09.TASK = "ファイル<メンバー" ;

「仕様……?」

 仕様書。

 それはガイトにとって想定外の言葉だった。

 だが、考えてみれば彼女達ガールズSDKもプログラムであり、仕様や設計が存在するのはおかしい話ではない。

「りんはね、この仕様書を熟読してるの」

 何故か自慢げに腰に片手を当てて胸を張るりん。

 しかしそれ以上にガイトには気になることがあった。

「ご、ごめん、その仕様書は一体どこから?」

 りんがどうやってそのファイルを入手したのかだ。

「何よ、あげないんだから!いくらチーフっていってもお爺さまからもらったこのファイルは渡せないんだから!」

「お、お爺さま……?」

 再びガイトに電撃が走る。

 りんの自爆、もとい自白は驚きしかもたらさない。

 そうなると、りんの祖父がこのファイルを所持していた事になる。それは要するに。

「りんさん、そのお爺さまは、もしかしてこの業界の方かな?」

 りんは酷く驚く。そしてその驚きは、ガイトへの回答にもなっていた。

 そしてりんは手元のタブレットを強く身に引き寄せた。

「ごめん。あんまり言いたくないことだったかな」

「……ち、チーフさんも、やっぱり『コレ』が目当てなの?」

「え?」

 りんは小さく震えながらこちらを睨む。

「どうせ!このファイルさえ手に入ればって思ってるんでしょ!?」

「ちょっと待って、何の話をしているんだ!?」

「とぼけたって無駄なんだから!みんなみんな、りんなんかよりこのファイルばっかり……。この仕様書さえあればいいんだ!」

 ガイトはりんの闇を垣間見た。

 『機関』は、このファイル欲しさにりんを……。

「お疲れです!そろそろ休憩……って、あ!りんちゃんこんなところにいたんすね!いやぁ先輩申し訳な……あれ?もしかして大事な会議中でした?」

 この空間に愉快な風穴を空けてくれたアレイ。

 りんのタブレットを抱えて泣き目な状況を見るに、普通ならあらぬ誤解を生んでもおかしくないのだが。ならないならそれに越したことはない。

「あらあら〜?ガイトくん、二人っきりで部屋に篭ったと思ったら女の子を泣かせて怯えさせるなんて。悪い子ねぇ」

 そうなっている人もいた。

「そ、そんなんじゃ……!」

「うるさいうるさいうるさい!とりあえず出て行きなさいよ!」

 りんがタブレットをアレイに押し付けるようにして部屋の外に追いやる。

「……」

「……」

 再び静寂になる部屋。

 なくなったタブレット。

「……あ、あぁぁぁ!」

「どうしたのりんさん!?」

 りんのタブレットがなくなっていた。アレイを押し出した際にそのままアレイに持っていかれてしまったようだ。

「りんのタブレットが……!あれがないと、ないと!」

 慌てた様子のりんに、ガイトは落ち着いて声をかける。

「りんさん」

「な、何よ!もう用済みだって言いたいの!?」

「大丈夫。キミはもう、僕のチームメンバーで、仕様書のおまけなんかじゃない」

「え……」

 りんが抱える闇。自分がどんなに努力しても、どんなに実力を発揮しても。

 評価されるのは所持しているだけのデータ、データ、データ。

 どこへ行っても、どこに所属しても、誰も見てくれなかった。

「だから、タブレットなんてなくたって、いいんだ」

「……」

 ガイトは微笑んでりんを見る。

 りんは自分が何を言われているのか理解が追いついていないようで、瞬き以外の動作はない。

 そして、漸く理解が進んだようで。

「ちょっと、待って!ままま、待って!」

 急に顔を両手で覆った。見れば耳は真っ赤に染まっている。

 ガイトもその様子に戸惑っていた。そんな変な発言はしていないはず、と首をかしげる。

「りん、必要……?」

 指を少しだけ開き、覆った両手から顔を覗かせるりん。

 真っ赤だった耳は落ち着いているが、頬に朱色は残したままだ。

「あ、あぁ、もちろん。キミの技術が、りんさんが必要なんだ」

「……!……分かった。いい、よ?」

「りんさん……!ありがとう!改めて、これからよろしくな!」

「あ、えっと……」

 ここで気持ちの切り替えをしようと思ったが、りんの歯切れがよろしくない。

 まだ悩みがあるのだろうか。

「りんのこと、『りん』でいいよ。……ううん、『りん』って呼んでくれる?」

「え?いや、そりゃあ、構わないけど……。じゃ、じゃあ、りん、よろしくな」

 りんの表情がみるみる明るくなる。

 ほんのり赤みがかった顔はそのままだが、どうやら不安はなくなったようだ。

「こちらこそよろしく、です!ガ……ガイト、さん!」

「お、おう」

 距離感の詰め方は予想を超えていたが、関係が改善したことに変わりはない。

 ガイトとりんは会議室を仲良く二人で後にした。

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