第8話

「よう、もっちー。新学期早々ラブコメしてんなー」


 教室に入るなり、へらへらと爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら煽られた。

 2年生の時からあまり関わりのないクラスカースト上位のやつらも僕に関心があるようで、なんだかニヤニヤしている。

 その中心人物から声を掛けられたカースト中の下といったところの僕はこう返した。


「うっせーぞカメ」


 そんなクラスの人気者オーラを放つ亀井かめい甲太こうたをフツメンの僕が一言であっさりと片付ける。

 中学までの僕なら絶対に仲良くなれないタイプだと思って敬遠していた。

 タイプだけで一括りにしたらそれは今も変わらないんだけどカメは特別というか不思議と馬が合った。

 初めは亀井かめいくんと呼んでいたのが、今ではカメ、もっちーとあだ名で呼び合う仲になっている。


「それにしても水臭いじゃん。あんな可愛い妹がいるなんてさ」


「妹じゃなくて妹ポジの幼馴染だよ。僕は一人っ子だ」


 どうやら月菜るなが『ゆうお兄ちゃん』と連呼するので僕の妹だと勘違いされているらしい。

 高校生にもなって学校でそんな風に呼ばれるのは恥ずかしいと思って注意したけど、もしかしたらお兄ちゃん呼びの方が恋愛対象から外れられる可能性がある。

 1年間恥を耐え忍ぶのも一考かもしれないな。


「尚更うらやま。1年なのに立派なものをお持ちだって噂になってるぜ」


 カメは胸の前で手で大きな弧をえがきながら言った。

 そのジェスチャーがなくても言わんとしていることが伝わってしまうのが男子のコミュニケーションというものだ。


「あんまり変な目で見られるのは兄ポジとしては心配だけど、僕以外の男子と幸せになってくれるならそれで良いよ」


「そんなこと言って~。いざ彼氏ができたら嫉妬に狂っちまうんだろ? そん時は俺が止めてやるから安心しろ」


「何を言ってるんだお前は」


「はっ! まさかもっちー、寝取られ属性がある? 大好きな妹が知らない男とイチャイチャしてるのを見るのが好きとか」


「おいカメ。お前は何か勘違いをしている」


 一人勝手に盛り上がるカメをクラスのみんなが注目している。

 こいつと仲良くなってから僕もそれなりにクラスの中心に近づきはしたけど、元来がんらい持つ性格が変わったわけじゃない。

 やっぱり注目を集めるのはどこかむずかゆいものがある。


「まず月菜るなは妹じゃない。妹みたいな立ち位置の幼馴染で恋愛感情は一切沸かない」


「ほほう。月菜るなちゃんって言うのか」


「……っ!」


 カメはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 陸上部のエースで顔が良いからモテるのに、僕と同じく彼女いない歴=年齢なのはちょっとゲスいところがあるからだ。

 こいつの顔に引き寄せられた女子は数知れず、そのあと数日もすればいつの間にか離れていなくなっている。

 僕は2年間そんな光景を見続けてきた。


「言ったよな。僕以外の男子と幸せになってくれるならそれで良いって。カメ、お前じゃダメだ」


「やっぱり月菜るなちゃんのことが好きなんじゃ~ん」


「なんでそうなる。僕は兄ポジとして心配してるだけだ」


「兄ポジって本当の兄貴じゃないんだろ? だったら付き合ってもいいじゃんよ」


「だからそういう問題じゃなくて、僕はもう月菜るなを妹にしか見れないんだよ」


 改めて言葉にするとストンと自分の中で納得ができた。

 月菜るなは可愛いし思春期男子ならドキッとさせられる行動もするけど、それはあくまでも男のさがであって恋愛感情に結び付くものではない。


「じゃあ俺が月菜るなちゃんと結婚したらお兄ちゃんって呼んでやるよ」


「やめろ。あと、カメに月菜るなはやらん」


「兄ポジっていうかもはや父ポジじゃん。ちちポジ……ブラにおっぱい寄せ集めるみたいじゃね?」


「お前、よく女子もいる教室でそういうこと言えるな」


「だって2年の時と同じクラスじゃん? 俺がこういうやつだってバレてるからいいかなって」


「僕は良くないよ。はぁ……月菜るなだけじゃなくてカメのせいもあるかもな」


 カメと仲良くなったおかげで高校生活は充実したものになったのは間違いない。

 ただ、カメと違ってフツメンで奥手な僕は女子との関わりが少ない上に、カメの友達という理由から若干警戒されている。

 思春期なのでもちろん女の子の身体にだって興味はある。

 だけどこのゲス野郎とは違うんだと声を大にして主張したい。


「もっちー、俺がなんか悪いことした?」


「カメには感謝してるよ。でも、強いて言うなら存在が悪いかな」


「ひどくね? 感謝してんじゃないの?」


「世の中は0か100で簡単に表現できないってことだよ」


「おっけーおっけー。たしかに俺も100感謝って言われると嘘っぽいなって思うもん。やっぱもっちーは信頼できるわ」


「昨日までは感謝90だったけど、自分の高校生活を振り返った結果40まで感謝レベルが下がったからよろしく」


「え゛え゛!? 1日で何があった」


「カメが月菜るなに目を付けた」


「やっぱりめっちゃ大切に想ってるじゃん」


 ひゅーひゅーと下手くそな指笛を鳴らして煽り立てる。

 月菜るな以上にお調子者で暴走しがちだけど、不思議と不快にならないのはカメの人間性さがだろうか。

 去年の夏から陸上部の部長を任されるだけあって人望はある。

 ただ、ゲスいんだ。

 もっとこう性欲を抑えて、紳士的とは言わないまでも女子の気持ちを考えるようになれば絶対にちゃんとモテるのに……本当に残念なイケメンだ。


「自分の知ってる女の子がカメに狙われたと知ったら100人中100人が警戒すると思うぞ」


「ひっでー。もっちー、そんなだから彼女できないんだよ」


「カメに言われたくないよ。人気があるのに彼女いないって、ある意味僕より悲惨じゃない?」


「うぅ……辛いぜ」


 カメはわざとらしく泣き真似をする。

 顔は良いのに彼女ができない。それでいてゲスい下ネタを連発する。

 その結果、男子からの人望が厚くなり、カメの素性を知らない女子からモテるが逃げられてしまう。

 生殺し状態の高校生活は、それはそれで辛いと思う。

 

 だけど僕は同情しない。

 だってカメには本命の女の子がいて、その子は愛想を尽かさずカメの側にいてくれているんだから。

 

 

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