第35話

「ルナにはアドリブを怒ったのにゆうお兄ちゃんはアドリブで告白みたいなことをしてズルい!」


 マイクを持っていなのに地声が大きいからたぶん体育館全体に声が届いている。

 さすがにこれを小説の内容だと言い張るのは厳しい。

 

「ルナだってゆうお兄ちゃんのことが好き! 選んで! ルナか未亜みあ先輩を」


 会場はFuuuuuu!!と変な盛り上がりをみせる。

 生徒会の人は舞台袖で困り顔を浮かべていた。


 困っているのは僕も同じなのでどうにかこの乱入者をつまみ出してほしい。

 この件もお願いしますみたいな目で僕を見ているのでそれは期待できそうにないけど。


未亜みあ先輩だってはっきりさせてほしいですよね?」


 矛先が自分に向けられた未亜みあは僕の後ろに隠れてしまった。

 何度も練習した朗読でさえ緊張で途切れてしまったのにこんな予期せぬ展開に対応するのは難しい。


 僕は頭をフル回転させてどう切り抜けるかを必死に考える。

 こんなことになってしまってはもう小説の朗読ではなく公開告白だ。

 今ここで未亜みあを選んで告白するのは恥ずかしいし、何より未亜みあの作った小説がこんな風に改ざんされてしまうのは悲しい。

 

 いくら小説のストーリーを知らないといってもさすがにリアルの三角関係だと考えるのが妥当だ。

 でも僕にできる幕引きはこれしかない。

 絶対にこの盛り上がりに水を差す結果になるだろし、すぐに噂は広まってしまうだろう。


 こんなことになったら何も噂が立たない方がおかしいんだ。

 僕は腹をくくってマイクを握る。


 新入生達が「おお!?」っとどよめき、示し合わせたように一瞬で静まり返った。

 全ての注目が僕の発言に集まっている。自意識過剰ではなく本当にそう感じるくらい大量の視線を浴びていた。


「と、いうのがこの小説の途中までです。みなさんの中にこの続きを思い浮かんだ人がいたら、ぜひ1度文芸部の部室に遊びに来てください」


 会場全体があっけに取られている。


「行こう。未亜みあ


「え、あ」


 僕はすかさず未亜みあの手を取り舞台袖へと走った。

 未亜みあには悪いけどここは僕のペースに合わせてもらう。


月菜るなも帰るぞ」


 空いている左手で月菜るなの襟首を持ち半ば強制的に連行する。

 会場からは


「どんな小説だよ」


「逃げたんじゃね?」


「修羅場じゃん」


 などなど、いろいろな声が聞こえてきた。

 カクテルパーティー効果だったかな。

 喧騒の中でも自分に向けられた言葉は聞き取れるってやつ。


 全然パーティーなんて雰囲気じゃないけど僕に対する批判じみた言葉は確実に耳に入っていた。 


「文芸部の出番は終わりです。あとはお願いします」


「え? は、はい」


 生徒会の人に告げると彼はいそいそと舞台へと出て行った。

 このざわつきの中で丸投げするのは申し訳ないと思いつつ、化学部の時は僕に丸投げだったんだからこれで貸し借りなしということにしておいてほしい。


「ゆうお兄ちゃんのヘタレ」


「お前なあ……」


 まだ僕に襟元を掴まれた月菜るなの放った言葉は謝罪でも反省でもなく暴言だった。

 さすがに呆れて怒る気にもなれない。


「うふふ。持田くんお疲れ様」


美桜みさくらさん! こいつはもう退部……いや、出禁にしよう」


 未亜みあと繋いでいた手を放し、右手でしつけのなってない妹ポジを指差す。

 

「あらあら。穂波ほなみさんがいなくなったら寂しいわ」


「ですよね! ルナみたいな台風の目って必要だと思うんですよ。って!」


「自分で台風の目とか言うやつは絶対ろくなやつじゃない」


 これ以上調子に乗らないようい一発チョップを入れて黙らせた。

 思えばこのツインテール頭にチョップをするのは少し久しぶりな気がする。

 ここ数日は未亜みあと朗読の練習をするのに精一杯だったし、月菜るなも大人しくしていたからだ。

 

