第57話 二刀流殺し
ユリシーズは二本の剣を華麗に駆使して私を切りつけてくる。
「くっ!二刀流がこんなにウザいなんてっぇ!?」
「ウザいは聞きづてならないなぁ!二の太刀要らずという剣戟の極致の反対側を極めたのが二刀流だよ!さあ!さあ!いつまで躱せるかなぁ!?あはは!」
二刀流はあまり現実では用いられることのない技術だ。使いこなすのにすさまじい技量が必要だし、それ以上に腕力の限界というものがある。魔力や気功なんかで体力を底上げしてやれば使いこなせるが、それでもやはり限界はある。
『いやぁすごいですね。久しぶりに見ましたよユリシーズの二刀流!でも外でもそうですが、二刀流の選手って少ないですけど、なんでなんですかねぇクイーン?』
『そりゃ二刀流は難しい。でもそれ以上に片手で振る剣は両手で振る剣よりも圧倒的に剣速がトロい。異能で底上げして初めて実戦で使いものになるような代物だ。だけど今のユリシーズは違う。会場すべてを味方につけたあいつなら精気で圧倒的に強化できる。こりゃ決まったね。流石に新人にはこれ以上手も足も出ねぇな。何か隠し玉が無きゃ厳しい。むしろここまでおいつめたあいつのイキリビッチっぷりを逆に褒めてやりたいレベルだわ』
解説の言うとおりだった。精気のすべてをユリシーズは圧倒的な身体強化に回している。剣筋が早すぎるのだ。
「ぐぅ…!かはぁ…」
体に展開している障壁越しに何度か剣戟を喰らってしまった。大ダメージではないが、地味に響いてくる。
「キミがどこかの誰かから盗んだ剣技の戦闘記憶にはどうやら二刀流への対処がないみたいだね。一応ギリギリ躱せているのはオリヴィアさんの指導の賜物ってやつかな!!はは!いいね!ボクを倒すために本気だったわけだ!嬉しいよ!ボクをそんなに見詰めてたんだね!やっはぁあああああああああ!」
「きゃあああ!」
ユリシーズの高速での二連撃が私の体を切り裂こうとしていた。私は一刀目は捌けたのだが、二刀目を右の太ももにもろに食らって私はその場に膝をついてしまう。それでニーソックスが剥げてしまった。するとユリシーズに比べればわずかだが会場から精気が私の下に集まってきた。はは、私相手に興奮する男がいるのか。普段ならキモいって言ってやるけど今だと少し有難くさえ感じる。その精気を私は身体の回復に回す。足はまだ治るのに時間がかかりそうだが、踏ん張りくらいは出来そうに感じた。
「さて、これで足は崩れたね。そろそろフィナーレにしようかな。サキュバス同士の戦いってのは残虐なのは好まれないんだ。華麗に相手を一撃で倒すのが理想。男って奴の非常に厄介な性質なんだけど。弱っているサキュバスって男たちから同情心という形で精気を掻き集められてしまうんだよね。…ムカつく話だよ。ここで戦ってるときは同情してくれるのに…普段ここに閉じ込められてるボクには誰も同情しないんだからね…ははは…でもそれも今日で終わりだ。君の弟がボクをここから出してくれるんだからね…」
「出るなら堂々と出ていくべきよ。あなたは別に私の弟が好きなわけじゃないんでしょ?貞操の安売りはやめたらどう?」
「ここじゃあ処女の値段が高すぎるんだよ。だから売り時をみんな逃して、延々と閉じ込められ続ける。皮肉なもんでボクたちは年を取らないから、ワインみたいにビンテージで値が高まってちゃう。ははは!だからぶちまけてやろうよ!当たり年のワインを床にぶちまけるが如く!処女を捨ててしまおう!そうすればみんなみんなみんな!ここにいるみんな!ボクに眼も向けなくなるんだからねぇ!!」
「それでもあなたは母親の下には帰れないわ…だからあなたの自暴自棄には付き合えない。弟は渡さない…どうせあなたみたいな女は、初めての時はピーピー泣いてしまうんだから付き合いきれない!処女はめんどくさい!だからかかってきなさいリリアン!!!!初夜よりも麗しい一時をあなたに味合わせてげるわ!!」
