第27話
最初も最初も。
さすがにこれは仕切り直しかと思ったけど、
それどころか
「“同じはずのに全然違って見える教室。ここは先輩が普段授業を受けている教室だ。今、この場には私と先輩しかいないのに妙な緊張感に襲われていた”」
本番形式の朗読は二度目ということもあり僕も客観的に本の内容を追えている。
「『夕陽が差し込む教室ってなんだかドキドキしませんか?』」
本人は積極的に肯定はしないけど
決して距離は近くないのにすぐ隣で上目遣いで語り掛けられたと錯覚するくらいだ。
「『わかる。それも二人きりだしな』」
自分のセリフを読み終えた時、ふと視線を上げると
打ち合わせをしたわけでもなく、まるで会話しているかのような自然な流れに心が高揚する。
だけど照れ隠しのように
そこから数秒の
「“ここで会話は終わってしまう。でも、不思議と居心地は悪くない。無言だけど気持ちが通じ合っているような。私の勝手な思い込みかもしれないけど、この瞬間の積み重ねがとにかく愛おしい”」
まさにこの通りの気持ちを僕自身も抱いている。
恋愛小説を朗読してる身からすればこの反応がとても嬉しい。
だけど一人だけ、
「『ねえ先輩。私が後輩の中で特別になるには、どうすればいいですか』」
ふいに
後輩との接点は文芸部の中くらいで、あとはあまり後輩っぽくはない
僕自身の中では
「“先輩は腕を組んで天井を仰いだ。遠回しな告白みたいになってしまったことに言ってから気付いて体が熱くなる。私の顔は今どんな色になっているんだろう。もし赤く染まっていても、今なら夕陽のせいにできる。今まで読んできた恋愛小説の登場人物が夕方に告白してきた理由が少しわかった気がした”」
本当はここで地の文通りの動きはできればよかったのに、
「えー……『俺が留年でもすれば同級生になって、もう一回留年したら先輩になるな』」
朗読中に反省をしていたせいで次のセリフのテンポが悪くなった。
「『そうじゃなくて』」
まるで自分の朗読に指導が入ったみたいでビクッと体が反応してしまう。
これは元々のセリフだ。何も慌てるようなことじゃない。
でも
「“冗談を言ってはぐらかそうとする先輩に顔をグイっと近付けた。この人にはこれくらい積極的にならないと気持ちが通じない”」
物理的な距離は離れていても、朗読している世界の中で僕らの距離はグッと縮まっている。
そう感じさせるくらい彼女の表情は恋をしてくれていた。
でも、今はそれに応えることはできない。
この小説の中の先輩はまだ気付いていないフリをしてるんだから。
「“先輩の耳が夕陽色に染まる。その反応が嬉しくて私の心が躍り出す”」
深い呼吸を繰り返して意識的に
むしろ
「『後輩の中で特別だろ? じゃあ妹っぽくなれば特別感が出るかな』」
このセリフを読み上げると
組んでいた腕をさらにギュッと締め上げて胸を強調しているようだが、僕はそんなものにはなびかない。
僕は確実に
「『妹っぽくって……お兄ちゃんって呼んでみたりですか?』」
自分の顔が赤くなっていることによる羞恥心からか
そのつぶらな瞳と『お兄ちゃん』の組み合わせはやはりとんでもない破壊力を秘めていて、さんざん
主人公が
そんな
対抗心もあるだろうし、それだけ本気だというのがわかったのは嬉しい。
「『お、おにい……ちゃん』」
「『お、おう』」
そして追撃の『お兄ちゃん』
これを自分の武器として
妹ポジが
それに対して
押してダメなら引く理論で、僕の心は完全に
「『えへへ。どうですか? 先輩……いいえ、お兄ちゃんの特別に、なりましたか?』」
「『俺には兄弟がいないし、お兄ちゃんって呼ばれたこともないから特別って言われたら特別かな」』
昨夜の練習を遥かに超える
演技力は求められていないからこそ、本音としてセリフを読めるこの状況は非常に助かる。
反面、役柄と自分の境界線があいまいなので恥ずかしさも増してしまうけど。
だから余計、このあとに待ち受けるあのシーンへの緊張も自然と高まっていた。
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