第7.5話

 ツインテールを春風にたなびかせながら穂波ほなみ月菜るなは1年生用の玄関へと走っていた。

 気にしないふりをしているが、自分の胸元に注がれるいやらしい視線には敏感だ。 

 別に男子を誘惑したくて大きくなったわけじゃない。勝手に大きくなっただけ。


 だけどそんなことは周りの人間が知ることではない。

 クラス内でうまく立ち振る舞って嫉妬の対象にならないように過ごすのは肩が凝る。

 肩が凝るなんて誰かに相談したら胸のことで反感を買うので誰にも言えずにいた。


「あれ? あの人達って」


 馴染みのない校舎と空気感で戸惑いの表情を浮かべる新入生だらけの中、気軽に女子に話しかける数名の男子生徒達。

 青いネクタイを付けているところから察するに3年生だろう。

 声を掛けられた新入生は先輩からの誘いに乗るべきか断るべきか揺れているようだ。


「はぁ……なんで男ってあんなのばっかりなんだろ」


 月菜るなは頭の中で優兎ゆうとを思い浮かべて新入生をナンパする上級生と比較する。


「たしかに顔は良いかもしれないけど、なんか信用できなさそう」


 顔が良いから女子に慣れたのか、女子に慣れたから顔もそういう風に変化したのか、彼らの人生を知らないのでどちらかはわからない。

 少なくとも恋愛経験がない優兎ゆうとよりかはイケメンだし、そしてチャラそうだなという印象を月菜るなは抱いた。


「未亜先輩もああいう男に引っかかればよかったんだ」


 月菜るなは唇をギュッと噛んだ。

 優兎ゆうとはモテないという油断と、中学生と高校生という年齢差を家庭教師で埋めていたという慢心がこの結果を招いてしまった。


「好きな子がいるって知ってれば、ルナだって……」


 もっと積極的に妹ポジからの脱却を図っていたかもしれない。

 妹ポジという唯一無二の立ち位置にあぐらをかいてしまっていた。


「まあ、ゆうお兄ちゃんの魅力に気付くんだから人を見る目はあるようだけど」


 優しくて、頼りになって、いつでもルナを導いてくれるゆうお兄ちゃん。

 昔も、今も、これからも、ずっとルナのそばにいてくれると思っていたゆうお兄ちゃん。

 それを出会って一年の女に取られそうになっている。

 

「ねえねえ、キミ新入生だよね? 自分の教室わかる? 案内してあげよっか?」


「え、あの……わかります」


「まあまあそんなこと言わずに」

 

「ひっ!」

 

 見知らぬ男子から急に手を掴まれて反射的に悲鳴に似た声が出る。

 いつもならもっと大きな声を出せるはずなのに、か細く短い声しか出ない。


 気弱そうな未亜に対しては優兎ゆうとが近くにいたこともあって堂々と振る舞うことができた。

 しかし、ナンパしてきた3年生はスタイルもよく、笑顔なのに妙な威圧感がある。


「おいおい。さすがに嫌がってる子はやめとけって」


「へいへい。わかったよカメ」


 カメと呼ばれた男子が月菜るなを掴む手を振りほどく。助け舟を出してくれたとは言えナンパ集団の一人であることに変わりない。

 お礼を言っていいものか迷っている間に男子生徒達は月菜るなの元から離れていった。


「やっぱり、ゆうお兄ちゃんしかいないよ……」


 優兎ゆうとに好きな人がいて、その相手も優兎ゆうとのことを好き。

 この状況なら自分が身を引いて、他の男子と恋愛した方が幸せになれるかもしれない。

 そんな考えも頭の片隅にほんの少しだけ生まれていた。

 

「ゆうお兄ちゃんに恋愛対象として見てもらいたい」


 知らない男子に振られた手をギュッと握りしめ決意する。

 優兎ゆうと以外との恋愛は今のナンパによって完全に消え去った。

 

「かわいそうだけど、ゆうお兄ちゃんには失恋してらもう。その心の隙を突いて……ふふふ」


 そうと決まれば切り替えは早い。

 今はまだ妹ポジとして見られてないのなら、それを徹底的に利用する。

 妹ポジのわがままを受け止めるのが兄ポジの役目だ。


「今は我慢の時よ。ルナならできる。正妻の余裕ってやつを見せてあげるわ!」


 未亜へのライバル心を燃やす一方、月菜るな本人は可愛いロり顔巨乳ツインテールの新入生というポジションを与えられていた。

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