第12話

「ささ、時間がないわ。早速練習しましょう」


「ちょっ! まだ心の準備が」


「当日は無慈悲に文芸部の順番が回ってくるのよ? 心の準備ができてなくても朗読できる練習もしなくちゃ」


「うぅ……厳しい」


「でも、いっぱい練習しないと失敗しそうですし」


 自作の小説を大事そうに胸に抱えて未亜みあが言った。

 声は小さいし自信はなさそうだけど、その中に一歩を踏み出す勇気を感じる。

 正直、気が進まない部分はある。

 それでも想いを寄せる後輩がこんなに頑張っているならカッコいいところを見せたくなるのが思春期の先輩というものだ。

 

「そうだな。やろう」


「はい!」


 自分を鼓舞こぶするように拳を握る。

 それに答えるように後輩も声を振り絞ってくれた。


持田もちだ先輩。俺の演技指導は厳しいっすよ」


「せっかくなら椿つばきさんを可愛くプロデュースしちゃうから」


「あの、わたしは別に……」


 三枝さえぐさ班目まだらめさんは打ち合わせでもしたように役割分担が自然と決まり、僕らをおもちゃにする気満々の様子だ。

 自分に火の粉が降りかからないとわかった人間の目というのはどうしてこうもキラキラと輝くのだろうか。


「お前らメインは新入生の勧誘ってわかってるんだろうな?」


「もちろんですよ。だから椿つばきさんを広告塔にしようとしてるんじゃないですか」


「えぇ! 恥ずかしいよぉ」


 頬を赤らめ身体をもじもじさせる仕草が実に可愛らしい。

 もはや朗読とかナシで、恥ずかしがる未亜みあを時間いっぱい壇上に上がらせておけば男子部員……いや、小動物好きの女子部員も集まるんじゃないかとさえ思えてくる。

 

「せっかくサイドテールにしてイメチェンしたんだしさ、その可愛いお顔をもっとよく見せておくれ」


「赤ずきんに出てくる狼みたいなセリフはやめろ」


 相手が月菜るなだったら頭にチョップを入れているところだ。

 だけど班目まだらめさんは大切な部活の後輩。

 パワハラやらセクハラやらに厳しい昨今、暴力で相手を抑止するというのはよくない。

 グッと堪えて言葉だけで注意をした。


「そうですね。狼は持田もちだ先輩になってもらいましょう」


「どういう意味だよそれ」


「初めは演技のつもりが徐々に気分が盛り上がって本当にガバっと! みたいなことっすよ」


「みんなが見てる前でするか!」


「あらあら。誰も見てないところではしちゃうのね。活動禁止処分にならないといいのだけど」

 

 後輩二人の悪ノリに美桜みさくらさんも乗っかってきた。

 ほっぺに手を当てて困ってる風を装っているが、口元が笑いを堪えているのかヒクヒクと小刻みに震えている。

 真逆のタイプに思えるカメと美桜みさくらさんが長年幼馴染なのも頷ける。


優兎ゆうと先輩。節度は守ってくれると嬉しいです」


未亜みあまで!?」


「ち、違うんです。その、いっぺんにいろいろなことが起きるとビックリしちゃうっていうか。今は朗読と軽いお芝居でいっぱいいっぱいっていうか」


「ああ、そうだよな。僕らの朗読と演技で文芸部に興味を持ってもらうのが目的だもんな。まったくこいつらは」


 すぐに恋愛に結び付けたがるのは思春期の悪いところだと思う。

 実際、僕は未亜みあが好きだからそういう展開になったら嬉しいと言えば嬉しい。

 だけど、演技の延長線とかじゃなくて、お互いの同意を得た上でしたいというか……とにかくちゃんと告白するところからなんだ。


未亜みあ。これからするのは全て演技だ。OK?」


「はい……」


 言い方が悪かったかな。

 未亜みあは少し残念そうに返事をした。


「その、僕はこんなに恥ずかしいことを言わないっていうか、未亜みあの願望とか妄想がこの小説には詰め込まれてるわけでしょ? 僕は僕なりの愛情表現があるから……ね?」


 僕の弁明に未亜みあは無言で頷く。

 そして自分で言ったあとに気付いてしまった。

 未亜みあが書いた小説の中に描かれていない方法でアピールする必要で出てきてしまったんじゃないか?


「へー。持田もちだ先輩やりますね。椿つばきさんの小説って結構いろんな愛情表現ありませんでしたっけ」


「そうそう。定番の壁ドン、あごクイはもちろん、同級生ごっこをしたり立場を逆転させて姉弟になってみたり、シチュエーションが豊富だったな~」


三枝さえぐさくん、声に出すのはやめて。恥ずかしい」


「わりいわりい。でも、いろんなシチュエーションがある中で1番キュンとしたのは椿つばきさんが選んだやつだよ」


「うんうん。ただの先輩と後輩から一歩抜きんでるために妹になるって、なかなかできない発想だと思う」


「それは、その。優兎ゆうと先輩みたいなお兄ちゃんがいたら良いなって思ったから、それで」


 耳まで真っ赤になった未亜みあは今にも部室から逃げ出してしまいそうなくらい足をもじもじさせている。

 それを見越してかドアの前には美桜みさくらさんが待ち伏せてた。


「うふふ。よかったわね持田もちだくん。可愛い妹ができて」


美桜みさくらさん、わかってて言ってるでしょ」


「何のことかしらぁ?」


 うふふふと笑いながらトボける部長。

 少人数とはいえ文芸部がうまくまとまっていたのはこの強引なすっとぼけにあると思う。

 こうなったら最後、美桜みさくらさんは絶対に意志を曲げないから僕らが部長に合わせるしかない。


「まあまあ持田もちだ先輩いいじゃないっすか。妹扱いして頭を撫でるくらい。あごクイとかに比べたら余裕ですよ」


「ぷっ。壁ドンもあごクイもしたことがないやつがよく言うわ」


「お前だってされたことねえ癖に」


「私は別にそういう願望ないしー」


「されたくなったらいつでも言えよ。すぐやってやるから」


「で、できるものならやってみなさいよ」


 売り言葉に買い言葉で三枝さえぐさ班目まだらめさんは自分達の世界へと入ってしまった。

 この二人はもう放っておこう。

 そろそろ本当に練習を始めないと時間がなくなってしまう。


「この二人も仲が良いわねぇ」


「来年も朗読をやるならこの二人に任せられそうだ」


「そうね」


 私達は見られないけどね。と美桜みさくらさんは付け加えた。

 まだ新年度が始まったばかりだと言うのに、これから先いくつもの『高校生活最後の』を経験するのかと思うと急に寂しさがこみ上げる。


「まだ……終わってないです」


「おう」


 未亜みあが他の部員に気付かれないように制服の裾を軽く掴む。

 困ったことがあったり相談事がある時、未亜みあはいつもこうする。

 まるで小さい頃の月菜るなみたいで僕の心を何度もざわつかせた。


 ほんのちょっとノスタルジックな気分に浸っていると、突然部室のドアが開かれた。

 顧問の先生も美桜みさくらさんに任せていれば安心と言ってめったに顔を出さないし、カメはそれ以上のレアキャラと化している。


「すみません。見学したいんですけど」


 ハキハキと元気の良い声はまるで小学生みたいで、聞く人によって元気を貰えるのかもしれない。

 小さな体に長いツインテールをたなびかせて、その豊満な胸を堂々と張り上げている。


「ゆうお兄ちゃん! やっと見つけた!」


 部活説明会までバレないと思っていた安全地帯の文芸部に、なぜか妹ポジの幼馴染が襲来してしまった。

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