第37話
そこにはたくさんの文字が羅列されていた。
「物語のおもしろさは置いておいて」
深呼吸をしてから
「もし主人公がわたしだったら、先輩にはこうしてほしいなって思うです」
彼女の言葉に僕は首を縦にも横に振らない。
僕の中で固まっている気持ちと
「冒頭は目に入っちゃったんだけど、この先も読んでいいのかな?」
「もちろんです」
去年の文化祭で先を読んでもいいか確認するとその答えが出るまでに少し時間を要した。
悩んだ末に『今日はダメです』なんて言われることもあった。
それを考えると即答されたのはすごく意外だったし、後輩の成長を感じざるを得ない。
「それじゃあ読ませてもらうね」
すでに画面に表示されてる部分はこうだ。
“先輩は私を優しく抱きしめた。体全体で包み込まれて周りの様子はわからない。
ただ、少し離れたところから泣き声のようなものが聞こえた気がした。
もし逆の立場だったら、きっと私も同じ風になっていただろう。”
たぶん僕でもこういう展開にすると思う。
二人を連れてその場から逃げるなんてさすがにかっこ悪すぎる。
「やっぱり、あの場で選ばないとヘタレだよね」
自分の情けなさに感想がぽろりとこぼれた。
独り言のようなつぶやきに対して
僕は画面をスワイプして続きを読み進める。
もしかしたら
そんな疑念が指先を冷たくした。
”幸せなはずなのに後味が悪い。
その一方で、心の中に生まれたモヤモヤに安堵する自分がいる。
このモヤモヤはきっと良心だ。
勝ったとか負けたとかじゃなく、一人の女の子が失恋したことを悲しめる良心がいることに安堵したんだ。”
描かれていたのは主人公……いや、
自分の喜びだけでなく、他人の悲しみを感じ取れる優しい子だ。
この小説を通して僕に気持ちを伝えた後輩は真っすぐ僕を見つめている。
後輩がこんなに頑張ったのだから先輩も勇気を出さないとカッコ悪い。
男子の行動理由なんて好きな子にカッコいいところを見せたいがほとんどなんだから。
「
「臆病なだけ……なんだと思います」
「臆病?」
「もし
「そんなことない。元はと言えば僕が……」
手で顔を覆って必死に泣き顔を隠す後輩に対してこれ以上の言葉が出てこなかった。
タイミングとしては最悪なのかもしれない。
だけど、ここではっきりと気持ちを伝えなければいつまでも逃げ続けることになる。
外が曇ってきたのか教室の中が暗くなる。
さっきまでは夕陽が差し込んで良い雰囲気だったのに何ともタイミングが悪い。
これまでも告白できるチャンスがあったのに、それを思い止まった僕に対して神様が与えた罰なのかもしれない。
「ごめんね
僕は彼女の頭をそっと撫でる。
何度やっても緊張するし、彼女を傷付けないように気を遣う。
それでも、やっぱり触れることで味わえる幸せはこれまでの人生の中で群を抜いている。
「さすがに一年生が戻ってくるかな」
文芸部の紹介が波乱のまま幕を閉じたので生徒会の人も締めるのに相当手を焼いているだろう。
狙ったわけじゃないけど結果的にこうして
素直にお礼を言えない感じが残念な妹ポジらしい。
「ごめん。
今度はサイドテールが揺れない。
否定も肯定もされなかった。
事実なので仕方ないけどちょっとだけ心にグサっとくるものがある。
僕は
勇気を出せずに告白できなかったこと。
後輩の方から先に勇気を出せてしまったこと。
彼女が思い描いた理想の先輩になれなかったこと。
僕が女だったらこんなヘタレを選ばない。
それでも
「
夕陽の差し込まない薄暗い教室で僕は言った。
ロマンの欠片もないシチュエーション。面白みのない言葉。極めつけは緊張で噛んでしまった。
遠くから新入生の集団と思しき声が聞こえてくる。
「戻ってきたみたいだ。とりあえずここから……」
言いかけたところで
普段から制服の裾はよく握られているけど手は初めてだ。
思わぬ大胆な行動に顔が火照る。
それは彼女も同様で、涙で潤んだ瞳と赤い顔が妙に色っぽい。
「わたし、
「僕にとっては自慢の彼女だし、人気者だよ」
あんなに素敵な朗読をしたんだから。
懸命に頑張る姿や可愛い声はきっとみんなのを心を掴んだ。
「むしろ僕の方が不安だよ。ヘタレすぎて
ハハハと冗談ぽくから笑いをする僕に、彼女は身を寄せて両腕を腰に掛けた。
「わたしが安心できるのは
彼女の体温と鼓動が体に伝わってくる。
まるで一つの生命体になったように感覚に襲われて僕も鼓動が早くなるのに、
フリーになった左手でそっと
両手でしっかり抱きしめたい気持ちもあったけど、僕は右手で頭を撫でる。
小説の中の先輩は体全体で後輩を包み込んでいたから、それに反発したい気持ちがあった。
「
「バレたか」
僕は僕で気持ちが伝わったような感覚を味わえてさらに気持ちが高揚する。
「って、さすがにマズい。早く逃げよう」
「ふふ。やっぱり
そう言ってもらえると先輩……いや、彼氏冥利に尽きる。
僕は
こんなところを
「
「誰かにぶつかったら危ないというだけで、他に誰も歩いてなければセーフ……じゃダメかな?」
「言い訳したらダメですよお兄ちゃん」
「うっ……」
新入生の心を掴んだ庇護欲をそそる妹ボイスで注意されてしまうと、兄ポジとして長年生きていた心にグサりと突き刺さる。
「でも、わたしは
僕が好きになった満面の笑みでそんなことを言われてしまった。
「おっと!」
彼女が可愛すぎて足がもつれてしまった。
こんな情けない姿を見せ続けていたらさすがに捨てられてしまうかもしれない。
気を引き締め直して僕は
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