第58話 ビキニアーマーだしね…

 スタッフ専用の観戦席にてオリヴィアとアイリーンは、ミサオとユリシーズの試合を見守っていた。十手で剣を絡めとりながらカウンターを繰り返すミサオと、そのカウンターを華麗に捌くユリシーズの戦いに人々は魅了され、固唾をのんで見守り続けていた。観客の誰もが声を出さない。なのに決着の行方を見届けたいという熱意が会場いっぱいに満たされていたのだ。


「凄いねぇミサオは…。私も驚いたよ。はっきり言ってあの子には戦士としての素質はない。あくまでもサキュバスとしての生態的特性を利用して戦ってるだけだ。戦い方は酷くロジカル。なのに…こんなに人々の心を震わせるなんてねぇ。静かなのに熱い会場なんて初めて見たよ。アイリーン、あんたも感動しているみたいだね?」


 オリヴィアは手を組んで祈るように見守っていた。そしてそれはアイリーンも同じだった。かつての戦友であるユリシーズが今エゴを剥き出しにしてミサオと戦っていることに、不思議と心安らぐような気持ちを覚えていた。


「ええ、そうです。…夢咲はリリィの心を解き放ってくれたようですね。ああ…。あいつはサキュバスになってしまってからずっと薄っぺらな笑みを張り付けて生きていた。私はそれがとても悲しかったんです。リリィは私を庇ってサキュバスになった。…あの任務が終わったら、私は結婚する予定だったんです。リリィはとても喜んでくれた。だからです。あの子は優しかったから私を庇ってしまった。…そしてここに送られてしまった。あの子がここに閉じ込められている間、私は結婚して子供を産んで仕事して…。あの子にはそんなものなかった。ここにいる女たちにはそんな自由がない…。ここの管理官になることが決まった時、私はリリィのことを何とか助けられないかと足掻いた。駄目だった。あの子の心は凍り付いたままだった。ここは地獄です。でもやっと…リリィの心を震わせる者が現れてくれた…。あの子の止まっていた時間が動き出してるんですね」


 アイリーンはじっとユリシーズの姿を目で追い続けていた。今のユリシーズはいつもの優雅な笑みではなく、驚きや戸惑い、あるいは悲しみや悔しさ、そして喜び。そんな様々な感情が様々に行きかっていた。


「昔のリリィはあんな感じでした。ころころと表情を変える健気な女だったんです。そう、とても可愛い子だった。…やっとその顔が見れた…リリィ。かわいい私の友達…」


「ミサオが意地っ張りだったのが良かったんだろうね。…ユリシーズの心を引っ張り上げてみせた。よかったよミサオ。頑張れ。頑張れ!私の可愛いお弟子さん!」


 2人は応援を続ける。この決闘の終わりに実りがあることを信じて。





 ぐってりとしたが、意識を取り戻した勇を抱きしめながらフレデリカは、ミサオたちの決闘を見守り続けていた。


「すごいね…。会場の皆が黙って見守り続けてる。2人の戦いの邪魔をしないように、静かにしてるんだ…」


「うん。お姉ちゃんすごく頑張ってる。だからみんなが応援してるんだね…お姉ちゃん…頑張って…!」


 2人はミサオの勝利を祈りながら互いに身を寄せ合う。


「…ああ…綺麗だなぁ。先輩ぃ…すごく綺麗…あはぁ…」


 隣に座るハルモニアはうっとりと闘技場のミサオたちを見詰めていた。いつの間にかサングラスとマスクを外している。その頬はまるでサクランボのように赤く染まり、瞳はうっすらと濡れている。


「ハルモニア…どうしてそんな顔してるの…?」


「だってだってとってもとっても輝いて見えるんですよ。熱気も憧憬も祈りも興奮も…あの二人の周りをまるで光の嵐みたいに取り囲んでいるんもん…ああっ…なんでわたしはこんなところにいるの?…あそこにいれば…きっときっときっと体が融けてしまうくらいに気持ちいいはずなのに…」


 フレデリカはハルモニアの様子の可笑しさに気がついた。その顔はこの会場にいる者たちとは全く違う表情を浮かべていた。フレデリカはその艶やかすぎるハルモニアの気配に、酷く侮蔑的な嫌悪感を覚えてしまった。それはこの神聖な戦いを穢すような何かに覚えたからだ。だがそれ以上にもっと心の奥底から湧いてくる警戒感と恐怖の方が強かった。


「先輩ぃ…ああ…一緒に…一緒に…人々の心を貪れたら…どうしてわたしはそばに居られないんだろう…傍に行きたいよぅ…」


 ハルモニアは体を抱きしめて何かに身悶えしていた。フレデリカはその薄気味悪さに口を噤むことしかできなかった。





 ユリシーズの目は私を睨み続けている。そしてありったけの憎悪を込めた剣を私に向かって振るってくる。気がついたら音が聞こえなくなっていた。観客たちも実況も声を出していない。だけど不思議なことに精気だけは垂れ流し続けていた。さっきまでは会場の精気はすべてユリシーズの支配下にあった。今では私と彼女できっちり二等分。今まで味わったことのない心地の良い波動が私の肌を撫でる。これはいったい何なんだろうか?みんなが私たちを見守っているようなそんな暖かさを感じる。


「「いやぁああああああああああああああ!!!」」


 私たちは叫びながら攻防を続ける。まだお互いに体に届くような一撃を与えられていない。だけど一つだけ私に有利な点があった。ユリシーズは今や感情を垂れ流しにしている。それがこの私に彼女の剣筋をナビゲートしてくれるのだ。


「共感の深奥…発動…」


 私はユリシーズの感情と自身の感情の波を重ね合わせる。そして彼女の感情の深く深くに私の波を伸ばしていく。私を燃やし尽くそうとする激しい炎のような怒りの芯にそれを見つけた。そして私はユリシーズの感情の波の色すべてを見切った。だから迫りくる剣筋をくっきりと捉えられたのだ。


「光辰流…破刃槌…!」


 ユリシーズが放った右手剣の横薙ぎの一閃を膝と肘で挟み、そこへ魔力を流し込む。そしてその上から魔力で超硬質化した刀で思い切り叩いた。その衝撃によってユリシーズの剣の刃は粉々に砕けた。同時に私の刀も粉々に砕ける。


「武器破壊…!?でもボクにはまだもう一本の剣が!」


「甘いわ!その剣筋ももう見えてる!!ふん!」


 さらにユリシーズの残った左手の剣も私は十手で絡めとる。そしてそのままそれを上に向かって思い切り振った。ユリシーズの剣はそのまますっぽ抜けて天井に向かって飛んでいく。


「吹き飛ばしたくらいで終わるわけないだろう!!」


 ユリシーズは飛んで行った剣を掴もうとしてジャンプした。私もそれを追いかけて跳ぶ。私たちは互いに手が届きそうな距離を維持しながら、宙を舞う剣に向かって飛んでいく。


「剣を吹き飛ばすなら、地面に飛ばした方が良かったんじゃないかな?!絶対に先に掴んで見せる…!」


「そんなものに興味はないわ。私が欲しいのはこっちなんだから!!」


 ユリシーズの手が剣を掴む。そしてそれと同時に私の手がユリシーズに伸びて…。その胸のビキニを掴んだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る