第22話
「ごめん。お待たせ」
「いえ。帰りのホームルームはクラス毎に違いますから」
部室棟へと繋がる渡り廊下の入り口で僕らは待ち合わせをした。
昨夜、公園で頭を撫でた時と同じ制服を着て
軽く頭に触れるくらいなら許されるんじゃないかと思うくらい今の彼女は無防備で、とてもリラックスしているように見えた。
「緊張してない?」
「してます。だから、平気を装ってるです」
「はは。そっか」
気合は十分に入っているようだ。
「あの、部室に行く前にお願いしてもいいですか?」
「僕にできることなら」
「頭……ぽんってしてもらっていいですか?」
隣を歩く後輩は僕から目を逸らす。
彼女の肌がほんのりと赤く染まるのを見て、自分もきっとそうなっていると自覚する。
「えっと……軽くでいいか?」
こんな可愛い生き物のお願いを一体誰が断れるというのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡すと、僕が見える範囲には誰もいない。
部室まで1分も掛からないこの状況で後輩のお願いを叶えるには、今この瞬間しかない。
ごくりと唾を飲み、僕が左手を挙げた瞬間……。
「ゆうお兄ちゃーーーん!」
「ごふっ!」
どこから現れたのか無邪気な妹ポジに背後からタックルされてよろけてしまった。
ギリギリのところで転びはしなかったものの女子高生一人分の体重を支えるのはインドアな文芸部員には相当な負担だ。
「おい。人違いだったらどうするつもりだ」
「ルナがゆうお兄ちゃんを間違えるわけないもん」
背中に張り付いたまま
必要以上に体を密着させるせいで、服の上からでもその膨らみの存在を意識せざるを得ない。
「廊下を走ったら危ないだろ」
「えへへ。やっぱりルナのこと心配してくれてる」
「そうじゃなくてだな……」
まるで自分の双眸をアピールするようにゆさゆさと体を動かす。
「ルナを心配する前に『どけ』とは言わないんだね」
「あー、なんだ。急に重しがなくなるとバランスを崩して危ないからな」
「そういうことにしといてあげる」
耳元でささやくと、ダメ押しでギュッと密着させたあとに
行動が素直すぎて逆に不気味に感じてしまうのはこいつの日頃の行いが悪いせいだ。
「あの……大丈夫ですか?」
「うん。平気平気。
「はい。びっくりして体が勝手に避けてました」
「あはは。
「ちょっと! 扱いが違くない!?」
「当たり前だ」
「いたっ!」
加害者のくせになぜか態度のデカい
背後から襲われたら反撃できないが、こうしてこの身が自由ならいくらでも罰を与えられる。
「うぅ……せっかくオークション前でガチガチになってるゆうお兄ちゃんの緊張を解そうと思ったのに~」
「それはルナの方だろ?」
「そそそそそんなことないし」
服越しからでもこいつの体が冷たくなっているのはわかる。
それくらい緊張していて、誤魔化すために僕に体当たりをして気を紛らわそうとした。
「昔っから本番前に弱いよな。本番には強いくせに」
「しょうがないじゃん。始まったら勢いに任せるしかないけど、その前は不安になるの!」
ぷくっとほっぺを膨らませる。
何か大事なことがある直前になるとより子供っぽくなるのは変わってない。
受験当日の朝もウザ絡みされて大変だったことを思い出した。
「まあ、なんだ。オーディションになったのは面倒だけど、おかげでやれたこともあるし、感謝してないわけじゃない」
気が付けば僕の右手は
ついさっき思いを寄せる後輩に頼まれて、行動に移すまでに時間を要したこの行為をごく自然に。
「えへへ~。ありがとゆうお兄ちゃん」
満面の笑みでお礼を言うと
廊下は走るななんて注意もできず。右手に残った妹ポジの髪の感触が僕の心をざわつかせる。
「わたし達も行きましょうか」
「あ、うん」
できるだけ表情に出さないようにしているみたいだけど、
「さっきの話だけどさ」
「えっと……」
「頭をぽんってやつ」
「あの……それは、もう」
「誰かに見られても平気?」
「ふぇ!?」
どこのクラスでも帰りのホームルームが終わり部活棟に活気が出てきた。
まばらではあるが人通りもそれなりにある。
もしかしたら僕らのことなんて誰も気に留めないかもしれない。
それでも、周りに人がいるということは誰かに見られるということだ。
「急に
「……あの、その……」
僕らは一歩ずつ部室へと近付いている。
だから、彼女の返事を待ってるだけじゃダメだ。
ぽむっ
「あっ」
「突然ごめんね」
さっき出しかけた左手で
ほんの一瞬だけど、彼女の体温が伝わってきた。
「……ありがとです。がんばります」
未亜は顔を上げると拳をギュッと握った。
僕らは視線を合わせない。ただ真っすぐ前を見ながら部室を目指す。
だけど、
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