第30.5話

「はぁ~~~~~~」


 月菜るなはブレザーも脱がずにベッドにダイブした。

 枕に顔を埋めて声にならない声を上げて行き場のない感情を少しずつ放出する。


「やっぱりこの作戦辛い……」


 寝返りを打って天井を仰ぎながらつぶやく。

 優兎ゆうと未亜みあの仲を応援すると決めて、もし隙があれば月菜るな優兎ゆうとにアピールする。

 自分で立てた作戦はうまく進行しているはずなのに心はモヤモヤしていた。 

 

 見るからに引っ込み思案で大人しそうな未亜みあと恋愛経験ゼロの優兎ゆうとなら背中を押しても進展しないと踏んでいたのに、自分の想像以上に絆が深まっていて焦りを覚える。


「まだ付き合ってないってなんなのよ! まだって!」


 未亜みあの言葉を思い出すと焦りや悲しみが怒りへと変換されていく。

 今はまだそのタイミングじゃないけど近いうちに付き合うみたいな言い草だ。

 そうなるようにけしかたのは自分自身のはずなのに、いざ優兎ゆうとに彼女ができるのかと想像すると胸が痛む。


「朗読が良かったのは認めるけどさ」


 右腕で目を覆い、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。

 もしここで泣いてしまったら自分が失恋したと認めるみたいだから。

 この作戦はあくまでも優兎ゆうとを失恋させて月菜るなが心の隙間を埋めるというもの。


 月菜るな自身に心の隙間を作る暇なんてない。


「でも、誰がルナに投票してくれたんだろ」


 一票は未亜みあ本人が投票したと言っていた。

 優兎ゆうとには自分で自分に投票したと思われているみたいだし、あの場で否定すればせっかく部長以外にはわからない形式にした意味を失ってしまう。

 たった6人の投票で部長が数え間違えるというのも考えにくい。


「少しだけ……誰かの心に届いたのかな」


 スーッハーッと大きな深呼吸を3回繰り返す。

 胸が大きく上下に動くのを自覚して、邪魔だけど武器になることを再確認した。


「にひひ。ゆうお兄ちゃん、ルナの胸にまとわりつかれてドキドキしてた」


 妹ポジに興奮するはずないと口では言っても体は勝手に反応してしまう。

 悲しい男子高校生の性を見逃したりはしない。

 それでも未亜みあを好きだと気持ちを曲げないのは、むしろ人間として信頼できる証でもある。


「おっぱいに誘惑されないゆうお兄ちゃんはやっぱりカッコいいよ。他の男子とは全然違う」


 勢いよくベッドから立ち上がると鏡の前で髪を整える。

 もしかしたら優兎ゆうとが突然家にやってきて告白するかもしれない。

 いつ、どんな時でも優兎ゆうとに見られても恥ずかしくない、それどころか一番可愛い姿で会えるように努力を怠らない。


 自慢のツインテールをかき上げると、鏡にはいつも以上に自信に満ち溢れた自分の姿が映る。

 

「今は負けていても最後に勝てばいい」


 家庭教師をしてもらっている時に優兎ゆうとからもらった言葉を鏡に映る自分に言い聞かせた。

 この言葉のおかげで現に今、同じ高校に通っている。

 自分の人生に優兎ゆうとは絶対に必要な存在で、優兎ゆうとからもそう思ってもらいたい。


「ゆうお兄ちゃんは未亜みあ先輩との距離が縮まってルナに感謝してるはず。ルナがいなければそうはならなかった」


 自分の好きな人が他の女の子と仲良くしているのはとても辛い。

 同じ部活に入れば見せつけられてしまうことだってあるかもしれない。

 でも、自分の努力を認めてくれている人が部の中にいる。


「まだ付き合ってないなら、さっさと付き合ってもらって、さっさと別れてもらわなきゃ」


 優兎ゆうとに失恋の傷を負わせてしまうのは申し訳ない気持ちも少しあって、何度覚悟を決めたつもりでも良心がズキンと痛む。

 それでも月菜るなが妹ポジから正妻になるにはこれくらいのインパクトが必要であることに変わりはない。


「ゆうお兄ちゃんがグズグズしてるなら、無理矢理にでも告白させちゃうんだから」


 オーディションに落ちた悲しみはすっかり消えた月菜るなは、優兎ゆうと未亜みあの恋愛成就に向けて心の炎を燃やしていた。   

  

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