あなた様は本戦で清滝の駿空を破り、すでに人気力士になったのですよ。何かあればおっしゃってください」
「紫門さんというのか、すまんのう」
「実は本戦の力士の中にも一刀斎のゆかりの者がいて、毎日見に来ているのだそうだ」
「ゆかりの者?」
「ふぉふぉ、そのうち分かる」
一刀斎は少し表情を硬くした、なにやらわけありらしい。
観客のどよめきの中、まず為三郎親方が出てきて話を始めた。
「髪の拳事件があり、昨日もう一度予選決勝を行うというご迷惑をおかけしました。今日は四組の『地』の対戦を行います」
今日は昨日予選を勝ち上がった三組と、「地」の組が戦う。「天」に勝ち上がるのは二組だけである。そのあとに、いつもより賞金を二倍にした特別な勝ち抜き戦が行われる予定だが、そこまで天気が持つかはわからない…とのことだった。
「それとお聞き覚えのことと思いますが、先日車組力士が大けがを負うという事件がありました。誰かが故意に前と後ろから同時に立てかけてあった材木を倒したそうで、花車は両手に大けがを負ってしまいました。その後いろいろな経過を経て、花車から皆さんに話したいことがあるそうです」
そこに花車が上がってくる、ちゃんとまわしをつけて、ただ両手に包帯を巻いている。
「ご心配かけましたが、私は力の限りを尽くして、本戦に出場します。つまり車組の三人も予定通り出場します。ありがとうございました」
どう見ても本調子には程遠いが、その気迫だけはどこにも負けない勢いがあった。観客は大喜び。会場は一気に盛り上がった。
さてまた、各組の付き添いが前に出てくじを引く。さてさて、今日の対戦は?
「第一試合、北辰隊天楼」
「天楼? 初めて聞きます。天の助たちの相手はどんな組なのですか?」
すると一刀斎は重い口調で答えた。
「落ち武者狩りというのを聞いたことがあるだろう。農民が自分たちの村を荒らしたり、迷い込んだりした落ち武者を狙って襲いかかり田畑を守ったり、具足や刀を売って金にしたりするのだ。今は平和になってそんなことも減ってきたが、一時はそれ専門に引き受ける凄腕の落ち武者狩りたちもいた。彼らはその流れをくむものだ。武具を使わず、素手で、確実に相手を仕留める技を伝承している」
そしてさっそく天楼の入場だ。その風体はまるで山賊のようだ。先頭の独眼刃は鉄製の眼帯を左目にかけ、ふるびた鎧をつけてふてぶてしく歩いてくる。二人目の蛇牙は、長い槍を高く掲げ奇声を発しながらやってくる。三人目の一角はおでこに大きなコブのようなものがある、少し背の高い男で、やはり武具に身を包んでいる。それに対する北辰は、今日も大人気、数え切れない歓声の中、今日の薄暗い天気の中でひときわ目立つ薄桃色の着物姿、菊丸の登場だ。そして出てくるたびに瞬殺の獣人、天の助の人気もじわじわ高まっている。そして謎のシナ人、覆面の黒獅子の登場だ。海堂は天楼の強さを全く知らないので不安もあったが、聞こえてくる賭け率では6;4で北辰がわずかに上回っていた。
「先鋒、北辰、菊丸、天楼、独眼刃」
独眼刃は、さっと鎧上着を脱ぎ、がっしりとした体で身軽に飛び跳ねて見せた。どんな攻撃をするのか読みにくい百戦錬磨の曲者だ。
「はっけよい、のこった!」
立ち合いと同時に組み合うや否や、独眼刃は、足蹴り攻撃をかけてくる。ふくらはぎを蹴り下ろし、さらに素早く足の甲を踏み、弁慶の泣き所を、執拗に休みなく蹴ってくる、独眼刃の鍛えられた足は石でできたように堅く、突き刺さるように鋭い。激痛が走る。そして菊丸がひるめば喉元に強力な突きを放ってくる。菊丸は黒獅子譲りの防御で突きをよけたつもりだったが、一発首元に入る…。
「うぐっ!」
あわてて下がった菊丸は喉元が切れて血がたらりと出てきたことに気がつく。やつのつま先も、突きも刃のように刺さってくる。品格も何もあったものではない、確実に相手の息の根を止めるための実践技なのだ。
「くそ、三段蹴りだ!」
下段蹴りで相手の動きを止め、飛びひざ蹴りで相手をふらつかせ、そこに強烈な前蹴りだ。後ろへと退く独眼刃、とどめの回し蹴りか? だが独眼刃は今度は空中で足を受け止めそのままふくらはぎに、強烈な突きを打ち込んだのだった。
「ぐおお…」
激痛が走る。そして独眼刃はその隙をつき、ひねりながら菊丸を転がしたのだった。勝てばよい、変幻自在の勝利だった。
「独眼刃!」
終わった後、菊丸は体のあちこちが痛い痛いと唸っていた。もうあいつとはやりたくないと…。
「中堅、北辰、天の助、天楼、蛇牙」
さあ、今日も天の助の瞬殺が出るのか? この蛇牙という男は絞め技の名人で、いかなる体勢からも前からでも、後ろからでも相手の首を狙い、占め落とすので有名なのだという。肘や腕を使って占めるのだが、この男の技も反則ぎりぎりの危険な技だ。
「はっけよい、のこった!」
真っ向からぶつかり合う二人、だが組み合うか組み合わないかで蛇牙はさっと左にかわし、くるっと背中側に回り、左手を喉元に右手をこめかみに絡めるように巻きつかせ、あっという間に締め上げの体勢に入ったではないか?
