第5話

 周りからの嫉妬の視線に耐えながら歩く通学路もいよいよゴールが見えてきた。

 校門をくぐれば1年生と3年生で入口が分かれる。

 学年ごとに玄関が違うから、去年は間違えて新入生だらけの場所に踏み入ってしまったことを思い出した。


「あ、あの……」


 ゴール直前の安堵感に浸っているところに、今にも消え入りそうな、それでいて守ってあげたくなるようなソプラノが脳に響いた。


「おはようございます。優兎ゆうと先輩」


「おはよう。未亜みあ


 僕をきちんと先輩扱いする可愛い後輩。

 少し前から髪をサイドテールにしたのでつぶらな瞳がよく見える。

 月菜るなと同じく童顔だけど、高校生として1年間過ごしただけあって雰囲気は少し大人びている。


「ふ~ん。この人が未亜みあ……先輩」


「え、あ……あの」


 一応先輩呼びはしているがどうもさっきから未亜みあと先輩の間に妙な間がある。

 下級生、それも入学したばかりの新入生にも関わらず未亜みあを威圧する月菜るな。 

 未亜みあ未亜みあで引っ込み思案で人見知りなのでその迫力に気圧されてしまっている。


「こら月菜るな。先輩を脅かすんじゃありません」


「え~? ルナ、何もしてないよぉ」


 わざとらしく声を高くして張り付けたような笑顔で答える。

 顔の可愛さと胸で男子からの人気は集められるだろうけど、女子から反感を買わないか少しだけ心配になった。


優兎ゆうと先輩、こちらの方は」


 未亜みあが恐る恐る月菜るなを指差す。

 まるでライオンに狙われるウサギみたいで可愛らしい。

 僕がこの子を守っていかなければ!


「はじめまして。未亜みあ……先輩。優兎ゆうとの妻・穂波ほなみ月菜るなです」


「つ、妻!?」


「つまらない嘘を付くんじゃありません」


「いたい!」


 さらっととんでもないことを口走ったので僕は何の躊躇ためらいもなく月菜るなの頭にチョップを入れた。

 力の加減を間違えたかもしれないけど、たまにはそんなこともある。


「嘘じゃないもん! 将来はゆうお兄ちゃんのお嫁さんだもん!」


「えっと、お二人は付き合っているのでしょうか……」


「ううん! こいつの妄言だから! 僕は彼女いない歴=年齢だから安心して」


「は、はぁ……」


 安心してって未亜みあは一体何を安心すればいいんだろう。

 未亜みあも状況は掴めずに困惑の表情を浮かべている。

 困った顔も可愛いと思っているのは秘密だ。


「そうそう。ゆうお兄ちゃんは高3にもなって彼女がいないの。だから初こ……いたっ!」


 月菜るなが余計なことを言う前にチョップを入れて食い止める。

 初対面の先輩がいるのにいつもの調子を崩さないメンタルと積極性は心の中で褒めてやろう。

 これについては未亜みあが少し見習ってくれると僕としても嬉しいし。


「えと、二人は仲が良いんですね」


「まあ仲は良いかな。あくまで兄妹きょうだいしてだけど」


「ゆうお兄ちゃん、ルナ達は本当の兄妹きょうだいじゃないでしょ」


「あ……ごめんなさい。わたし……」


 未亜みあが申し訳なさそうに手で口を覆い視線をスッと逸らした。

 僕は月菜るなにチョップを入れるくらいの速度で必死に弁明する。


「違うんだ! 未亜みあが想像しているような関係じゃない! こいつは近所に住んでる妹ポジションの幼馴染ってだけで暗い過去は何もないから」


 断片的な情報だけ集めると未亜みあが変な方向に想像を働かせて気を遣ってしまうのもわかる。

 僕も表現の仕方がよくなかったと反省した。


兄妹きょうだいのような堅い絆で結ばれつつ何の違法性もなく結婚できる最高の関係ということをご理解いただけたかしら?」


「え? う~ん。そ、そう……なんでしょうか」


 ツインテールを手でかき上げて自信満々に得意げな表情を浮かべる月菜るな

 それに対して未亜みあは同意も否定もできずオロオロしている。

 せっかくのサイドテールも心なしかしおれてしまっているように見えた。


未亜みあ、こいつの言うことは話半分どころかほぼ無視しても構わないからな?」


「ひっどーい! ま、こんな風に雑に扱ってもらえるのも夫婦としての信頼があるからなんですけどね」


 月菜るなの屁理屈が止まらない。

 よくもこうペラペラと適当な言葉を口から出せるものだ。


「えと、優兎ゆうと先輩は穂波ほなみさんと結婚されるのでしょうか?」


 僕の制服の裾を引っ張りながら上目遣いで質問された。

 その瞳はじんわりと涙で潤んでいるように見える。

 別に月菜るなと結婚する気は一切ないんだけど、未亜みあはショックを受けているということだろうか。

 これってつまり……!


未亜みあ……先輩。穂波ほなみさんなんてよそよそしい呼び方やめてくださいよ。いずれはゆうお兄ちゃんと同じ苗字になるんだから名前で呼んでください」


「同じ苗字にはならないから。未亜みあの呼びやすいように呼んでいいからな」


「は、はい。ありがとうございます」


 月菜るながバチバチと視線で威圧するのに対して未亜みあは完全に怯えてしまっている。

 そのおかげで僕の影に隠れて裾を握ってくれているわけだけど、それがかえって月菜るなの炎に油を注いでしまっていた。


「ぐぬぬ……! この女」


「ひっ!」


 もはやどちらが先輩かわからない。

 月菜るなが威嚇すればするほど、未亜みあは僕の制服をギュッと力強く掴む。

 僕としては悪者から未亜みあを守っているみたいで気分が良いんだけど、いくらふるふると怯える未亜みあが可愛いと言ってもいつまでも恐がらせておくのは申し訳ない。

 ここは兄ポジションとしてしっかりと教育せねばなるまい。


「こら月菜るな。いい加減に」


「ゆうお兄ちゃん、ルナのおかげでおいしい思いができたでしょ?」


「え?」


 頭に手を振り下ろす直前、僕にしか聞こえないくらいの小さな声で月菜るながつぶやいた。

 言葉の真意を掴めず、手は月菜るなの頭上で行先を見失っている。


「ルナ、ゆうお兄ちゃんと未亜みあ……先輩を応援するから」

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