 それがここに来て反動のようにとんでもない行動に出るものだから油断も隙もない。


「椿さん体調は大丈夫? 顔色が悪いから心配だったわ」


 美桜みさくらさんの問いかけに彼女は小さく頷いた。

 その小さな右手で左手を包み込む姿を見て、僕も自分の右手が急に愛おしくなる。


 咄嗟に行動してしまったけど、さっきまで僕は未亜みあと手を繋いでいた。

 月菜るなにチョップを入れるために離してしまったのが悔やまれる。


「持田くんのアドリブには驚いてしまったわ。だけどありがとう。おかげで小説の雰囲気は伝わったと思うわ」


未亜みあが頑張って練習してたのを知ってるから、先輩としてどうにかしてあげたかったんだよ」


「あらあら」


 右手で口元を押さえ美桜みさくらさんは楽しそうに笑う。

 数分の朗読でかなりのトラブルが発生したというのにこの人は本当に自分のペースを乱さない。

 さすが長年カメの手綱を握っていた女の子だ。


穂波ほなみさんはどうしてあんなことを?」


 何をしでかすか分からないので僕はまだ襟元をしっかりと掴んでいる。

 不満気な表情を浮かべて口を尖らせながら月菜るなは言った。


「ああでもしないと告白できないって思ったんだもん」


「何を言ってるんだよ。部活説明会だぞ。あくまで小説の登場人物としてセリフを読んでるだけで告白なんて……」


「あのアドリブが本心だったのに?」


「…………」


 月菜るなの指摘に言葉を詰まらせてしまう。

 確かにあのアドリブには僕の本音も混ざっている。

 でも、あくまでも小説のストーリーに合わせたセリフで僕自身の言葉じゃない。


「そういうのは……その、二人きりの時に……」


「じゃあ、今からゆうお兄ちゃんと未亜みあ先輩を二人きりにしたら告白して付き合ってくれる?」


「なんでそうなるんだよ!」


「ゆうお兄ちゃんが未亜みあ先輩に告白して付き合って、すぐにフラれて心がボロボロになったところにルナが心の隙間に入り込む作戦なんだもん」


 悪びれる様子もなく月菜るなは最低な計画をぺらぺらと暴露した。

 首根っこを掴まれてるくせに完璧な作戦と言わんばかりのドヤ顔に腹が立つ。


「それ本人の前で言うことか」


「正妻の余裕ってやつ?」


「おまえなあ」


「告白しないら、ルナがゆうお兄ちゃんはの彼女だって言いふらしちゃうよ? 一年生の間ではすぐに噂が広まっちゃうね」


 にひひと冗談めかした笑いを浮かべる妹ポジ。

 だけど、こいつはやると言ったらやる。長年の付き合いでそれは僕自身がよく分かっている。


「ゆ、優兎ゆうと先輩!」


「どうした未亜みあ


「この後、二人でお話いいですか?」


 未亜みあの顔色はすっかり良くなっている。

 まずはそれにホッと一安心だ。


「ゆうお兄ちゃん、こういう時は先輩からお誘いするものだよ?」


「お前は黙っとれ」


「そうよ穂波ほなみさん。これは二人の問題なんだから。今はそっとしておいてあげましょう」


「今だけでなくこの先もそっとしておいてくれるとありがたいんだけど」


 僕からの要望に美桜みさくらさんはうふふと不敵な笑いをするに止まった。

 三枝さえぐさ班目まだらめさんもすごい食い付いてくるんだろうな……。


「あとのことは部長の私がやっておくから、お二人はごゆっくり。穂波ほなみさんもお手伝い頼めるかしら?」


「はーい」


 さすがの月菜るなも部長である美桜みさくらさんには簡単には逆らえない。

 たぶん野生の勘みたいなものが大人しく従っておけと告げているんだと思う。


月菜るな、これ以上文芸部に迷惑を掛けるなよ?」


 僕は月菜るなを解放すると兄ポジとして注意をした。


「ゆうお兄ちゃんがウダウダしてなければこんなことになりませんでしたー」


「あ! こら!」


 自慢の俊足であっという間に僕の間合いから抜け出す。

 いろいろな小道具が置いてあり、化学部のフラスコからはまだ煙が出続けている。

 僕までこの中で走り出したら謎の危険物を倒してしまうかもしれない。


 ひとまずこの場で月菜るなを確保することは諦めた。 


穂波ほなみさんは私が見張っておくから。ね?」


「……ありがとう」


 大人びた色気を醸し出す美桜みさくらさんに耳元で囁かれると好きな女の子が目の前に居てもつい興奮してしまう。

 そんな邪な感情をできるだけ表に出さないように心を静めて、僕は未亜みあと二人で体育館をあとにした。

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