待遇良好の窓際業務

@Sirius_Verl_Arfikait

01.TASK = "古代プロジェクト" ;

会議が終わり、メンバーはそれぞれの持ち場へと戻っていく中、青年はその上司に呼び止められた。

「…えっ、どういうこと、ですか?」

「仕方がなかったんだ。受け入れてくれないか」

「……」

「…それじゃあ、よろしく頼むよ」

青年の肩を軽く二度ほど叩きつつ、齢四十過ぎの男は会議室を出て行った。

「マジか…」


この物語は、とある青年の壮絶な仕事ライフを綴った英雄譚である。


「ここか」

人気のないフロアに、青年はいた。

荷物はリュックサックに入るほどの量しかなく、特段困ることなく指定の部屋の前に辿り着くことはできた。

「よいしょ…と」

少しだけ力の必要な扉。

原因はどうやら内側にあったダンボール箱の山が崩れてしまったためのようだ。

掃除のしがいはありそうだ。

部屋には他に人影はなく、長年使われていないせいか、埃があちこちに散乱している。

「やっぱり断るべきだったか…?」

独り言が空間に吸われ消えていく。

元より断れるほどの度胸もなければ、言えるだけの実力や技術もない。


窓際。

会社組織などで周囲から浮き、かつ仕事能力もない者が無慈悲にも作業の邪魔にならないよう隅へと追いやられることだ。

人手不足の現代とは言われるが、リアルな猫の手について真剣に考察し、その試算の結果、真面目に否定するほど切迫した状況にあるのがこの青年の勤める企業だ。

「これってそういうことなんだよな」

口に出すと余計に虚しさが込み上げる。

能力が足りなかったのだろうか。

態度が悪かったのだろうか。


「…いや、どれも違う」


突然どこからか声がした。

「あっ、え、声に出てた…?」

青年は心の中で呟いたつもりだったが、どうやらそれは音声となっていたらしい。

それと。

「あれ…?」

見回すが、声の主の姿が見えない。

「君はここへ来て、何を思う?」

「何を…?」

再度の声に、ついさっきまで抱いていた悲観な嘆きはすっかり消えていた。

「僕には、何かが…足りなかった…?」

「やはりここへ来てよかったかもしれないね」

「それはどういう」

「これから」

青年の問いは不意な発言に掻き消される。

「これから、君には大変重要な任務をこなしてもらう」

何やら重い雰囲気が周囲に漂う。

声の主がどこかなど、すでに青年にとっては些細なことになりつつあった。

「まずはそうね…」

「な、何でしょうか」

緊張感あふれる空気が青年を囲う。

謎の声に導かれるように、文字通り窓際へと歩みを進める。

「ここの掃除よ」

「……は?」


かくして、青年の新たな仕事、いや、「任務」が幕を開けた。


「こんなもんか…?」

雑巾を片手に、埃のなくなったフロアを見つめる。

鏡のように輝きはしないが、達成感が青年に活気を与える。

ふと、壁を這うようなキャビネットに、見慣れないPCが置いてあることに気が付いた。

「うわ、何だこれ」

起動するかどうかも分からない漬物石。

重さもそれなりにあるようで、なかなか取り出せない。

「あら、もう見つけたのね」

「ぐっ、こ、これ流石に古すぎやしないか…?」

やっとのことで引っ張り出したそのPCは、遥か昔を思わせるほどに陽焼けし、本来は白かったのであろう筐体はおろかディスプレイまでもが色褪せていた。

電源プラグが埃まみれになっている。

「……(^-^)」

そっとプラグから手を引き、雑巾を手に取った。

「待て待て待って、水拭きは待って」

「…ですよね」

辛うじて正気を取り戻し、埃取り用の布巾を手に取った。

「君、案外危ないやつだな」

そんなことを言われたが、作業に集中しているせいかあまり気にならなかった。

「とりあえずこれでいいか」

プラグから埃を除去し、ショートの危険性はなくなった。

と、ここまでやるとやはり気になってしまうもので。

青年はPCの電源を入れた

……までは確かなのだが。

「……」

「……」

「……え、えーと…」

青年はPCの中で『生活』していた一人の少女を発見した。

目を瞑り、擦る。

掃除のやりすぎで疲れてしまったのかもしれない。

「……」

「…は、はろー?」

どうやらこちらの様子も見えているらしい。

こんな古ぼけた化石PCのスペックだと、ビデオチャットの類ではないようにも思うが…。

左上でずっと点滅しているコマンドラインのカーソル。

「コマンドライン!?」

かの少女が生活をしていたのは、まさかのコマンドラインの中だった。

「おぉ!正解!よく分かったね」

「正解じゃないでしょ!いや、待って、どうやってそんなところに…の前に、誰!?」

「誰、とは突然だなぁ。君の方が勝手にこっちを『見つけた』ってのに」

確かに、言われてみればその通りだ。

青年は好奇心に駆られてPCに電源を入れ、そこで生活していた少女を発見した。

この状況下では、彼女の言うように青年の方から名乗るのがセオリーというものだろう。

「…あ、そ、そうだね…。俺はガイト。このオフィスで…、そうだった、俺、こんな場所に飛ばされて…」

「あれ?ひょっとしてここのこと何も知らない感じ?」

「まぁ、確かに知らないけど、察してしまったというかなんというか…」

「ふぅん。そっかー。とりあえず、よろしくね、ガイト」

「よろ…え、なんで?」

「え?だって今日からの超超超大型プロジェクトの開発チーフ、でしょ?」

「……は?」

全く話が読めない。

しかも、聞くに大きなプロジェクトが今日から始まるらしい。

「いや、俺は…」

「あれ?違う?」

「そんな話、全く聞いてないし、そもそもそんなプロジェクトをいきなり任されるなんてことも」

「そうなの?今日、この部屋に配属になる技術者がチーフって聞いてるけど」

「聞いてるっていったって、君はそこにいたわけだし、どうやって?少なくとも俺じゃあないと思うけど…」

ガイトは確かにこの部屋へ配属となったが、詳細は一切伝えられていない。

そう、伝えられていないのだ。

「聞くっていうのはそうだね、確かにおかしいかも。決まってた、っていう方が正しいかな」

少女が言い終わると、一つのテキストファイルが開いた。

「……『本プロジェクトの開発チーフはプロジェクト開始とともに配属となる。また、この旨は本プロジェクト開始まで当該人物に知られてはならない』……、え、マジ?」

ファイルのタイムスタンプを確認すると、50年前。

「…50年前!?」

「よろしくね」

超超超大型プロジェクト、始動。

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