06.TASK = "魔法少女SDK" ;
ルイズは文字列の処理に特化しているSDKだ。
常識と化しているガールズSDKだけあって、ガイトのような業界入りして数年程度の経験があれば、汎用的なものについての使い方はある程度心得ている。
だが、そのSDKを開発するとなると話は変わる。どう実装すれば広く知られているSDKと同じインターフェイスで同じ処理ができるのか、仕組みの調査を行う必要があるためだ。
「ルイズさん、今から試しに一つ開発してみるから、何か変わったことがあったら教えてもらえるかな」
開発といってもまずはステファニーのスキルを書き写してみるだけだ。
どんなことが起こるのか試行錯誤することが重要だ。
「あら、私にも悪戯してくれるのね」
「い、悪戯って……」
ルイズはステファニーとはまた違って扱いに困る。
不意に、資料から視線を上げたまいがガイトに話しかける。
「そういえば、ガイトくんに伝えてなかったんだけど、このフロアには『住人』がいるらしいわ」
「なんですか突然。また面倒ごとが増えるってことですか?」
作業進捗に大きな影響は出ていない、というより作業スケジュールが確定していないため、急ぐ必要はまだない。
ただ、スケジュールが確定していないのはまずいような気もする。このプロジェクトにおいては見積もりがほぼ不可能に等しいこともあって仕方がない部分もあるのだが。
「あぁ……、まぁ、そうね。あながち間違いではないのかも」
「え、どういう」
「こ、この娘が……!かのガールズSDK……!」
「うわぁ!だ、だだ誰ですか!?」
ガイトのすぐ背後に、見知らぬ男が腕組みをして立っていた。
漬物石PCのディスプレイを覗き込むように背中を丸めており、ガイトとの物理的な距離が近くなっている。
「ぬ?おや、俺様のことを知らないとはご挨拶な社員もいたもんだ」
「こちらはドク先輩。ガイトくんは多分初めましてになるわね。ちょっと性格というか趣味に難ありだけれど、技術力では頼りになる先輩よ」
まいがそう紹介するのは、この企業で随一の技術力を誇る『変人』のドクだ。
噂の一人歩きというのはどこにでもあるもので、ガイトもドクのことは知らなくてもその噂については既知だった。
「えぇ!?あなたがあのドク、先輩ですか?」
「おうよ!この俺様がドク。美少女に命を賭け、そして魔法少女に余命を捧げる者だ」
何を言っているのかは理解できなかったが、オタクであることはなんとなく分かった。
「ドク先輩はこのフロアに四六時中いるってことで、住んでるって話もあるのよ」
もしかして昨日もいたのだろうか……。掃除の時は見かけなかったが……。
「……あ、すみません。昨日からなんですが、こちらのフロアで新プロジェクトが始まりまして」
「聞いてるゾ。SDK奪還作戦だろう?」
そう言いながらドクはタブレット端末画面をこちらに見せてくる。
そこには昨日ガイトが作成し、まいが閲覧しているプロジェクト概要の資料が展開されていた。
「あれっ、これは……俺が作った資料」
「ふふふ。俺様にかかればこんな資料を閲覧するくらいわけないのさ」
「いやこれ共有ストレージに上げたので社員なら誰でもアクセスはできますけど……」
「君、ガイトくんといったか。こんなに楽しそうなプロジェクトを二人でやるなんてずるいゾ」
どうやら参加したいらしいが、このプロジェクトはチーフのガイトでさえ開始当日にならないと知らされなかった極秘の仕事だ。
そう簡単にアサインできていいものなのだろうか。
「そう言われましても、俺にそんな権限は」
「ガイト、君がチーフだ。メンバーの選定も、チーフに委ねられる」
ステファニーが助言する。
要するに、プロジェクトに有利だと感じたメンバーのアサインはすべてガイトの判断ということらしい。
「なんと優しいんだいこの美少女は」
「まぁ!あなた、ドクと言ったっけ?いいユーザーもいるのねぇ。チーフ、よろしく」
美少女と言われて気を良くしたのか、ステファニーは照れた様子でガイトにアサインを求める。
「いやでも……、先々が心配なんだよなぁ」
ドクは美少女に目がない。それはガールズSDKも例外ではなかった。
ということは、作業にあまり身が入らないかもしれない。いくら期限の切られていない企画とはいえ、プロジェクトである以上は成果物が必要だ。
「ふむ……、こちらの寡黙なお嬢さん、ルイズと呼んでいたな」
「あ、はい。まさに今から開発の技術調査として簡単な実装をしてみようかとしていたところで」
「ちょっといいか?」
「え?はい……、いいですけど」
ルイズが少し表情を強ばらせたように見えたが、それもほんの一瞬で、すぐに何事もなかったかのようにメモ帳のウィンドウを見つめ直す。
「ルイズ様、失礼します」
ドクが急にかしこまる。
「あ、あなたが何をするか知らないけれど、どうぞご勝手に」
ルイズは明らかに動揺しているようだった。ガイトと違って自分のペースに持っていくことが出来ないからかもしれない。
「ふんふんふふーん」
ドクが軽快な鼻歌とともにキーボードを叩く。
「あ、それ魔法少女ロリンの歌ですね」
「おぉ?これが分かるとはなかなかやるおばさんですなぁ」
「お、おば、なんですって!?」
突然始まった少女大戦(草)をよそに、ガイトはドクの打ち込むソースコードに見入っていた。
「ぬぅ?この業界にいるならそんなに珍しくもないだろうに。どうしたガイトくん」
「いえ……、インターフェースと期待結果が分かっているとはいえ、そんなにスムーズに実装することができるのは純粋にすごいなと思いまして」
「なんてこったい。俺様に男趣味はないってのに」
「……」
「あ、でも男の娘なら考えてやらんこともないゾ」
「……」
ドクのことを尊敬していいのかどうか困惑するガイト。
だが技術力は確かなもののようで。
「こんなもんでいいかな。ルイズ様、いかがでしょうか?」
「……あ、あら?これは…?」
「そちらに用意した文字列ですが、大文字小文字の変換はどうです?」
「そ、そうね……」
ルイズは、ドクが用意したメモ帳の大文字小文字が入り混じった英単語に手を触れる。
「こんな、感じかしら?」
ルイズが手を触れたアルファベットは次々と変化していく。
メモ帳上の英単語はあっという間に大文字のみ、あるいは小文字のみに統一された文字列へと変化した。
「……。ドク、あなた、なかなかやるのね」
ガイトは驚く。ルイズの表情は、SDKとは思えないほどに希望を感じさせる晴々しいものだった。
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