第21話
「“先輩の耳が夕陽色に染まる。その反応が嬉しくて私の心が躍り出す”」
こういう文を読み上げているだけとはいえ、いざ自分の状況を表現されると余計に恥ずかしくなる。
「『後輩の中で特別だろ? じゃあ妹っぽくなれば特別感が出るかな』」
「『妹っぽくって……お兄ちゃんって呼んでみたりですか?』」
いつしか恋愛対象として見ていた後輩に向けて言ったこのセリフは、勇気を出せずにいつまでもうだうだしている自分の姿と重なる。
もうすでに特別な存在になっているのに、
ただの小説を読み上げているだけなのに妙に胸が苦しくなった。
数秒の沈黙。
僕らは目を合わせることもなく、ただ一冊の本を凝視している。
シチュエーションを考えればここに
だからこの沈黙は全然気まずくないし、
「『お、おにい……ちゃん』」
「『お、おう』」
紙に書かれた通りに僕は戸惑いの声を上げた。
「『えへへ。どうですか? 先輩……いいえ、お兄ちゃんの特別に、なりましたか?』」
「『俺には兄弟がいないし、お兄ちゃんって呼ばれたこともないから特別って言われたら特別かな」』
「“まったくこの先輩は鈍感だ。私が言う特別というのはそういう意味じゃないのに。私は先輩の妹になりたいわけじゃないのに……。”』
僕だって
どうして僕はこんなシチュエーションを提案してしまったんだろう。
小動物的な可愛さと庇護欲をかき立てる
「“この人に恋愛的な意味で意識させるにはどうすればいいだろう。私は頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。手を繋いだり、ハグしたり、キスしたり……は、意識させるどころかもはや恋人だ。その一歩手間。こうして妹になっているからこそできることを考える”」
すでに僕は
まるで
「『お兄ちゃんは妹とどんなことをしたいですか?』」
「『急にそんなことを言われても……』」
「『せっかくのチャンスですよ? 私の友達はみんなお兄ちゃんと仲が悪いみたいですし』」
「『なんのチャンスだよ。まあ、俺の周りも妹と仲が良いって話は聞かないな』」
あのほっぺぷにぷにが脳裏をよぎり、ふと視線を横にすると
彼氏でもないのに触ったらビックリさせちゃうだろうな。
そんな理性が僕を思い止まらせる。
「
「あ、ごめん。なんでもないよ」
「? そうですか」
凝視し過ぎていたのか
相手が
「あの……それじゃあ、次のセリフいきますね」
「お、おう」
つまり、山場がすぐに訪れるということだ。
今まで
そりゃそうだ。だって恋人でも妹でもなく、ただの後輩なんだから。
だから、僕は好きな子にこのセリフを言わせることに今になって違和感を覚える。
「なあ
「え!? は、はい」
気持ちを整えているところに突然大きな声で話し掛けたせいか
「練習の続きの前にさ……今こんなこと言うのは変だって自分でも思うんだけどさ」
邪魔する者は誰もいない。もし邪魔者がいるとすれば臆病な自分だ。
たいしたことをするわけじゃない。ただ、初めては後輩からではなく先輩からだったという思い出が欲しいだけ。
要は自己満足だ。
「決して悪口じゃなく、
僕の言葉に
本人にもその自覚はあるらしい。
「だからさ、こんなのがご褒美になるかわからないっていうか、むしろこれをご褒美にする僕って勘違い野郎なんじゃないかって思うんだけどさ……」
ちゃんと告白するってなったら僕の体はもつだろうか。
そんなチキンハートの僕を
「この小説の主人公からの、
ついに言ってしまった。
愛の告白でもキスでもない。
だけど
もしこれで断られてしまったら……勇気を振り絞ったあとの心に恐怖が少しずつ蓄積していく。
さっきまで熱かった体も夜風に冷やされてきた。
「うれしい……です」
「じゃあ!」
彼女なりのOKの合図と受け取り、おそるおそる小さな頭に手を乗せた。
さらさらの髪を大切に大切に、絶対に傷付けないように丁寧に撫でる。
二人の間に言葉はなかったけど、なんだか気持ちが通じ合ったような気がした。
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