第7話

 月菜るなは不敵な笑みを浮かべて僕の後ろに隠れる未亜みあを見る。

 初めは僕の恋愛を応援してるのかと思ったけどそうではなかった。

 ここまで背中を押した上で二人の間に何も起きなければ僕も未亜みあも諦める。

 たぶんそんな計画なんだろう。


「それじゃあゆうお兄ちゃん、ルナは自分のクラスに行くから。またあとでね」


「あ、おい!」


 普通なら真っ先に自分のクラスを確認して教室に向かうはずの新入生がいつまでも校門の前でお喋りしていたのに、急に態度を変えて立ち去ろうとする。

 僕の呼びかけもむなしく月菜るなは自慢の俊足であっという間に姿を消してしまった。

 そんなに走ると胸が揺れて男共の変な視線を集めるぞ!

 兄ポジとしての忠告もできず、ただ茫然ぼうぜんと立ち尽くす。


「なんか、すごい子でした」


「妹ポジであることを良いことにやりたい放題なんだよ。昔から」


 真逆のタイプである月菜るながいなくなって安心したのか未亜みあが僕の背後から離れた。

 僕としてはこのままの態勢でも一向に構わなかったんだけど、後輩の体温を感じられなくなった背中は妙に寒く感じる。

 この点については月菜るなにほんの少しだけ感謝しなくちゃいけないな。


「あの、ごめんなさいです。ずっと隠れちゃって」


「仕方ないよ。上級生でもお構いなしで突っかかるやつだから」


「それに、ゆうお兄ちゃんっていう呼び方も特別で羨ましかったです」


未亜みあもそれで呼んでみる?」


 月菜るなには先輩呼びをするように注意したのに、未亜みあには反対にお兄ちゃん呼びを提案してみた。

 小動物のように僕に懐いてくれて、守ってあげたくなる未亜みあの放つ『お兄ちゃん』を想像しただけで頬が緩んでしまいそうだ。


「えと……それだと優兎ゆうと先輩の妹になってしまうので遠慮しておきます」


 体をもじもじさせて伏し目がちに断られてしまった。

 冷静に考えたら後輩の女の子にお兄ちゃん呼びを提案してるのって相当気持ち悪いよな。

 ハハハと乾いた笑いでこの場を誤魔化しつつ、相手が未亜みあで助かったと胸を撫で下ろした。


「それと、さっき言ったことなんですけど」


「うん……」


 未亜みあが僕をお兄ちゃんと呼ぶのを遠慮した理由。

 いくら恋愛経験が皆無だからと言ってもさすがにそこまで鈍くない。 


 聞こえなかったふりも分からないふりもできない。

 僕は間違いなく未亜みあの口から『すき』という単語を聞いた。

 その上で未亜みあは僕を気遣って今は付き合うことは考えられないと言っている。 


「やっぱりご迷惑ですよね。受験生なのに彼女なんて」


「ぜんっっっぜん! むしろ彼女がいることで勉強の励みになるっていうか」


「そ、そうですか?」


 後輩の表情がパァッと明るくなる。

 僕が好きになったのは彼女のこういう顔だ。

 出会った頃は長い髪で顔もよく見えなかったけど、話しているうちにだんだんといろいろな表情を見せてくれるようになって……。

 気付いたら、僕は未亜みあの笑顔の虜になっていたんだ。


「とにかく今は自分の教室に行こう。僕は2年生からの持ち上がりだけど未亜みあはクラス替えがあるでしょ?」


「は、はい。そうですね」 


 時間が差し迫っているのは本当だ。

 新学期早々、校門の前で後輩女子とイチャコラして遅刻したなんて誤解を掛けられてはたまったものじゃない。

 未亜みあなんて人見知りな上にクラス替え直後であれこれ聞かれたらパンクしてしまう。


「また部活の時にでも話そう」


「お願いします」


 未亜みあはぺこりと頭を下げて2年生用の玄関に向かって駆けていく。

 月菜るなと比べたらスピードは全然ないけど、僕の好みに合わせて勇気を出してチャレンジしてくれたサイドテールがゆらゆらと揺れる。


「あれ? 未亜みあってあんなにスカート短かったっけ?」


 小走りする後ろ姿を見ていて、あまり見たことのない後輩の裏腿うらももに釘付けになっていた。

 極端に短いわけじゃないので中はしっかりガードされているのに、それでも健康的な足は彼女いない歴=年齢の思春期男子の心をときめかせるのには十分過ぎるくらい魅力的だ。

 

未亜みあは勇気を出したのに僕ときたら……」


 サイドテールにしたって、さっきの小声の『すき』にしたって、スカートにしたって、未亜みあばかりが頑張って結局僕は何もしていない。

 妹ポジの月菜るなに煽られても行動を起こせず、ただ兄ポジぶっているだけ。


「恋愛経験がない……か」


 月菜るなの発した言葉を反芻すると胸がチクりと痛くなった。

 妹ポジの存在を言い訳にして行動を起こさなかったことを今さら悔やんでももう遅い。

 

 今、手を繋いで一緒に登校しているカップルはどちらか、あるいは両方は勇気を出してこの幸せな空気を楽しんでいるんだ。

 残り一年となった高校生活、未亜みあが勇気を出したように僕も勇気を出さなくては。

 

「やっぱりちゃんと告白しないとな」


 自分への誓いを立てるように拳をギュッと握りしめた。

 男として、先輩として、やっぱり好きな女の子にはカッコいいところを見せたい!

 月菜るなの思惑が気がかりだけど、協力してくれるというなら徹底的に手伝ってもらおう。

 妹ポジはなんだかんだで兄ポジの恋愛を応援すると相場が決まってるんだから。

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