第26話

 なんとなく二人並んでドアを開けるのは恥ずかしくて、部室から出る時は逆に僕がリードする形で部屋に入る。

 数分前のわちゃわちゃとした雰囲気は継続していた。

 

 一つ違うのは月菜るなの視線だ。何かを言いたげに僕らを見る。

 

 妙に勘が鋭いからしつこく追及されたら絶対に逃れられない。

 後ろめたいことではないけど、できれば二人の秘密として心にしまっておきたい出来事だった。


「さ、二人が戻ってきたことだし早速オーディションを再開しましょうか」


 頭の切り替えが早い美桜さんがそう言うと部員はそれに従うしかない。

 押しの強い月菜るなにすら有無を言わせなかった。


椿つばきさんは穂波ほなみさんから本を受け取ってね」


「は、はい」


 用意されているのは二冊だけ。

 そうなれば必然的に貸し借りすることになる。


「それなら僕のを」


 僕が使った本を未亜みあに渡して、僕が月菜るなから借りても何ら問題はない。

 あえてそうする必要もないけど、何となくその方が丸く収まる気がした。


「あの……穂波ほなみさん。さっきの朗読、すごく良かった」


「当然よ! だてにゆうお兄ちゃんの妹ポジ歴が長くないもの」


 腰に手を当て胸をででんとアピールする。

 背は未亜みあより小さいのに存在感は大きく見えた。


 月菜るなが差し出した本を受け取ったまま、双方視線を絡ませること数秒。


「でも、負けない……です」


 未亜みあが宣戦布告した。

 いつも僕の後ろに隠れていた未亜みあが一人で堂々と宣言する。


「ふっふー。ルナを越えられるかしら?」


 それに対して月菜るなは余裕の笑みを浮かべる。

 すでに名演を終えた月菜るなは気が大きくなっているのだろう。

 普段なら調子に乗るなと注意するところだ。


 でも、これは未亜みあ月菜るなの戦い。

 未亜みあが自分の力で立ち向かったのだから余計な口は挟むまい。


「あ、そうだ。部長に一つ確認なんですけど」


「なあに穂波ほなみさん」


「オーディションってあくまでルナと未亜みあ先輩ですよね? ゆうお兄ちゃんのうまさは関係ないですよね?」


「そうねぇ。持田もちだくんを考慮すると後攻の椿つばきさんの方が有利になっちゃうから、持田もちだくんの朗読は考慮しないわ」


「ありがとうございます。なんとなーくですけど、ゆうお兄ちゃん、ルナの時より上手に朗読できそうな気がしたので」


 月菜るなは口元とニヤリと動かし僕を一瞥いちべつした。

 本当に勘が鋭いやつだ。


「まあ二回目だしな。月菜るなの時よりはちゃんと朗読できると思う」


 僕にとって都合の悪い空気を変えるべく、ゴホンと大きめの咳払いをして弁明する。

 ただ、妹ポジはそれでなっとくするような玉じゃない。


「それもそうなんだけど~。休憩してから雰囲気が変わった……的な?」


「たった数分で変わるわけないだろ。お前は大人しく未亜みあと僕の朗読を聞いとけ」


「そういうことにしておいてあげる」


 まるで何かの確信を得たように月菜るなは引き下がった。

 ただ、このやり取りで火が付いた男もいる。


持田もちだ先輩、実際のところ二人で何してたんすか?」


「別に何もないよ。お互いに頑張ろうって気合を入れただけだ」


「わざわざ部室から出ていってっすか~?」


 三枝さえぐさがニヤニヤしながら絡んでくる。

 こういう時に止めてくれるのが班目まだらめさんのはずなのに、彼女も興味があるのか無関心を装って耳の意識はこちらに向いているのがわかる。


「はいはい。いろいろ気になることはあるかもしれないけど時間がないわ」


「そうだぞ。ほら、来年は三枝さえぐさがこうなるんだからよく見とけ」


「あとで教えてくださいね」


 三枝さえぐさは楽しみができたと言わんばかりの笑みを浮かべて部室の端へと移動する。

 月菜るなの時は心配してなかったけど、いざ未亜みあとの朗読となるとこの距離感が少し不安材料だ。


 声量の小さい未亜みあはマイクを使わずに部屋の端から端に声を届かせることができるだろか。

 ただ大声を出すだけでも月菜るなに分がある上に、先輩に恋する後輩の心情まで表現するとなれば難易度はグッと上がる。


「さ、二人とも準備して。あと椿つばきさん。リボンがズレてるわ」


「あ! ありがとうございます」


 美桜さんに指摘されて慌ててリボンを直す未亜みあ

 お互いに頭を撫で合ったことに意識を持っていかれて全然気付かなかった。

 僕もさらっとそういうことを指摘できる先輩にならないと。


未亜みあ先輩って意外と抜けてるんですね。ルナたちみたいなおチビさんは高い所に腕を伸ばすだけで身だしなみが崩れるんですから」


「たまたまだろ。未亜みあみたいな子は普通に生活してたらめったにリボンとかズレないんだよ。月菜るなと違って」


「ふーん? つまり、未亜みあ先輩に普通じゃないことが起きたってことかぁ」


 あっけらかんと発言しているわりに月菜るなの目の奥には鋭い光が宿っていた。

 もしかしたら僕は余計なことを言ってしまったかもしれない。


「まあいいけどね。さ、二人の朗読を聞かせてください」


 月菜るなはふふんと鼻を鳴らした。

 オーディションの前に随分と心を揺さぶってくれるじゃないか。


優兎ゆうと先輩、よろしくお願いします」


 小さいけど芯のある力強い声。

 未亜みあの心は全く動じていない。むしろ火が付いていると言ってもいい。


「そうだな。がんばろう」


 後輩に励まされるなんて、我ながら先輩なのに情けない。

 でも、先輩と後輩という上下関係から対等な二人になれたような気がして嬉しかったのも事実。

 

 この小説は未亜みあと僕で作ったんだ。

 一番うまく朗読できるのは僕らに決まっている。


 お互いの位置に付いて目で合図を送る。

 僕が小さく頷くと、未亜みあは大きく吸って第一声を発した。


「『こうじょうは……』」


 未亜みあの朗読オーディションはいきなり『構造』を噛むところからスタートした。

 

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