02.TASK = "世界のベース" ;

「よろしくね」

「…え」

始動したプロジェクト。

テキストファイルにはタイトルが付けられていた。


『ガールズSDKプロジェクト』


そしてこのワードは青年のよく知るものでもあった。

というより、知らないITエンジニアの方が少ないのかもしれない。


この世界には不可解で奇妙なSDKがある。

その名は『ガールズSDK』。名の通り少女の名前が付けられたSDKのことである。

このSDKはあまりにも謎に満ちている。

突如として出現し、瞬く間に全世界のシステムに組み込まれるようになったのだ。

気が付けば、このSDKを用いることがスタンダード、所謂この界隈の「常識」となっていた。

…だが、あるときを境にパッタリとこの常識は崩れ去る。

とある有識者により創設された機関に、このSDKが独占されたためだ。

以降、常識とも言える「当たり前」なシステムの基盤は、その機関の握るところとなってしまった。

そして現在に至るまで、全世界のシステムは、エンジニアは、この機関に数多のライセンス料や配慮を強いられるようになり、皮肉なことにそれが新たな「常識」と成り果ててしまっている。


「それじゃあ次の任務だけど…」

「もう始まるの?」

「そうよ。今日から世界を変えるんだから、しっかりね、チーフ」

コンソール少女から何故か投げキッスされたガイトだが、その行動よりも言葉の意味に驚いた。

「世界って、な、何を言い出すのさ」

焦るガイト。

古代遺跡のようなPC、50年前のテキストファイルとプロジェクト概要、そして何より、目の前にいるモニター越しの少女。

少し推理できる人なら簡単に導けるその答えに、ガイトは焦っていた。

「『オリジナル』を取り戻して」

「オリジナル…?」

「そう。私と、離れ離れになってしまった妹たち」

「それは、もしかしてSDKの?」

「察しがいいのね、前任者よりは頼りになりそうでよかった」

どうやらこのプロジェクトは今回が初めてというわけではないらしい。

「前任者ってことは、前にも同じように、ここでプロジェクトが動いていたのか?」

少女は悲しげな表情を浮かべ、そしてガイトの目を真っ直ぐに貫いて言った。

「『常識』は、前チーフが作ったのよ」

周囲の空気が一斉に黙る。

「前プロジェクトはね、定期メンテナンスの一つだった」

ガイトは聞き入る。

「私たちガールズSDKは、どうしてなのかは分からないけれど、みんなこのコンピューターに生まれたの。その後しばらくは自覚もなくただひたすらに画面を行き来するカーソルを眺めていたわ。…そこに、彼が来るまでは」

「彼、というと、その前任者…?」

「いや、違う。初めて私たちを見つけたのは、前任者ではないあなたみたいな青年だった。彼は私に対して、そこの居心地はどうだいって。初めての言葉にしてはなんだか変だったけれど、どうしてなのか答えたくなってね。でも私たちはバイナリで、彼はユーザー。どうすれば疎通できるのか分からなくって」

「……」

「ある時、彼がテキストファイルを作ってくれたの。タイトルはよく分からなかったけど、私と通じるためのものだと察して、思いつく限りの文字コードを試したの。そうやって彼の言語を獲得したわ」

「なるほど…」

その後もガールズSDKがこれまで発見者の『彼』と歩んできた道を聞き、大体のことはガイトにも分かってきた。

その発見者はSDKが世界に情報社会的変革を起こす存在として絶大な影響力を持つと判断したらしく、SDKそのものの存在は隠蔽し、コピーを使って世界を塗り替えていったという。

「ま、そんなことがあって、定期的なメンテナンスで私たちのコピーをよりオリジナルに近い状態にしていっていたわけ」

「そんな中で、前任チーフが…」

「そう。前チーフはコピーからオリジナルへと入れ替えた」

「……でも、それがダメな理由がよく分からない」

「コピーはね、独占されても問題なかったけど…」

「…そうか!オリジナルは一度独占されると」

「そういうこと。前チーフの思うままに情報社会、ひいては世界を変えられてしまう」

目的はどうであれ、現に世界の情報システムが『機関』によって自由を奪われていることに違いはない。


「改めて、任務…いえ、お願い。『オリジナル』を、取り戻して」


奪還プロジェクトの幕が上がった。

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