第30話

「はぁい。みんな目を開けてもいいわ」


 美桜みさくらさんに促されてまぶたを上げるとさっきまでと変わらない景色がそこにはあった。

 投票を無事に終えてみんなの顔が心なしかほっとしているように見える。


「もったいぶっても仕方ないから早速結果を発表するわね」


 思わずごくりと唾を飲んだ。

 美桜みさくらさんの笑顔からは結果を読み取れない。

 公平なジャッジという点においては本当に信頼できる。


 未亜みあ月菜るなは目をぎゅっと閉じて天に祈っていた。

 性格は真逆なのに同じポーズをしているのがちょっとおかしくて、ほんの少し緊張が和らぐ。


「結果は4(よん)-2(に)で椿つばきさんになりました。おめでとう」


「待って! 合わせて6っておかしくない!?」


 未亜みあが合格した喜びと同じくらい合計の票数が6になっていることに対する疑問が湧いて出た。

 美桜みさくらさん、三枝さえぐさ班目まだらめさんに僕が加わった4人で投票したはずなのに。  


「うふふ。誰が誰に投票したかは言えないけどぉ。椿つばきさんと穂波ほなみさんも投票に参加したのよ」


「まさか未亜みあ……」


 僕の後ろで笑顔を堪える後輩に視線を向ける。

 月菜るなに気遣っているのか喜びをあまり表に出さないようにしている姿も可愛い。


穂波ほなみさんの本気、伝わってきた……です」


 さっきの衣擦れは未亜みあのものだったらしい。

 月菜るなはたぶん自分で自分に投票してるからこれで2票。

 本来の審査員であるところの美桜みさくらさん、三枝さえぐさ班目まだらめさんは未亜みあに投票したことになる。


「自分が投票して負けるかもって思わなかったの?」


「それでもわたしは、あんなに大きな声で朗読できる穂波ほなみさんに投票しなきゃって思ったです。新入部員なのに優兎先輩と一緒に朗読するためにオーディションを受けるなんて、わたしだったらできないから」


 相変わらず僕の後ろに隠れている未亜みあが、できるだけ月菜るなの方に向かって投票の理由を語る。

 まだまだ月菜るな相手に委縮しているけど少しずつ改善されているようだ。

 入学式の時に比べると先輩の風格みたいなものが出ているようにも感じる。


「そ、そうですか。まあルナは自分に手を挙げたんですけどね」


 照れ臭いのか腕を組んで未亜みあから視線を逸らすと、ふんと鼻息を鳴らした。

 同時に班目まだらめさんがちょっと驚いたように何かを言いかて、結局何も言わずに口をつぐんだ。


穂波ほなみさんと迷ったんだけど、やっぱり椿つばきさんが書いた小説って考えると……ごめんね」


「謝らないでください。ルナの実力不足ですから」


「そんなことないって。新入生なのに部の活動にぐいぐい飛び込んでくるとか普通じゃできねーから」


「うんうん。来年に期待してる。持田先輩がいないとモチベーションが上がらないでしょうけど」


「来年は三枝さえぐさ先輩と班目まだらめ先輩の番じゃないんですか?」


「そ、それは……ねえ?」


「あれだけ力の入った朗読を見たら穂波ほなみさんに譲ってあげようって思うのが先輩ってもんだ」


 さすがに投票制にしたので月菜るなも駄々をこねることなく結果を受け入れてくれた。

 僕と朗読するという目的を失っても文芸部に入るみたいで嬉しいやら困るやら複雑な気分だ。


「念のために確認しておくけど、穂波ほなみさんは文芸部に入ってくれるの?」


「もちろんです。ゆうお兄ちゃんはルナがいないと調子が狂っちゃいますから」


「おい。この一年間は月菜るながいなくても充実した高校生活を送れてたんだが?」


「そう? ルナが後押ししなかったら……」


 チラリと未亜みあに視線を送ると、むふふと意味深な笑みを浮かべた。

 言いたいことはよーくわかってる。

 現に月菜るなが焚き付けなければ未亜みあとここまでのスキンシップを取ることはなかった。


「ごほん。文芸部の活動はこういうのがメインじゃないってのはちゃんとわかっとけよ」


「大丈夫大丈夫。未亜みあ先輩みたいにゆうお兄ちゃんにたーくさんアドバイスをもらうから」

 

 僕の腕を掴むとギュッと胸に押し当てる。


「おい! 何して」


「えー? 妹にされても別にドキドキしないでしょ?」


「ま、まあな」


 ツインテールをなびかせながら上目遣いで僕を挑発する妹ポジ。

 正直な体に落ち着くように指令を送るも、この無意識の興奮は簡単には抑えられない。


「ほ、穂波ほなみさん」


未亜みあ先輩どうしたんですか?」


 体は小さいくせに先輩に対して強気の態度を取る月菜るな

 だけど未亜みあも僕の制服の裾をギュッと掴んで必死に食らいつく。


「恋人でもないのにそれは近すぎると思う……です」


「でも、未亜みあ先輩だってゆうお兄ちゃんの恋人じゃないですよね?」


 月菜るなはふふんと得意げな笑みを浮かべる。

 僕は腕と背中を後輩二人に押さえられて簡単に身動きが取れない。


「……まだ」


「ん?」


「まだ……付き合ってないだけ……です」


 やっぱり声は小さいけど、その言葉には強い意志が込められていた。

 普段ならさらに相手を煽る月菜るなも、この発言に対しては何も言い返せない。それは僕も同様だった。


 美桜みさくらさん、三枝さえぐさ班目まだらめさんは僕らの動向をまるでサーカスでも見るようなわくわくした表情で見守っている。

 そんな部員達の前で発せられた未亜みあの言葉は、僕の今度の運命を決定付けるものとなった。

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