第2話

「ゆうお兄ちゃんって彼女いないんだよね? 彼女がいたら、いくら後輩の頼みとは言え女の子の部屋で二人きりで家庭教師なんてしないだろうし」


月菜るなの言う通り。彼女がいないまま高校3年生になってしまった」


 2年前、高校入学当日は夏ごろに彼女ができて一緒に体育祭とか文化祭を楽しむものだと思っていた。

 高校に入ってできた友達と過ごせただけでも十分に楽しかったけど、寂しくなかったと言えば嘘になる。

 

 それが去年、好きな子ができた。

 同じ文芸部に所属する後輩の女の子だ。


 月菜るなの影響で年下好きになったとかではなく、たまたま好きになった子が後輩だっただけの話。

 初めはなかなか仲良くなれなかったけど、いつの間にか距離が詰まってきてすごく心地が良い。

 なんて話を月菜るなにしたらものすごく追及されそうなので黙っていた。


 結局告白することなく1年間が過ぎて、彼女いない歴を更新し続けている。


「でも、なーんか怪しいんだよね。彼女はいないけど、彼女寸前の子はいるみたいな」


「なんだよ彼女寸前の子って」


「お互いに好きなのに勇気を出せずに踏みとどまってるみたいな? ルナとしてはそれで構わないんだけどさ」


 月菜るなからの指摘にじんわりと手に汗をかいた。

 子供みたいな見た目の癖に妙に勘が鋭い。

 お互いに好きという点に関しては相手の気持ち次第だから不明だけどさ。


「焦りを感じないんだよね。高校生活は残り1年。しかも夏休みからは本格的に受験生として生きていくわけだから実質残されたのは1学期くらい。寂しい高校生活を終える者とは思えない余裕を感じるの」


「お前は高校生の何を知ってるんだよ」


 別に恋愛だけが高校生活の全てじゃないし、僕はこの2年間を満喫したと思うぞ。


「ルナにはわかる。他の女の気配が。ぐるるるる」


うなるなうなるな」


「ルナだけに?」


「…………」


「ゆうお兄ちゃん! 黙るのはやめて!」


 妹ポジの後輩が目にうっすらと涙を浮かべてお願いしているのだから、ここは頼れる兄貴分として動かねばならない。


「ははは」


 僕は乾いた笑い声を出した。

 そこに感情はない。笑っているはずなのにむしろ虚無だ。

 これで自分が犯した過ちに気付いてくれただろう。

 つまらないダジャレは虚無を生み出してしまうのだ。


「ゆうお兄ちゃん、そんなんじゃ女の子に嫌われるよ」


「大丈夫。未亜みあはつまらないダジャレを言わないから」


 ハッと我に返り僕は自分の犯した過ちに気が付いた。

 頭の中で真っ先に思い浮かんだ女の子の名前を口にしてしまっていた。

 それも普段の呼び方で。


 椿つばき 未亜みあ。僕が想いを寄せている後輩の女の子。


未亜みあ? 未亜みあって誰?」


「文芸部の…………後輩」


 文芸部であることはさらっと白状できた。

 ただ、後輩であることは少し口よどんでしまう。

 これがもし同級生や、あるいは卒業した先輩ならもっと気が軽かった。

 

「ふーーーーん? 後輩。年下ですか」


 月菜るなの表情が不満の色に染まっていく。

 長いツインテールが蛇のように起き上がって僕に襲い掛かってくるんじゃないかと錯覚するくらい負のオーラが溢れている。


「知り合ったのは去年だよね? なんでルナに話してくれなかったの?」


「いや、別に高校のことを報告する必要もないかな……って」


 月菜るなは彼女でもないし、本当の妹でもない。

 いや、彼女ならともかく、そもそも妹に学校で仲良くなった女の子の話をすることってなくない?

