第16話
「『えへへ。どうですか? 先輩……いいえ、お兄ちゃんの特別に、なりましたか?』」
僕の気持ちを知ってか知らずは
しおらしい雰囲気を醸し出しつつも声の通りは良く、こいつは表舞台に立つ人間なんだと実感する。
「『俺には兄弟がいないし、お兄ちゃんって呼ばれたこともないから特別って言われたら特別かな」』
「“まったくこの先輩は鈍感だ。私が言う特別というのはそういう意味じゃないのに。私は先輩の妹になりたいわけじゃないのに……。”』
小説のシチュエーションと僕らの関係性がシンクロして妙に気まずい。
真っ先にはやし立てそうな
そうなれば班目さんも大人しいものだし、
好きな人にこんな顔をさせてしまっていることに罪悪感を覚えて胸がキュッと締め付けられる。
「“この人に恋愛的な意味で意識させるにはどうすればいいだろう。私は頭の中でぐるぐると考えを巡らせる。手を繋いだり、ハグしたり、キスしたり……は、意識させるどころかもはや恋人だ。その一歩手間。こうして妹になっているからこそできることを考える”」
登場人物的には聞こえないはずのモノローグをしっかりと耳にしたうえで、僕は何も知らない鈍感な先輩を演じなければならない。
それに僕はこの先の展開を知っている。
書かれた文字を声に出して読み、最後はその描写通りに動く。
たったそれだけのことなのに、僕は隣にいる妹ポジの幼馴染の存在を強く意識せざるを得なくなってしまっていた。
「『お兄ちゃんは妹とどんなことをしたいですか?』」
「『急にそんなことを言われても……』」
「『せっかくのチャンスですよ? 私の友達はみんなお兄ちゃんと仲が悪いみたいですし』」
「『なんのチャンスだよ。まあ、俺の周りも妹と仲が良いって話は聞かないな』」
僕と
家族ぐるみの付き合いと言っても実際に同居してるわけじゃない。
四六時中一緒ではないからこその距離感が僕らには合っている。
「可愛い妹のほっぺをぷにぷにしてもいいんですよ?」
ただ残念なことに
「おい。そんなセリフはないだろ」
「だって、ゆうお兄ちゃんがボーっとしてるから」
「僕は集中してるよ。
「そんなことないよぉ。でも、こういうポーズを取り入れた方が可愛くない?」
「
「ふ~ん。ゆうお兄ちゃんはこういう子がタイプなんだ」
「まあな」
僕が迷わず肯定すると
この小説の主人公は
本人は否定するかもしれないけど、僕にとっては
その分身をタイプだと言えば、遠回しに好意を伝えたことになる。
「
「え゛!?」
「そろそろ
「いえいえ! ルナの本気はこんなものじゃないですから!」
ツインテールを揺らしながら
さすが
上から押さえつけるより、煽った方が思い通りに動いてくれるんだよな。
「『お兄……ちゃん。妹の頭をナデナデしたくありませんか?』」
「お、戻ったのか。『そうだな。まあ、したいかしたくないかで言ったら、したい……かな』」
ものすごい切り替えの早さで練習に戻るので一瞬あっけに取られてしまった。
最近は頭にチョップを入れることはあっても、撫でるなんて小学生の時以来だ。
いくら妹ポジとは言っても女子の髪に触れるというのはやはり特別な意味を見出してしまう。
「“先輩の顔が赤い。きっと私もだ。このドキドキの共有が恋に発展してくれればいいのだけど、きっとこの先輩には伝わらない。それでも、これは私にとってもチャンスだ。好きな人に頭を撫でててもらえる”」
自分の可愛さをわかってる女子がやる角度だ。
「『撫でたいなら。撫でてもいいですよ』」
「『あくまで俺が選ぶんだな』」
「『だって、お兄ちゃんですから』」
まるで
だけどこれはアドリブではなく小説の内容そのものだ。
このシーンについては
僕の中で妹と言えばやっぱり
その意識が強くなってしまえばこっちのもの。
「『あくまで妹としてな。変な誤解するんじゃねーぞ』」
本番だとたぶんここで立ち上がるのかな。
練習の段階で当日のことを考える余裕も生まれた。
今は隣同士で座っているので、僕はそのままの姿勢で
数秒後、とんでもないことが起きるなんて知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。