第13話

「る、月菜るな。どうしてここに?」


「ゆうお兄ちゃんが運動部に入ってるとは思えないから文化部を一つずつ見学してたの。ゆうお兄ちゃんが素直に教えてくれればこんな苦労しなくて済んだのに」


 唇をとがらせてぶーぶーと不満を漏らす。

 部活説明会は今週末だけど、別に見学をしてはいけないというルールはない。

 むしろ、中学と同じく野球をやりたいとか、高校に入ったらラグビーをやりたと決めてる新入生は早々に仮入部を始めている。


「うぅ……なんでここに」


 未亜みあは僕の後ろに隠れて完全に委縮してしまっている。

 安全地帯と思われた文芸部の部室に天敵が現れたのだから当然の反応だと思う。


「えーっと、ゆうお兄ちゃんって持田もちだ先輩のことっすか?」


「まあ、そうなるな」


 あまり状況が飲み込めていない三枝さえぐさが僕を指差す。

 人を指差してはいけないと指導する力も湧いてこず、僕は無気力に肯定した。

 今この部室に男子は僕と三枝さえぐさの二人だけ。

 三枝さえぐさ自身にお兄ちゃんと呼ばれる心当たりがなければ、消去法で僕ということになる。

 

「妹さんいたんすね」


「本当の兄妹じゃないけどな」


 僕がそう言うと班目まだらめさんが目を見開いて三枝さえぐさの頬をつねる。


「こら三枝さえぐさ。人様の家庭の事情に土足で踏み込むんじゃないの!」


「いでで……」


「すまんすまん。そういう複雑な話じゃなくて、妹みたいなポジションの幼馴染ってだけだ。血縁はないし、親族でもない」


「ほら見ろ。班目まだらめの早とちりじゃん……いだいいだい!!」


「そういう問題じゃないから」


 班目まだらめさんは再び三枝さえぐさの頬をつねる。

 僕が月菜るなにチョップを入れるように、班目まだらめさんはこうして三枝さえぐさをコントロールしていくのだろう。

 今からこんな様子じゃ将来も絶対に尻に敷かれるな。


「はいはい。せっかく新入生が来てくれたんだからおもてなしよ」


 美桜みさくらさんはパンパンと手を鳴らし場の空気を変えた。

 このスキルは月菜るなに対抗するためにも身に着けておきたいと思う。

 今度コツを聞いてみよう。


「部長の美桜みさくら歩笑夢ぽえむです。入部希望ということでいいのかしら?」


「はい。穂波ほなみ月菜るな。ゆうお兄ちゃん……持田もちだ優兎ゆうとの幼馴染です」


「おい……って、うん?」


 反射的に振り上げていた右手が行先を失ってしまい、無意味に挙手したみたいになっている。

 

「幼馴染。今、幼馴染って言ったか?」


「うん。ルナ、なにか変なこと言った?」

 

