第10話

 新学期が始まってから数日。

 あの日は部活の時に話そうと言ったものの、僕らが所属する文芸部は部室で活動するので常に誰かいる状態。

 LINEで済ませるのもなんか違う気がして、きちんとした返事をできないままうやむやになってしまっていた。


「はいはい。みんな注目~」


 美桜みさくらさんが手をパンと叩くと部員達の視線が集まる。

 小さい頃からカメを犬のように従えてきただけあって統率力もある。

 優しい語り口とその包容力で人気があるのだが、いかんせん胸が……いや、これ以上は何も言うまい。

 僕のモノローグを読み取ったのか美桜みさくらさんが睨んでいる。


「今日の議題はみんなわかっていると思うけど新入生の勧誘についてです」


 美桜みさくらさんは咳払いをしてから本題に移った。

 一睨みで場を制し本来の方向に持っていく能力は

 3年生の僕らにとっては2度目、2年生にとっては初の勧誘活動だ。


「運動部と違って文芸部はインパクトが弱いから最初から入部希望の子しか入らないのよね」


 はぁっとアンニュイな溜息を付く姿に部員は思わず唾を飲む。

 未亜みあまでもが同じリアクションを取るので美桜みさくらさんの色気は男女問わず魅力的なんだと実感する。


未亜みあも最初から文芸部に入るつもりだったんだっけ?」


「はい。プロにはなれなくても、一度でいいから自分の本を作ってみたいなって思ってて」


「僕も同じ。やる気があれば部活じゃなくてもできるんだろうけど、部活の方が周りの目とか締め切りとかあるとかちゃんとできるかなって」


「ふふ。そういうのってありますよね。誰かに背中を押してもらいたかったり」


 未亜みあが視線を落とす。まるで出会った頃みたいだ。

 今でこそ目を見て話してくれているけど、最初の頃はいつも自信なさげにうつむいてたっけ。


「こらこら。思い出話に花を咲かせてるのもいいけどちゃんとアイデアも出してね~?」


「あ、ごめん」


「すみませんです」


「とは言うものの、卒業した先輩と同じくらいの人数が毎年入部してるのよね~」


「自分の作品を残してみたいって考えてる人が多いってことじゃないかな」


 現在、文芸部には2年生が3人、3年生が3人の合計6人。

 少なくとも1年生が2人入ってくれれば僕らが卒業しても部として存続できる。

 ちなみに3人の3年生の中には陸上部と掛け持ちのカメが入っていて、入部以来一度も文芸部の部室に訪れたことはない。

 なんていうか、やっぱりカメは美桜みさくらさんの飼い犬だと思う。


「う~ん。それでもいいんだけど、せっかくなら他の部みたいにパーッとやりたいじゃない?」


 せっかく私が部長になったんだし。と美桜みさくらさんは付け加えた。

 キラリと光が反射するメガネが何とも怪しい。

 大人しそうな外見なのに意外と派手付きなのはカメの影響なのかもしれない。


「パーッとって言ってもうちら文芸部に何かできますかね?」


 当然の疑問を呈したのは2年生の三枝さえぐさだ。

 1年の2学期くらいからワックスで髪を無造作にイジりだした。

 僕の見立てだとたぶん班目まだらめさんのことが好きだ。


 班目まだらめさんの前、つまり部活中だと良いところを見せたくてイキりだすことが多い。

 後輩ながら僕は三枝さえぐさを反面教師にして未亜みあと接するようにしている。

 ありがとう三枝さえぐさ


三枝さえぐさくん作のバトル小説を劇にするのは? 全役三枝さえぐさくんで」


「それもはや演劇部だし! 俺の宣伝にしかなってねーじゃん」


 悪態を付きつつも三枝さえぐさはちょっと嬉しそうだ。

 班目まだらめさんは班目まだらめさんで楽しそうだし、こいつらも早く付き合ってしまえと内心思っている。


 僕を始め、文芸部員はどうも最後の一押しができないらしい。

 後輩達にやきもちするとそれがブーメランになって返ってくるのが何とも心苦しい。


「いいアイデアだと思うんだけど三枝さえぐさくんの言う通り演劇部と間違われちゃうとね~」


