第25.5話

 優兎ゆうと未亜みあが部室から抜け出した頃、月菜るなは文芸部達に質問責めに合っていた。


穂波ほなみさんって演劇の経験があるのかしら?」


「小学生の時、学芸会で白雪姫をやったくらいです」


「へえ、それであの上手さか。やるじゃん」


「だから、あんたはどういう立ち位置なのよ」


 月菜るなは一刻も早く二人を追いかけたかった。

 お世辞にも優兎ゆうとの朗読はうまいとは言えなかったが、それでも一緒にやり遂げた自分と優兎ゆうとは二人で一組の主役である。

 今、この場にいるのが自分だけなのは納得できなかった。


「ねえねえ、穂波ほなみさんと持田もちだ先輩ってどういう関係なの? 幼馴染にしては距離が近いっていうか、あの持田もちだ先輩が女子の頭を撫でるのに躊躇しなかったのが意外だったの」


「それは俺も気になる。実は元カレとか?」


 ある意味で核心を付くような質問に月菜るなは言葉を詰まらせる。

 この場に優兎ゆうとがいれば『未来の正妻です』とか冗談めかして返せばピエロになって乗り切れる。

 

 妹みたいに扱われてる幼馴染。

 これが現実であることは月菜るな自身も認めている。

 だが、それを口にしてしまえば周りからの評価がそれで固まってしまう。

 

 そうなれば優兎ゆうと未亜みあが失恋する空気を作るのも難しくなる可能性がある。

 月菜るなは頭をフル回転させて、嘘を吐かずに今の状況を動かさない適切な答えを導き出そうと必死に考えた。


「ゆうお兄ちゃんはどう思ってるか分からないですけど、ルナはゆうお兄ちゃんを特別な存在だと思ってますよ」


「あらあら。まるで椿つばきさんの小説みたいね」


「だからすぐに感情移入できたんです。演じるっていうか、ゆうお兄ちゃんにアピールするみたいな」


 体をもじもじさせながら、まるで照れ隠しのようにツインテールを揺らす。

 実際には心はとても冷静だった。

 興味の対象を自分から小説の主人公にすり替えてしまえばいい。

 

 自分が優兎ゆうとを特別だと思っているのは本当だし、小説の主人公と境遇に似ているのも本当だ。

 一つ違う点があるとすれば『優兎ゆうとがどう思っているか分からない』というところ。

 

 優兎ゆうと未亜みあを好きで、自分は妹ポジとしてしか見られていない。

 だからあえて二人を応援して、失恋したところで優兎ゆうとの心に付け込む。


 そう決めたはずなのに、自分の知らないところで二人きりの時間を過ごしてるのかと考えると胸の奥がモヤモヤした。


持田もちだ先輩がモテるって意外だなあ」


「少なくとも三枝さえぐさよりも魅力的よ」


「なんだと!」


 先輩二人のやり取りを見て、月菜るなは羨ましいと思った。

 お互いに言いたいことを言い合える関係。

 自分と優兎ゆうともたまに口喧嘩をするけど、基本的に優兎ゆうとが折れてくれるし、悪いところをしっかりとたしなめてくれる。

 やっぱり兄と妹のような関係しか築けないのかと考えてしまう。


穂波ほなみさん」


「へ? あ、はい」


「自分の番が終わって気が抜けちゃったかしら?」


「あはは。そうですね。緊張が解けてちょっと力が入らないです」


「私ね、実は心の中で最初から椿つばきさんを選ぶつもりだったの」


「そう……ですよね」


 月菜るなもある程度は予想していた。

 優兎ゆうとに指摘された通り、新入生が部活説明会に出るなんておかしい。

 オーディションという展開になったこと、それが本当に実施されたこと自体が奇跡のようなものだ。


「でもね、穂波ほなみさんがアドリブを入れずに真面目に朗読してるのを見て考えが変わったわ」


 月菜るなは部長の言葉を正面から受け止める。


椿つばきさんが穂波ほなみさんよりも下だと思ったら、私は穂波ほなみさんを選ぶ。だから最後まで諦めないで。ね?」


「はい!」


 全てを見透かしたような部長の言葉に月菜るなは自慢の大きな声で返事をした。

 これはきっと朗読のことだけじゃない。

 最低な計画だという自覚はあるが、それでもこの気持ちは抑えられない。

 

 月菜るなは改めて正妻を目指すことを心に誓った。

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