 首を傾げると自慢のツインテールがその動きに合わせて揺れた。

 大きな瞳でまっすぐに見つめられると、僕が右手を振り上げたことの方が間違いであったと認めざるを得ない。


「いや、ごめんごめん。うん。幼馴染。月菜るなは幼馴染だ」


「ほんとっすか~? 持田もちだ先輩が椿さん以外の女子と仲が良いって意外なんすけど~? って、いだだだだ」


「まったくあんたってやつは」


 懲りずに僕と月菜るなの関係に探りを入れる三枝さえぐさはほっぺをつねられる。

 もはやわざとやっていると疑うレベルだ。三枝さえぐさの性癖を垣間見てしまった。


「あらあら。持田もちだくんの幼馴染が入部してくれるなんて賑やかになりそうねぇ」


 ほっぺに手を当て、美桜みさくらさんは表情を崩さず笑顔で月菜るなを見つめる。

 僕と未亜みあの間に月菜るなが入ったら面白そうとか考えてそうだ。


月菜るな、お前は足が速いんだから陸上部にでも……と思ったけどあそこはダメだ。僕の友達がいる」


「優しいのね持田もちだくん」


「兄ポジとしてカメと月菜るなを引き合わせるわけにはいきませんから」


 僕は月菜るなにもカメにも美桜みさくらさんにも幸せになってもらいたい。

 月菜るなには他の男子と恋愛してもらいたいけど、万が一にもカメを好きになってしまったら話がこじれてしまう。

 ゲスなカメと出会ってほしくないのも理由の一つであるけど。


「ルナはもうここに入るって決めたもん」


「お前、本なんて読まないだろ?」


「こ、これから読むもん。高校生になったしね」


「そうかそうか。それは殊勝な心掛けだ」


「それに、ここには未亜みあ先輩もいるし」


「ひっ!」


 月菜るなが僕の後ろに隠れる未亜みあをジロリと見ると、さらに委縮してしまった。

 僕の幼馴染である月菜るなにでさえこの反応なのに、見ず知らずのもっと陽のオーラに溢れる新入生の視線に耐えらえるのだろうか。

 部活説明会に向けて不安の種が増えてしまった。


「こら。先輩を威嚇するんじゃありません」


「え~? 威嚇なんてしてないよぉ。ルナは未亜みあ先輩と仲良くなれたらいいなって思って」


「仲良くなるのは僕としても歓迎だけど、この様子を見る限りじゃなあ……」


 完全にカツアゲする側とされる側の構図である。

 これで未亜みあの方が先輩と言われても誰も信じないだろう。


「それに言ったでしょ? ゆうお兄ちゃんと未亜みあ先輩を応援するって」


 僕と未亜みあ以外には聞こえないくらいの小さな声でそう告げる月菜るなの目は真剣だ。

 おそらくこの言葉に嘘はない。


「応援した結果、二人に何もなかったり、ゆうお兄ちゃんがルナを選んだら……」


 ふるふると震えている未亜みあが力強く頷いた。

 言葉はなくとも行動で示したということだろう。


「ゆうお兄ちゃんが優柔不断なのがいけないんだよ?」


 月菜るなの言葉がグサリと胸に突き刺さる。

 僕が未亜みあに告白すればこんな面倒な展開にはならないんだ。

 頭ではわかっていても、今の関係が壊れてしまうのが怖くて勇気を出せない。


「はいはい。なにかお取込み中みたいだけれど、いい加減そろそろ練習を始めましょう」


「練習? なんの?」


「ちゃんと新入部員に来てもらうために部活説明会で小説の朗読をするんだよ」


「椿さんが書いた恋愛小説で、ちょっとした実演も交えるんすよ」


「へー。そうなんですか。誰と誰がです?」


「そりゃあもちろん作者である椿さんと、椿さんご指名の持田もちだ先輩っす」


 少しずつ状況を掴んだ月菜るなの表情がだんだんと曇っていく。

 僕らの応援をするというなら絶好のチャンスじゃないか? なぜそんな怒りと嫉妬が混ざったような暗い笑顔なんだ?


「あの、ちょっといいですか?」


「なにかしら?」


 美桜みさくらさんは美桜みさくらさんで笑顔を崩さない。

 それどころか口元がかすかに緩んでいて、今の状況を完全に楽しんでいる。


「ルナを正式に部員にしてください。それで、ゆうお兄ちゃんの相手役をルナにしてください」


「はあ!? 新入生が部活説明会に出るってそんなのダメに……」


「いいわよぉ」


「「「ええ!?」」」


 月菜るなの暴走だけならともかく、まさか美桜みさくらさんが許可を出すとは思わず大きな声が出てしまった。

 予想外の展開に突入したと感じたのは僕だけではないらしく、三枝さえぐさ班目まだらめさんの声も重なった。


「えーっと、穂波ほなみさんだったかしら。椿さんよりも舞台慣れしてそうだし、持田もちだくんとも息ピッタリだし適任かなって」


「いやいや美桜みさくらさん、それはさすがにマズイでしょう。月菜るなはあくまで客席側の人間なんだから」


「もう文芸部に決めたのなら説明会なんて聞かなくても……ねえ?」


「さすが部長! 話がわかってますね」


 美桜みさくらさんは味方であり恋敵ではないと判断するやいなや早速ゴマをすり出す。

 長年妹ポジにいるだけあって年上に取り入るのがうまい。


「あ、あのっ!」


 声の主は僕の後ろで震えていた未亜みあだった。

 

「わたしだって、できます。これはわたしが書いた小説だから」


「うふふ。そうよね。自分の作品だから自分で朗読したいわよね」


「えぇ!? 部長はどっちの味方なんですか」


「うーん……文芸部の味方かな?」


 頬に人差し指を当ててわざとらしく考えるポーズを取った美桜みさくらさん。

 まるでこうなることが予想できていたかのように、ひょうひょうと答えた。


「でも困ったわね。原作者である椿さんと、舞台でも堂々と振る舞えそうな穂波ほなみさん。どちらも捨てがたいわ」


「それならオーディションなんてどうっすか? 持田もちだ先輩がより良い朗読にできそうな方を選ぶんす」


三枝さえぐさ、あんたまた適当なことを……」


「そうね~。そうしましょうか。うん。オーディションをやりまーす」


 三枝さえぐさの提案をすんなりと受け入れた美桜みさくらさんは軽いノリでオーディションの開催を決定した。

 文芸部の味方と言っていたけど、僕にとっては敵に見えて仕方ない。

 

 気持ちとして未亜みあを選ぶつもりだけど、本番のことを考えれば月菜るなが妥当。

 こうなったらオーディションまでに未亜みあの緊張を少しでも解さなくては。

 だって僕は、先輩なんだから。

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