「おお!」
観客がどよめいた。このままでは天の助の方が瞬殺されてしまうのか? だが、次の瞬間…。
「げほっ」
天の助の強力な肘うちが、締め上げる直前に蛇牙のアバラの急所に打ち込まれていたのだ。と、言うより天の助はわざと敵を背中に回らせ、ひじ打ちを狙ったようにさえ見えた。あまりの苦痛に崩れる蛇牙、そこを狙って、あの至近距離からの重い当て身が炸裂だ。蛇牙は、結局またも瞬殺されてしまったのだった。
「天の助!」
強すぎる、天の助。これで一対一、ついに決着戦だ。
「大将、北辰、黒獅子、天楼、一角」
激痛走る急所攻撃、反則ぎりぎりの技、執拗な攻撃、天楼たちはちょっとでも気を抜けば逆転されるどころか命も危なくなる。黒獅子は最後の男が何を仕掛けてくるのか、考えていた。噂ではあのコブのある頭部を使った頭突きが得意技だという。でも、身軽な黒獅子のような男に頭突きを当てるのは難しいかと思われるのだが…。
「はっけよい、のこった!」
だが実際に立ち合いをしてすぐに分かった。この男は関節を取る名人だ。正拳突き、中段蹴りなどすぐに受け止め関節を取り、体を密着させて頭突きを打ち込んでくるのだ。
「危ない?!」
一度腕の関節を取られたと思っていたら、すぐに動けないように密着し、間髪いれず、頭突きが襲ってくる。あのコブが頭に当たる。石のように堅い。すごい衝撃だ。黒獅子は死に物狂いのひざ蹴りで離れたが、今度捕まって頭突きを連発で食ったらもうわからない。一角は笑みを浮かべて突き進んでくる。黒獅子は今度はわざとななめ正面から突っ込む。すぐに体制を整え、黒獅子の左腕を取って、頭突きに入ろうとする一角。だがその直前黒獅子はあの得意技を決めたのだった。
「昇龍砕!」
撃ちおろされる頭突きに合わせて一瞬早く黒獅子の強力なひじが顎をとらえた。
ガッツ! 激しい音、顎をとらえ、勝ちあげられる肘! のけぞる一角、黒獅子はそこに蹴りを加え、何とか相手を倒した。危なかった…。
「黒獅子!」
「地」の一回戦から、苦しい戦いだった。やはり、本戦は違う。
「第二試合、清滝対玄武」
またあの派手なホラ貝が会場に響く。やつらが来た。人間の限界を超えた神秘の力、清滝だ。しかも若い駿慶はなかなか二枚目でもあり、今日は爆発的な人気だ。そして実力者として知られ、闇ガラスの不気味な名前で呼ばれる忍者の軍団、玄武が続いて入場だ。
気がつけば天気はさらに怪しくなり、黒雲が風に流れて行く。どこかで鴉が鳴いている。遠くで雷が鳴り出した。その空の下を黒い軍団が入場だ。
素早さが身上の狐火、柔の技も剛の技も使いこなす鵺(ぬえ)、派手な空中殺法と切り裂くような手刀が得意の鎌いたち、どれも黒服に包まれた謎の男たちだ。
その時、海堂は森村白堂が会場を訪れているのを見逃さなかった。この玄武、もしかして裏で森村とつながっているのか? 森村はさわやかに、取り巻きと話をしていた。
「…忍者と言ってもね、その仕事によっていくつもあるんだよ。方言を完璧におぼえ、服装も地域の者に溶け込んで情報を集めるもの、一人で敵地に忍び込んで大事なものを確認したり、盗み出したりするもの、でもこの玄武の三人はねえ、夜間強襲部隊と言ってね。合戦で勝つか負けるかぎりぎりのときに、夜間敵の陣地に忍び込み、敵の武将たちの寝首を欠く、またはそれを何度も行い眠らせなくして、合戦を有利に展開するという、殺し屋たちなんだよ。この三人はその流れを組んだ実力者たちなんだけれど、この太平の世に食いっぱぐれているってわけさ。今日はしこたま金を渡してね、ちょっと実力を出してほしいと頼んでおいたのさ」