 だから僕の行動は至って正常なんだ。


「ルナが受験勉強してる間、ゆうお兄ちゃんは後輩の女の子とイチャイチャしてたんだ?」


「してないしてない! だって僕、月菜るなの家庭教師してただろ」


「それは放課後の話でしょ。学校で楽しい思いをしたあと、ルナの胸や太ももを堪能してたんだ」


 すれ違う人達がみんな僕らの方をチラチラと見ていく。

 微笑ましい青春の1ページとして見ているか、若気の至りの修羅場として見ているかはわからないけど、とにかく恥ずかしいことに変わりはない。


「落ち着け月菜るな。百歩譲って未亜みあのことを黙っていた僕が悪いとしよう。だけど露出の多い服を着ていたのは月菜るなの勝手だろ? それも最初の頃だけだったし」


「ふーーーーん? やっぱり見てたんだ。寒くなったから途中で止めたけど、ゆうお兄ちゃん、ルナの体に興味津々だったんだ?」


「変な言い方をするのはやめなさい」


「いたい!」


 これ以上は世間様の誤解を招きそうなので実力を行使した。

 頭を軽くチョップすれば基本的には黙ってくれる。

 暗黙の了解じゃないけど、越えてはいけないラインであることを態度で示し続けた結果お互いにこれがストップの合図として認識するようになった。


 なんだか長年連れ添った夫婦みたいで非常に不服ではあるんだけど、一応暴走を食い止められるので良しとしている。


「むぅ! ゆうお兄ちゃんがルナの知らないところで浮気するのが悪いのに」


「浮気って……別に付き合ってるわけじゃないんだからさ」


「未来の浮気だよ!」


「なんだよそれ!」


 今日になって何度目かのほっぺぷくーをして僕を睨みつける。

 初めて未亜みあの名を耳にした時と違い、昔から慣れ親しんだ全然恐くない妹ポジのそれだ。


「まだ付き合ってはないけど、将来結婚する者が浮気をすること」


「それはつまり、過去に誰かと付き合ってたらダメってこと?」


 月菜るなはほっぺを膨らませたままこくりと頷いた。

 なにその独自ルール。怖すぎる。


「えーっと、初恋同士で結婚しないと絶対に浮気になるんじゃないかな」


「そうだよ」


「そうだよって……。月菜るなは他の男子を好きになったこと……なさそうだな」


 気付いたら月菜るなはずっと僕の側にいて、学年が2つ違うから小中、中高と別々になる期間も長かった。

 それにも関わらず月菜るなは僕を好きだと言い続けて、僕は月菜るなを妹ポジションとして扱い続けてきた。


「あー、ほら。初恋は実らないって言うし、せっかく華のJKになったんだからここらで一つ新しい恋でも見つけて。な?」


 初恋は実らないというより、あまりに若くて失敗するんだと思う。

 もう少し大人になってからの方が将来設計もできて結婚まで辿り着くんじゃないかというのが僕の予想だ。


「そっか! わかった! ゆうお兄ちゃん、その未亜みあって人に告白よ」


「おい。何を言ってるんだ」


 月菜るなの目は本気だ。本気で恋バナに目を輝かせる乙女みたいになっている。


「初恋は実らないんでしょ? だったら未亜みあって人に対する初恋を玉砕させて、ルナと幸せな家庭を築きましょう」


「待て待て。未亜みあが初恋なんて一言も言ってないし、フラれる前提なのもおかしいだろ」


「安心して、この告白はルナ達の幸せに向けた踏み台としてノーカンにしてあげるから」


「人の話を聞きなさい」


「いたい!」


 勝手に未亜みあへの告白&玉砕計画を進める月菜るなの頭にチョップを入れて暴走を止めた。

 高校生になったからといって急激に精神年齢が上がるわけもなく、まだまだ走り出したら止まらない子供っぽさが残る妹ポジの後輩だ。


月菜るなの力なんて借りなくても自分で告白するから。それに……」


「それに?」


「あー、いや。なんでもない」


「えー! 気になる気になる」


 月菜るなが僕の腕に絡みついてくる。本人もできるだけ胸を当てないように意識しているようだけど、あまりのボリュームにその配慮はあまり意味を成していない。

 僕はできるだけ心を無にして、それでいて兄ポジションとしてしっかりと後輩を指導する。


「ほら、あんまりグダグダしてると初日から遅刻するぞ。新入生は集合時間が早いんだろ?」


「そうだった! 急ぐよゆうお兄ちゃん」


「僕は別に急がなくて平気なんだけどな」


 そうこぼしつつ、しっかりと後を追ってしまうのが兄ポジションの悲しいさがだ。

 

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