第6話

 僕の後ろで子犬のようにふるふると怯える未亜みあに向かって月菜るなはででんと胸を張る。

 新入生とは思えないそのボリュームに同じ女子である未亜みあは更にひるんでしまった。


未亜みあ先輩って……」


 さっきまで未亜みあと先輩のあいだに妙ながあったのに、ようやくまともに未亜みあ先輩と呼んだ。

 だが、その顔は少しひきつっている。

 よほど未亜みあを先輩扱いするのが悔しいらしい。


 数秒の沈黙の後、月菜るなが唾をごくりと飲み込んだ。


未亜みあ先輩ってゆうお兄ちゃんのことが好きですよね?」


「……っ!」


「お、お前なに言って!」


 未亜みあは言葉が出ずに頬を赤らめ、僕も体温が上がるのを感じた。

 その原因は月菜るなが放り投げた爆弾発言だけじゃない。

 新学期早々、1年生と2年生の美少女と冴えない3年生の男子が騒がしくしてるんだ。

 周りからの視線が集まって恥ずかしくて仕方がない。


未亜みあ先輩がサイドテールにしたのってゆうお兄ちゃんが関係してますよね?」


「そ、それは……」


 新入生とは思えない圧に押されて未亜みあは言葉を詰まらせてしまう。

 怯える未亜みあ庇護ひごよくをそそるので本当に可愛らしいのだが、さすがにここまでくると気の毒さが勝る。


月菜るな、新入生がこんなところで油を売ってたらダメだろ」


「わかってるよぉ。でも、せっかくのチャンスだから未亜みあ先輩とお話ししたくて」


「…………」


 笑顔なのに目が笑ってない。

 こんな顔を見たのは十数年の付き合いの中で初めてかもしれない。

 僕に対して怒ったり拗ねたりいろいろな表情を見せてくれたけど、女子同士ではこんな顔もするのかと少し恐くなった。


未亜みあ先輩って長い髪で顔を隠すタイプだったでしょ? それがゆうお兄ちゃんの好みに合わせて思い切ってサイドテールにした。違いますか?」


「……」


 未亜みあは僕を盾にして完全に隠れてしまった。顔もうつむかせて、月菜るなが自分の教室に行く時間までこうするつもりだろう。


「僕の影響かはわからないけど前に好きな髪形の話はしたことがあったかも。な? 未亜みあ


 未亜みあは無言でこくりと頷く。


「何かの流れで髪形の話になって、僕がサイドテールが好きって言ったら次の日からその髪型になったよね」


 未亜みあはもう一度首を縦に振った。


「ふぅ~ん。ゆうお兄ちゃんはその意味をまったく理解せず、妹ポジの未来の正妻に問い詰められてるんだぁ?」


「おいおい。いつの間に問い詰められてるのが僕になったんだよ」


「じれったい二人は同罪だもん。まったく! ゆうお兄ちゃんはお兄ちゃんとしては完璧だけど恋愛経験がなさすぎ」


「誰のせいだと……」


 月菜るなのせいじゃなくて勇気を出さなかった自分のせいなんだけどさ。

 腰に手を当てて堂々と立ち塞がる月菜るなの迫力に押されて僕までもが思わずシュンと縮こまってしまった。


「だから未亜みあ先輩」


 僕が恋愛経験を積めなかった原因の一つにルナも関与していると本人は考えていないらしく、自分のペースで話を進めていく。


「ゆうお兄ちゃんに恋愛経験を積ませるべく、一時的に彼女になってもらえませんか?」


「ふぇ!?」


 突然の提案に僕の後ろで震えてた未亜みあが体をびくっとさせた。

 傍から見たら先輩をいびる後輩の図になってしまっていて大変によろしくない。


「おい月菜るな。いい加減にしないと」


 仮に両想いだったとしても出会ったばかりの後輩に勝手に交際を決められたら未亜みあだって迷惑だろうし、月菜るな自身もそろそろ自分の教室に行かないとマズい。

 迫りくるタイムリミットを味方にしてチョップで話を強引に終わらせようと手を振りかぶる。


「待って!!」


 力いっぱい振り絞られた可愛らしい大声に周囲の人達の視線が一点に集まる。

 思わぬところからの反撃に月菜るなも目を見開いて固まってしまった。


穂波ほなみさんの言う通り、わたしは優兎ゆうと先輩が……です」


 肝心な部分はだいぶボリュームを落としていたので聞こえずらかったけど、僕の耳がおかしくなっていなければ『すき』と言っていた。

 つまり僕らは両想いだったわけで、それが明らかになるきっかけをくれたのは不本意ながら月菜るなというわけだ。


「だって、おめでとうゆうお兄ちゃん」


 自称正妻の妹ポジの幼馴染はなぜか得意げな表情を浮かべている。

 

「本当はルナがゆうお兄ちゃんに恋愛経験を積ませてあげたかったんだけど、失恋が人を大きくするって言うじゃない? だから安心してフラれてね」


「おいこら」


「いたっ!」

 

 未亜みあによってお預けをくらっていたチョップを遠慮なく月菜るなの頭に振り下ろした。


「ゆうお兄ちゃん、照れ隠しに暴力を振るって許されるのは正妻だけだからね?」


「いや、暴力は誰に対してもダメだろ」


 ただし生意気な妹ポジを除くと付け加えると月菜るなはほっぺをぷくっと膨らませた。


「あの……」


「ご、ごめん。月菜るなが変なことを」


 僕がいつまでも告白しなかったことにも原因があるとは言え、基本的に悪いのは月菜るなだ。

 それでも兄ポジとしての習性が体に染みついてしまっているので月菜るなの暴走について謝罪した。


「いえ、大丈夫です。でも……」


 言いかけて未亜みあは言葉を詰まらせる。

 もともと自分の気持ちを言葉にするのが苦手なタイプなのはわかっているので、未亜みあの中で整理が付くまで僕は口を挟まないようにした。


優兎ゆうと先輩は受験生になるし、今はまだ付き合うとかは……」


「僕は別に気にしな……ぐわっ!」


 左足のすねに激痛が走る。

 犯人はすぐにわかった。なぜなら犯行現場を目撃したからだ。

 ツインテールを振り回しながら綺麗なローキックをかましてくれた。


「じゃあ、未亜みあ先輩が遠慮してる間にゆうお兄ちゃんがルナを恋人にしても文句はないですよね!? ね!?」


「……優兎ゆうと先輩が選んだなら」


「ま、待って」


 当事者である僕は何も意見を言わせてもらえないまま話がどんどん進んでいる。

 僕が受験生になるからって恋人になるのを遠慮する必要はないし、僕が月菜るなを恋人として見るなんて考えられない。

 つまり、僕と未亜みあが付き合えば全てが丸く収まるんだ。

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