「だったらボクを楽しませて見せろぉおおおおお夢咲みさおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!ああああああああああああああああああああ!!」
そしてユリシーズは大上段から右手で剣を振り下ろしてくる。脳天狙いのベタベタな剣。だけどそれを受けたり、躱したり擦ればすぐに左手の剣で追撃される。おそらく体に受けているダメージから考えると、それを喰らえば一撃で沈むだろう。だから私は両手で構えていた刀から左手を放す。そして腰の剣帯ベルトに差してある小太刀を左の逆手で抜き去る。
「君のスキルでは二刀流は無理だよ!俄かの真似っこなんかにボクの剣は破れない!!」
ユリシーズはそのまま自信ありげに剣を振り下ろしてくる。その通り。私の技量では二刀流は出来ない。でもね、これは二刀流ではないんだよ。私は左手に持った剣を頭の上に翳す。それでユリシーズの剣を受け止める。
「ボクの強化された腕に片手で勝てると思わないでくれ!」
そのままユリシーズは剣を押し込んでくる。だけど鍔迫り合いをする気なんて私にはさらさらないのだ。
「そんなの知ってるのよ!!だからこれはそのための剣じゃない!偽装解除!!!」
私の持っていた小太刀の光学AR魔法が解ける。そしてその本当の姿を人々の前に晒した。柄の拵えは刀だが、刀身の部分は鉄の棒と根元から並行して伸びている少し短い鉤のみ。時代劇で同心たちが良く帯に差している武具。
「…え?なにそれ…?」
「あら?知らない?これはね!十手っていうのよ!!」
私はそのまま左手に持った十手を少し捻る。十手の鉤でユリシーズの右手の剣の刃を絡めとり、そしてそのままそれを地面に向かって思い切り振り下ろした。
「やぁあああああ!」
「なぁ!?」
ユリシーズの体は右手の剣に引っ張られてそのまま地面に倒れ込んでいく。私はその隙を逃したりはしない。以前私はアルヴィエ中佐にある技を喰らった。それをそのまま真似してみようと思う。私は地面に十手を振り下ろした勢いを利用しながら前宙して、踵をユリシーズの頭に向かって振り下ろす。胴回し回転蹴りをユリシーズの脳天にぶちこんでやった。
「がはぁああ!!」
私の踵をもろに頭に食らったユリシーズはその場に倒れ込む。まだ気絶はしていなかったが、頭を押さえて蹲っていた。私はバク転して一端、ユリシーズから離れた。
『…すご…今の…マジですごい…やったねミサオ…』
実況のローラも驚いて言葉がないようだ。会場のみんなも私の突然のカウンター成功に、口をあんぐりとあけて呆けていた。
『ローラ、ローラ。感心してんのはわかるけど仕事は忘れんな』
『…え…あっはい!ごめんなさい!マジでうまく行くとは思わなくて…!ええ、あれは十手ですね。時代劇とかではよく見ますよね!いわゆる捕縛用の武具です!ミサオはそれを小太刀に擬装して隠していたんですね!この一瞬のカウンターの為に!』
『つーかオレ初めて見たぞ十手を使う奴…確かに剣を絡めとることが出来るのは知ってたけど…ここまでハマるとは…むしろ二刀流に対して相性が良さそうだな』
元々はユリシーズの剣を絡めて封鎖してしまうことを目的にしていたのだが、二刀流が出てきて価値が跳ね上がった。
「…嘘だろ…君は…ボクの本気を超えてきたのか…?」
ユリシーズが立ち上がってきた。その目には驚愕と戸惑いが見え隠れしている。
「言ったでしょ?潰すって。まさかただの口から出まかせだと思った?私は超えるのよ。全部ね。すべて。私の歩く道に立ちはだかる全てを潰すのよ」
私は右手の刀を正面に、左手の十手を大上段に構える。
「さあユリシーズ。
「…っ…キミは…!あああ!いやああああああああああああああああああ!!」
目を見開いたユリシーズが私に飛び込んでくる。お互いに呼吸は荒くて満身創痍。そして決闘は最終ラウンドに突入した。
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