第14話

「時間がないのでオーディションは明日にします。今日一日練習をして、その成果をみんなに披露してね」


「そんな急な」


「う~ん。でも、どっちが朗読するかをきちんと決めてからが稽古の本番だと思うのよね」


「それはそうだけど……」


 国語の授業で教科書を読むのとは訳が違う。

 僕だって大勢の前で朗読なんて初めてだし、一日で未亜みあの緊張を解すのは難しい。


「ゆうお兄ちゃん、練習しよ。これを読めばいいの?」


 そう言うなり未亜みあから本を取り上げて目を通す。

 シーン選びに参加していなくても付箋が張ってあればここだとすぐにわかったのだろう。

 迷うことなく文字を読み進めた。


「ふむふむ。ルナとゆうお兄ちゃんなら自然な演技ができそうね」


「どこがだよ。このヒロインとルナは似ても似つかないだろ」


「そう? 先輩のことを想う物腰柔らかな後輩ってまさにルナだと思うんだけど」


「お前がそう思うならそうなんだろ。お前の中ではな」


 この小説のヒロインは未亜みあがモデルになっている……はずだ。

 人見知りで引っ込み思案なヒロインが部活で出会った先輩に恋をする物語。

 読めば読むほど頭の中に未亜みあの姿が思い浮かんで、だんだんアドバイスをするのが恥ずかしくなったっけ。


「なら、まずは穂波ほなみさんから練習に入りましょうか」


「おいおい。本当に新入部員が部活説明会の練習するのかよ」


穂波ほなみさんの朗読が参考になるかもしれないでしょ?」


 僕の指摘に美桜みさくらさんは小声で返した。

 二人の対立を煽っているように見えたけど、実のところは未亜みあを後押しするための言動らしい。

 その言葉に僕はホッと胸を撫で下ろす。


「よし。そこまで言うなら月菜るなから練習だ。僕は贔屓ひいきしないからな」


「むむぅ。どっちかって言うと未亜みあ先輩に贔屓ひいきしないか心配なんですけど」


「僕は未亜みあの本気を信じてる。でも、もし月菜るなの方が新入生の興味を引けると思ったら月菜るなを選ぶ。みんなもそれでいいよな?」


 僕の問いかけに部員一同が頷いた。その中には未亜みあも含まれている。

 顔色は少し悪く不安そうな目をしている。だけどその瞳の中には決意の炎が燃えていた。

 気持ちの準備さえできればきっとやってくれる。

 僕は未亜みあを信じて、僕自身の練習のためにも月菜るなとの朗読を開始する。


「少しお芝居をするっていう話だったけど、それは最後のシーンだけでいいと思うの」


「そうっすね。俺ら演劇部じゃないし」


「むしろ最後の最後で『それする!?』みたいな方が驚きが大きいかも」


「僕としてもその方が助かる。朗読の経験もないのにあれこれできないよ」


 こういう時に人望がある美桜みさくらさんの発言は非常に大きい。

 三枝さえぐさが何か意見を出しても班目まだらめさんが突っかかるし、未亜みあはここぞという時に勇気を振り絞ってとんでもない提案をする。

 その辺のバランスを見つつ、良い方向に舵を切ってくれるのが美桜みさくらさんだ。


「いいか月菜るな。あくまでも新入生を勧誘するための朗読なんだ。小説の途中まで朗読して、続きを思い浮かんだ人に部室に来てもらう」


「ルナがゆうお兄ちゃんに甘えて、みんなをドキドキさせればいいんでしょ?」


「ものすごい拡大解釈をしたな」


「まあだいたい合ってるんじゃないっすか。1年生が部活紹介に出てるってだけでも珍しいし」


「改めて言葉にするとすごい状況ね……」


 常識人寄りの班目まだらめさんは我に返ったのか今の状況のおかしさに気付き始めた。

 こういう場合、常識人が折れるのが世の常。覚えておくといいよ班目まだらめさん。


「セリフはルナとゆうお兄ちゃんが担当するとして、それ以外はどうするの?」


「ああ、地の文か。基本的にヒロイン。この小説の場合は主人公か……だからルナと未亜みあの担当になるのかな」


「そうね。女の子の気持ちを描写してるわけだし、オーディションをするんだから地の文は女の子担当で」


 美桜みさくらさんに話を振ることでスムーズに意思決定がなされた。

 月菜るなの場合は月菜るなが読んで、未亜みあの場合は僕が読むといった不平等も起こらず、フェアな状況でオーディションができる。

 僕にだけ見えるようにこっそりウインクする美桜みさくらさんは、年上のお姉さんという雰囲気を醸し出していてつい体温が上がってしまった。


「それじゃあ持田もちだくん、穂波ほなみさん。さっそく朗読してみて」


「はい!」


「うん……で、僕の分は?」


「それは明日までに用意しておくわ。倉庫のカギを借りないといけないから」


「部室に保管してるのって一冊だけだっけ? ああ! そうだった」


 文化祭用に製本したものはすぐに取り出せるように過去10年分は本棚に保管して、残りは倉庫に行ってもらっている。

 残念ながら余ってしまった数冊も同じく倉庫だ。


「えーっと、これはこの一冊を二人で大事に使うってことだよね?」


「そうね。本番では体育館全体に声が届くように椅子の位置は話すけど、今日は初日だし。ね?」


 うふふと笑う美桜みさくらさんはとても楽しそうだ。

 教科書を忘れた人に見せてあげるみたいに、二人が身を寄せ合って一冊の本を読む。

 僕らが密着するのも美桜みさくらさんの脳内では想定されていたんだ。


「えへへ。ゆうお兄ちゃんに家庭教師してもらってたことを思い出しちゃうね」


「……そうだな」


 月菜るなは何一つ嘘は言っていない。家庭教師をしていた時、僕は月菜るなの隣に座って勉強を教えていた。

 残念ながら反対側からだとうまく文字が読めないので仕方のないことなんだ。


「家庭教師と生徒っていうシチュエーションもドキドキしたけど、先輩と後輩っていうのも素敵だね」


「それならゆうお兄ちゃんじゃなくて持田もちだ先輩って呼んでもいいんじゃないか?」


「えー? ルナがゆうお兄ちゃんって呼ばなくなったら、誰からもお兄ちゃんって呼んでもらえなくなっちゃうよ?」


「僕はそれでも一向に構わないけどな」


 まるで未亜みあに見せつけるように、月菜るなは必要以上に僕に体をくっつけてくる。

 ブレザー超しとは言え胸の膨らみが腕に当たりそうになるのでさりげなく椅子をずらして逃げるものの、月菜るなはすかさず追尾してきた。


「そろそろ準備はいい? この後は椿さんとの練習もあるんだから」


「はーい。ルナはいつでもおっけーです」


「僕もオッケー」


「むふふ。ルナの可愛い後輩っぷりに悶絶するといいわ」


 咳払いをして月菜るなはさらに体を近付けた。

 これから文字を読むから仕方ないとは言え、体温が間接的に伝わってくれば嫌が応にも鼓動が早くなる。

 好きな人の前で恋愛小説を妹ポジと朗読するという羞恥プレイがいよいよ始まってしまう!

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