 美桜みさくらさんはまた溜息を付く。

 今は新入部員勧誘について話し合っているのにその妖艶さに心を奪われてしまう。

 ちらりと視線を横に移すと未亜みあがちょっとむくれていた。


「あの。美桜みさくら先輩いいですか」


「どうぞ椿つばきさん」


 自分から積極的に発言することの少ない未亜みあがおそるおそる手を挙げた。

 さっきの顔は美桜みさくらさんに見惚れる僕に嫉妬してたわけじゃなく、勇気を振り絞るタイミングをうかがっていたようだ。


「演劇は今から練習するのは大変ですけど、小説の冒頭だけ朗読するってどうでしょうか」


「私達はこういう作品を書いてますよっていうのは伝わりそうね」


「それで、続きを募集するんです。募集っていうのはちょっと違うかな。続きを思い浮かんだ人は部室に来てくださいって」


「なるほど。元から入部希望の人は僕らみたいに勝手に入部する。部活紹介で創作意欲を刺激された人をさらに呼び込むわけか」


 僕が補足すると未亜みあは首をこくこくと縦に振った。

 小刻みに揺れるサイドテールも可愛らしい。


「いいと思うわ。去年も一昨年も活動内容の紹介だけで退屈だったし」


「やるじゃん椿つばき


椿つばきさんってたまに大胆な発想するよね。去年書いた恋愛小説も……」


「あれは忘れて!」


 耳まで真っ赤にさせて、未亜みあにしては珍しい大声で班目まだらめさんを制止した。

 たしか先輩と後輩の恋愛モノだったかな。

 あれを書き始めた頃から未亜みあを名前で呼ぶようになったり、相談に乗ることが増えた。

 

 僕はそれで恋に落ちたんだけど、もしかして未亜みあはその前から……?

 自分で言うのも何だけど僕に惹かれる理由が思い当たらない。

 ちゃんと聞いてみたいけど、聞く勇気もないし答えてくれるとも思えない。

 つくづく僕らの関係ってまどろっこしいな。


「それで、問題は誰が小説を朗読するかなのよね~」


「やっぱり部長じゃないっすか? 班目まだらめと違って見るからに人望がありそうだし」


「ひどっ! 三枝さえぐさに言われたくないんですけど」


「安心しろ。俺よりは人望あるから」


「微妙にツッコミにくいこと言わないでくれる?」


 三枝さえぐさ班目まだらめさんは自分には関係のない話と言わんばかりにじゃれ合っている。

 この二人が正式に付き合いだしたら今以上にイチャつくのか?

 文化祭前の締め切り直前にこんな雰囲気だったらちょっとイラつくかもしれない。

 付き合うのは僕らが引退するまで待ってくれ。


「私達は演劇部でもなければ声優さんでもないわけだから、最低でも男女一人ずつ必要だと思うのよね」


「ああ、じゃあカメを呼ぼう。顔は良いし、幽霊だろうが部員は部員だし」


「文芸部の品格を問われるから却下ね。男子代表は持田もちだくん」


「ええ!? 三枝さえぐさは!?」


持田もちだくんは留年するつもり? 今年が最初で最後なんだから。ね?」


 首を傾げながら可愛いく言われても困る。

 文芸部に入るようなやつが人前で小説の朗読なんて苦行もいいとこじゃないか。


持田もちだくんが断るとせっかくの椿つばきさんのアイデアは却下されちゃうんだけど~」


「うっ!」


 未亜みあを引き合いに出すのはズルい。

 美桜みさくらさんはおっとりした言動とは反対に思考は結構キツいんだよな。

 カメの幼馴染として長年寄り添っているメンタルの強さを実感する。


「それを言うなら美桜みさくらさんも……」


「あの!」


 最初で最後というなら美桜みさくらさんも同じ。

 美桜みさくらさんを道連れにしようとしたところで未亜みあが再び声を張り上げた。


優兎ゆうと先輩が朗読するなら、わたしが……やりたいです」


 未亜みあの勇気を茶化したりまくし立てるようなやつは文芸部にはいない。

 それでも雰囲気というか、場の空気は確実に熱くなっていた。

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