今日は謎の忍者部隊玄武がついにその全貌を見せるのだろうか。駿空たちは、また真言を唱え終わると感じたことを話し合っていた。
「この相手の者たちは、歴史の影の部分を動かしてきた闇の気を運ぶものたちだ。この者たちが勝ち上がり、闇の気を増幅させれば、大変なことになる。これはわれわれの最初の試練だ。」
駿空がそういうと羅刹がさらに続けた。
「やつらに殺気や敵意を持って臨めば、やつらの力をさらに増大させてしまう。しかもやつらの後ろにさらに恐ろしい力がまとわりついている」
阿修羅も警告を発した。
「やつらに勝たせてはならない。だが、やつらに敵意を持って挑んではならない」
すると駿空が言った。
「だれがやつらをここに送り込んだのかはわからぬが、ここで止めないととんでもないことになる。場合によっては三人がかりの行を行いましょうぞ」
…明と暗、聖なる者たちと殺し屋部隊の勝負はどちらが勝つのだろうか?
「先鋒、清滝、駿空、玄武、狐火」
会場が静まり返った。
「はっけいよい、のこった!。」
狐美の持ち味はその眼にもとまらぬ、素早さだ。立ち合いとともにすばやく正拳突きを連射する狐火。だが神眼力によってそれをすべて見きる駿空。すると狐火はさっと駿空の斜め後ろに回り、死角からの後頭部への蹴りだ。だが本当に神通力があるのか、後ろからの蹴りを体を低くしてよける駿空。
「おおっ」
どよめく観客。だが、狐火の動きが素早すぎて駿空も自分からはうまく攻めていけない。駿空は再び真言を唱え始め、なんと後ろに羅刹と阿修羅も同時に真言を唱え始めた。静かな威圧感に、狐美は押されていく。
「くそ、かかと落とし!」
今度は正面に回った狐火が、奇襲攻撃に出た、頭よりも高く上がったかかとが、駿空の脳天めがけてお落ちてくる!
「ば、ばかな?」
これも明王力なのだろうか、駿空はものすごい威力で落ちてくるかかとをなんと両の手で受け止めてしまったのだ。羅刹と阿修羅の真言が一段と高まる。
「明王崩し!」
そしてなかなかつかまらない狐火の足を、これ幸いと信じられない怪力で抑え込み、ねじり倒してしまったではないか。
「駿空!」
だれもが信じられないと言った顔でその勝敗を見つめていた。
「中堅、清滝、羅刹、玄武、鵺(ぬえ)。」
肩幅の広い、がっしりとした羅刹。筋肉質で背も高く、力技も、立ち技も変幻自在だという鵺。今度はどんな攻防になるのか?
「はっけよい、のこった!」
鵺は素早く羅刹と組み会うと、不動の術を使う羅刹と力勝負だ。怪力勝負なら負けないと踏んで力をこめたのだった。
「う、なんなんだ、この術は?」
鵺が力を入れれば入れるほど、力が分散していく? 鵺は、羅刹が力をいれて動かなくなっていると思っていたのだが、組んで見ると、体の力を抜いて自然体のまま重くなっているのだった。これが不動の術? これではらちが明かないと、鵺はすっと離れた。
「くそ、何なんだこいつらは…!」
すると鵺は今度は離れた位置から正拳や蹴りで倒す方法に出た。だが、玄武も礼の術で対抗する。
「岩気功の術」、
今度は距離を取り、突きや蹴りで倒す方法に出た鵺。だが羅刹は気の力で体を今度は堅くし、あえてその攻撃を受ける。しかも、今度はそれを見ている、駿空と阿修羅が、急に密教の真言を唱えだしたではないか?
