第4話

「ゆうお兄ちゃん。今、他の女のこと考えてるでしょ」


 月菜るなからの指摘に体がビクッと震え上がる。

 たしかに未亜みあのことを考えていたけど表情を変えたつもりは全くない。

 女の勘とでも言うのだろうか。童顔で子供っぽいくせにこういうところは恐ろしい。


「どうせ叶わない初恋だから別にいいんだけど」


月菜るなが思い浮かべる他の女は未亜みあしかいないのか?」


「当然。むしろ未亜みあ……先輩ですら今日まで影を感じなかったんだから」


 ここまではっきりと断言させるとさすがにへこんでしまう。

 月菜るなの言う通り僕と接点のある女子は未亜みあしか……いや、もう一人いる。


「失敬な。僕にだって女友達くらいいるんだぞ」


「えっ!? うそ!?」


 あまりに大きな声を出すので周りの人が驚いてこちらに振り返る。

 悔しいけど美少女と認めざるを得ない月菜るなと冴えない男子高校生である僕が一緒にいて、あんな大声を出したら僕が何かとしたと思われかねない。

 事案扱いされる前にうつむいてできるだけ顔を隠した。


「女友達と言っても友達の友達というか、1年の時に仲良くなったやつの幼馴染だけど」


「ふーん? つまりその人は、ゆうお兄ちゃんの友達の彼女みたいな?」


「お前、本当に鋭いな。まあ付き合ってはいないけど実質カップルみたいな、見ててやきもきするタイプだ」


「後輩に告白できないゆうお兄ちゃんに言われるなんてよっぽどね」


「おいおい。月菜るなが告白の後押しをしれくれたから一線を越えるかもしれないぞ?」


「そんなこと言ってどうせ告白なんかできないくせに」


「うっ……」


 僕のことを好きだと言うだけあってよくわかっている。

 常に月菜るなが付きまとっていたから……というのは体のいい言い訳で、僕はそもそも女子に話しかける勇気すら出ない人間だ。

 

「でも、うだうだといつまでも片思いされても迷惑なのよね。ずっと浮気されてるようなものだし」


「うだうだと片思いは僕も終わらせたいところだけど、浮気はやっぱり納得いってないからね?」


 腕を組んで考えごとをすると胸がギュッと押し上げられてその存在感が一層アップする。

 学校に近づくに連れて生徒も増えてきて、追い抜きざまにチラリと見ていく男子の多いこと多いこと。

 

「ルナが付き添ってあげるから一緒に告白しよう? それで秒でフラれよう?」


「なんでフラれる前提なんだよ」


「可愛い正妻せいさいが付き添って告白とか嫌じゃない?」


「人の嫌がるものを提案するんじゃありません」


「いてっ!」


 母親同伴でデートするマザコン男に仕立て上げられたんじゃたまったものじゃない。

 月菜るななら本当にやりかねないので軽くチョップを入れて暴走を食い止める。


「うぅ……ゆうお兄ちゃんこそチョップはやめようよぅ」


「それは月菜るなの態度次第かな」


「本当にそれでいいの? 周りをよく見てみて」


 言われて周囲を見渡すと、男子からは嫉妬、女子からは興味の視線を感じる。

 どちらも直接的ではないけどなんとなくオーラでわかる。


「これってもしかして……」


「新学期早々、新入生とイチャコラする3年生の図ね」


「しまった……」


 天ヶ崎あまがさき高校は学年ごとにリボンやネクタイの色が決まっている。

 1度決まれば卒業までは同じ色で、今年の1年生は3月まで卒業生が使っていた赤を使う。

 2年生は緑、3年生は青といった具合に一目で学年がわかるようになっている。


「いや、でもちょっと待て。月菜るなはさっきから僕をゆうお兄ちゃんと呼んでいるな? つまり僕らは仲の良い兄妹くらいにしか思われてない。それでも嫉妬するのが男の悲しいさがなんだ」


「やっぱり呼び捨てにしないとダメなのね」


「だからなんで先輩予備が候補から外れてるんだよ」


「あっ! そっか。そういうことか」


 月菜るなが何か(よからぬことを)閃いたようで、パァーっと無邪気な笑顔になったかと思えばすぐに企みをはらんだゲスい顔に変わった。

 

「ふふふ。これは学生時代だからこそだもんね。うんうん。さすがルナ。さすが正妻せいさい


「おい。誰が正妻せいさいだ」


 僕のツッコミをスルーして月菜るなはこほんと咳払いをした。

 あーあーと発声をして喉の調子も整えている。


優兎ゆうと先輩、これからよろしくお願いします」


 うるんだ瞳で僕を見上げながらいつもより少しトーンの高い声で言い放った。

 普段の元気でお調子者の月菜るなを知っている身からするとギャップの大きさにもドキッとしてしまう。

 

 ギャップを差し引いたとしてもロり巨乳ツインテール後輩という要素モリモリの美少女だ。

 どんな男でも恋に落ちるに違いない。ただし……。


「うんうん。ようやく後輩として自覚を持ってくれたか」


「え? ちょっと、それだけ?」


 ただし、この美少女を妹ポジとして捉えている男以外はだ。


「それだけって言われても……それ以外に何か?」


「いやいや! ゆうお兄ちゃんって先輩呼びフェチなのかと思ってやってみたんだけど」


「またゆうお兄ちゃんに戻ってるぞ。先輩と呼びなさい」


「やっぱり先輩呼びが好きなんじゃん!」


「僕は別に先輩呼びが好きなわけじゃないぞ。だからといって後輩扱いが好きでもない」


 月菜るなは頭を抱えながら口をあんぐりと開けている。

 何が起きたのかわからないという表情だ。

 ただ、それは僕も同じ。月菜るなは何を思って僕が先輩呼びフェチだと思ったんだろう。


「たまたま好きになった女の子が後輩だっただけで、別に年下や後輩が好きなわけじゃない。未亜みあと同級生だったり、先輩だったとしても好きになっていたと思う」


「……告白する勇気がないくせに」


 ボソッとつぶやかれた月菜るなの言葉が僕の心にグサッと突き刺さる。

 ちょっとカッコいい風なことを言ってはみたものの、結局これは片思いでしかない。

 仮に未亜みあも僕を好きだったとしても最後の一押しがなければ先輩後輩からの進展はないのだ。


「ま、まあ。それはさておき。せっかくだからこれから僕を先輩と呼んでもいいんじゃないか」


「うぅ~、それだと未亜みあ……先輩との差別化が……」


 ぶつぶつと何か言いながら月菜るなは頭を抱えている。

 こんなやりとりをしながら歩いているうちに校門が見えた。

 すでに2年間通ったはずの通学路なのに妙に長く感じたのは気のせいではない。


 高校生活最後の1年間、今後の通学がちょっと不安になった。


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