第23話

「こんにちはー」


 自分自身の緊張を少しでも和らげるためにいつもより大きな声で挨拶をしながら部室のドアを開けた。

 先に走っていった月菜るなはもちろん、美桜みさくらさん、三枝さえぐさ班目まだらめさんもすでに来ている。


「遅いっすよ先輩。先輩はどう転んでも朗読するんですから」


「そのセリフ、来年は三枝さえぐさにブーメランとして返ってくるぞ?」


「ぷくく。三枝さえぐさの朗読が楽しみね」


 班目まだらめさんはまるで対岸の火事みたいな態度だけど、たぶん三枝さえぐさ班目まだらめさんの二人で舞台に上がることになる。

 それを想定して小説を一本書き上げるのも悪くないな。


「はいはい。今日は穂波ほなみさんと椿つばきさん、二人分の朗読があるからあまりグダグダできないわよ」


 美桜みさくらさんがパンと手を叩くと部員の視線が一点に集まった。

 三枝さえぐさ班目まだらめさんはともかく、朗読をする未亜みあ月菜るな、そして僕の間には緊張感が張り詰める。


「オーディションは本番を想定してそれぞれに本を持ってもらいます。昨日みたいに密着しないから、声を遠くに届けることを意識してね」


「最後のシーンはどうすればいいかな。僕が立ち上がって近付く?」


「あらあら。後輩の頭をナデナデする気満々ね」


「ち、違うって。そういう朗読劇だから確認してるのであって」


「うふふ。初めてだと緊張するけど、もう何度目だから大丈夫みたいな?」


 まるで昨夜の練習やさっきの廊下での出来事を見ていたかのように僕を煽る美桜みさくらさん。

 ここで迂闊に反論すれば負けるのは僕なので大人しく引き下がるしかない。

 真相は闇の中に葬ってやる。


持田もちだ先輩、一皮剥けた感じっすか?」


「こら三枝さえぐさ! デリケートなことなんだからもっと言葉を選びなさいよ」


「あはは……」


 耳を引っ張られる三枝さえぐさを見ていると少し緊張が解れる。

 単純に僕と未亜みあの間に何かあったか気になってるだけだと思うんだけど、こういうお調子者は空気を和ませてくれるから助かる。


「それで、先に朗読するのはどちらにしましょうか?」


「あー、それなら……」


「はい! ルナからいきます」


 僕が言い出す前に月菜るなが自ら立候補した。

 本番には強いけど本番前に弱いので早めに終わらせてやりたい。

 そんな兄ポジ心からの提案をする前に本人から申し出てくれた。


椿つばきさんはそれでいいかしら?」


「あ、はい」


 反対に未亜みあは目をつむり心を落ち着けているように見える。

 作者として作品を理解しているからこそ、考える時間を与えた方がより良い朗読になると踏んでいた。

 僕の思惑と二人の性格がうまく噛み合って難なく順番が決まってホッとする。


「部室だと狭いからギリギリなんだけど、端と端に椅子を置いたわ。当日もたぶんこれくらいの距離感だと思うのだけど」


 そこまで広くない文芸部の部室の隅に置かれた二脚の椅子。

 月菜るな未亜みあもかなり近い距離で練習をしたので、5メートルほど離れているとかなり感覚が変わりそうだ。


「これなら月菜るなも余計なアドリブを入れられないな」


「ひっどーい! ゆうお兄ちゃんだってドキドキして鼻の下伸ばしてたくせに」


月菜るなに鼻の下なんて伸ばさないよ。バカなこと言ってないで早く座れ」


 僕が促すと月菜るなは不服そうな顔をして椅子に座った。

 

「よしっ」


 少しでも声を前に飛ばせるように浅く腰掛ける。

 背筋の伸ばして本を構えると一気に緊張が押し寄せてきた。


「準備はいいかしら?」


「はい」


「うん」


 月菜るなと僕の声が重なる。

 こういう息の合い方をするとカップルだなんだとはやし立てられたものだけど、オーディションの緊張感がそれを防いだようだ。

 ありがたさ半分、拍子抜け半分といった心持ちで深呼吸をする。


穂波ほなみさんのタイミングで始めてね。それじゃあ、どうぞ」


 月菜るなはスーッと息を吸って、目を閉じる。

 きっとこいつなりに小説の世界に入っているんだろう。

 僕は未亜みあの方が評価されると信じているし、未亜みあと朗読したいと思っている。


 だけど、だからといって月菜るなとのオーディションで手抜きはしない。

 妹ポジの全力に応えるのが兄ポジの役目だから。 

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