「こいつらいったいなんなのだ。こうなったら一気に蹴りをつけてやる」
鵺は最強の連続技で始末しようと、蹴りを思いっきりいれたつもりだった。だがそれとほぼ同時に、駿空たちが気合いをかけた。
「…かーつっ」
その瞬間、なにが起きたのか? 強い気が流れ込み、眼がくらくらするような状態に…。足を振り上げた鵺がそのままふらついて倒れたのだ。観客はまるで軌跡を見ているようだった。羅刹は何もしていないのに、掛け声とともに、鵺が倒れていたのである。
「羅刹!」
会場はまた静けさに包まれた。このチームには常識が通用しない。本当に神通力があるのだ…と。
「大将、清滝、阿修羅、玄武、鎌いたち」
いよいよ大将戦だ。だが今まで積極的に攻めてきた阿修羅が今度はどういう先鋒で来るのだろう。鎌いたちは信じたくはなかったが、狐美も鵺も、考えられないかたちで敗北した。三人が真言を唱え始めると、何かが起こる…ならば、一気に型をつけてしまおう、立ち合い直後が勝負だ。そう考えた。
「はっけよい、のこった!」
飛び出す鎌いたち、切り裂く手刀で襲いかかる、阿修羅の袖がはらりと切り裂かれる。だが阿修羅は意味ありげに右手で大きく縁を描きながら横へ、横へと逃げて行く。しまった、また残りの二人が真言を唱えだしてしまう!
「奥義、真空二段蹴」
隅に追い詰めた阿修羅に、強力なとび蹴りが襲う。その瞬間阿修羅が笑ったように見えた。阿修羅は逃げず、蹴りの一段目が確実にあたった。だがわざと横に飛び、そして阿修羅はふっと視界から消えた!
「う、し、しまった?!」
そして気がつくと鎌いたちは両足とも綱の外に出て着地していた自分に気付いた。…やられた。阿修羅は技を誘い、技を受けながら攻撃せずに、鎌いたちを外に出してしまったのだ。
「阿修羅―!」
阿修羅も闇の気を封じるために、自らの攻撃を封じたのであった。こうして最強の暗殺軍団は神通力の前にその力を発揮することなく、三対0で敗れ去ったのだ。
「戦わずに勝つ…やっと一つ眼の大きな試練を超えた…だが…」
その時、稲妻がきらめき、雨がポツリポツリと落ち始めた。親方が、今日の辻相撲の終了を告げ、観客が帰り始めた。今日の勝負で大儲けした者、すべてを失ったもの、みんなの上に大粒の雨が降り始めた。
「すいません、一緒に雨宿りしてもいいですか?」
「どうぞ、奥へどうぞ」
二人の若い男がすまなそうに通りを走ってくる。お浜、クレナイ、オフジの三人は、そう言って居酒屋の軒下につめた。思ったより強い雨が地面をたたき、江戸の白い街並みに人通りは瞬く間に絶えた。
「降るとは思ってたけど、こんなに激しく降るとはねえ…でも、さっきより、降りが少し弱くなったかしら…でも止むにはもう一息かしらねえ…」
お浜がそういうと今来た若い男が声をかけた。
「おねえさんたち、無理しないほうがいいっすよ。おれたちはなめてかかったら、この通り、びしょぬれだあ」
「そうっすよ。もう少し様子を見た方がいいっすよ」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
居酒屋は、昼でまだ閉まっている。ここで立っていても邪魔にはならないだろう。
「でも、よかった、お絹ちゃんが思ったより元気で」
そうお浜が言った。三人はお絹のお見舞いの帰りだった。クレナイが続けた。
「でも驚いたわ。最後に突然お絹ちゃんが別人のようになっておかしなことしゃべりだすから…。」
するとオフジが言った。
「仕方ないわ、お絹ちゃんは巫女の家柄だから。お絹ちゃんのおばあちゃんは有名な巫女だったそうよ」
「でも、どんな意味なのかしら。別人になったお絹ちゃんが言っていた。お浜よ、お前の成すべきことをなすことがすべての救いになる…って」
するとお浜は笑って答えた。
「なんとなく、ぼんやりだけどわかるわ。私は…」
だが、その時、仲間らしいもう一人の男が雨宿りに走ってきた。
「おう、こっちの手はずは整った。そろそろいいぞ」
雨よけに頭に上着をかぶり、顔はよく見えないが、お浜はその男に見覚えがあるような、しかもいやな気持がした。
「じゃあ、留蔵さん、行きますよ」
だがそういうと、若い男はクレナイとオフジを後ろから抑え、口をふさいだ。留蔵と呼ばれた男はお浜の口をふさぎそのまま居酒屋の戸をあけて、女たちを中へ連れ込んだ。いつの間に居酒屋の中も男たちの仲間に乗っ取られていた。戸がパタンと閉まる。誰もいなくなり、雨の音が事件をすべてかき消して言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます