第28話

 未亜みあは丁寧に地の文を朗読する。

 一つ一つの言葉をゆっくりと読み上げいくので初っ端で噛んでしまったのが嘘みたいだ。


「“まったくこの先輩は鈍感だ。私が言う特別というのはそういう意味じゃないのに。私は先輩の妹になりたいわけじゃないのに……。”』


 このセリフで僕の目が覚めた。

 僕だって未亜みあを妹ポジにえたいわけじゃない。

 あくまで対等な恋人になりたいんだ。


「“この人に恋愛的な意味で意識させるにはどうすればいいだろう。私は頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。手を繋いだり、ハグしたり、キスしたり……は、意識させるどころかもはや恋人だ。その一歩手間。こうして妹になっているからこそできることを考える”」

 

 たまに声が上ずってしまう箇所もあったけど、この長い文もしっかりと読み上げた。

 昨夜、一度だけでも無理して練習をした成果が出たようだ。

 

「『お兄ちゃんは妹とどんなことをしたいですか?』」


「『急にそんなことを言われても……』」


 もう未亜みあを妹としては見れない。

 恋人扱いするのはまだ早いしおこがましいけど、少なくともただの後輩という枠は超えている。

 だから『妹とどんなことをしたい?』なんて聞かれても返答に戸惑うのもごく自然な反応になった。


「『せっかくのチャンスですよ? 私の友達はみんなお兄ちゃんと仲が悪いみたいですし』」


「『なんのチャンスだよ。まあ、俺の周りも妹と仲が良いって話は聞かないな』」


 未亜みあも余裕がでてきたのか月菜るなみたいにイタズラっぽくニヤリと笑みを浮かべた。

 この辺は本来の未亜みあにはない、この小説の主人公が持つ小悪魔っぽさかなと想いを馳せる。


 そして、ここから先は昨夜練習できなかった部分だ。

 僕が急に先輩ぶりたくて勝手に中断してしまったとても大切なシーン。

 だけど今の僕らなら練習なしでも自然な朗読ができる気がしてならなかった。


「『お兄……ちゃん。妹の頭をナデナデしたくありませんか?』」

 

 後輩……いや、妹からの甘い誘惑。

 月菜るなみたいな妹だったら冗談か何かの罠だと思って警戒するところだけど、未亜みあに言われると素直に受け入れてしまう。

 だから主人公が恋焦がれる先輩はこう照れ隠ししながらこう返すんだ。


「『そうだな。まあ、したいかしたくないかで言ったら、したい……かな』」


 すでに二度、後輩の頭を撫でている。

 二回やったから満足ということはなく、何度だってあのさらさらな髪を撫でたいし、直接彼女の熱を感じたい。

 だけどそれを素直口にすることははばかられる。

 

 未亜みあが思い描いて心情とは少し違うかもしれないけど、僕はこの先輩が抱く心の揺れ具合に共感できた。


「“先輩の顔が赤い。きっと私もだ。このドキドキの共有が恋に発展してくれればいいのだけど、きっとこの先輩には伝わらない。それでも、これは私にとってもチャンスだ。好きな人に頭を撫でててもらえる”」


 未亜みあの顔はさっきからずっと赤いままだ。

 小説の内容もそうだし、これから部員の前で頭を撫でられる。

 興奮と羞恥で感情はぐちゃぐちゃになっていて、だけど体に現れる変化は体温の上昇という同じものだ。

 

 見ている方はどちらに捉えてくれるんだろう。

 できれば、想いを寄せ合う二人のたかぶりだと思ってもらいたい。

 それが僕と未亜みあが特別になった証になるから。


「『撫でたいなら。撫でてもいいですよ』」


「『あくまで俺が選ぶんだな』」


 未亜みあはちょっとだけ強気に僕に選択肢を与えた。

 後輩から恋人になったらこういう面を見られる機会が増えるのかもしれない。

 そう考えると余計に彼女のことが好きになる。


「『だって、お兄ちゃんですから』」


 僕の目をしっかりと見つめてにっこりと笑う未亜みあ

 首を傾げるとサイドテールが優しく揺れた。

 

「『あくまで妹としてな。変な誤解するんじゃねーぞ』」


 ふてくされた感じでセリフを読み上げて僕は椅子から立ち上がる。 

 一歩ずつ未亜みあの元へ近付いていく。

 

 ふとギャラリーの方に視線を移すと月菜るな以外の部員がしっかりと僕らに釘付けになっていた。

 やっぱりみんなの前でとなると恥ずかしい。

 これはさっきのとは違う。朗読の演出の一環だと自分に言い聞かせる。


「なんだか照れますね」


 未亜みあの目の前に辿り着くと、僕にだけ聞こえるくらいの小さな声でそうつぶやいた。

 普段の声量が抑えめだからできる芸当だ。

 その言葉に対して言葉で返すことができないと判断した僕は行動でそれに応える。


 スッと右手を上げると未亜みあは目をつむり、『どうぞ』と言わんばかりに少しだけ頭を前に傾けた。

 元から身長差があるのでそんなことをしなくても簡単に撫でられるのに、細かい気遣いができる後輩だと感心する。


 月菜るなだけは不機嫌そうに視線を逸らしてる。

 僕がこうして未亜みあの頭を撫でられるようになったのは月菜るなの力添えがあったからだ。

 それだけは確かな事実なので心の中で感謝をした。


「今はこれでいいかな?」


 右手を後輩の頭の上にポンと置いて僕はつぶやいた。

 これはセリフにないアドリブであり、主人公ではなく未亜みあ本人へのメッセージだ。


 未亜みあは首筋まで赤くしてコクリと小さく頷いた。

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