第56話 そして艶やかなる狂気の華が咲く

 バトルフィールドでは操が刀術と浸透頸を駆使した戦闘法でユリシーズを圧倒的に押していた。操は刀術による巧みなフェイントを駆使して、浸透頸の打撃技だけをユリシーズに浴びせ続けていた。

 

『『『わああああああああああああああ!』』』


 新人の操の大健闘と大番狂わせに闘技場いっぱいの歓声が沸き起こっていた。


「きゃああ!みた!?今の見た?!すごいすごい!夢咲先輩まじすごい!!やったねいさおくん!」


「うん!すごい!すごいよ!がんばって!お姉ちゃん!!」


 フレデリカと勇は互いに抱きあって喜んでいた。操の戦いに応援に来ていたウェス大付属の生徒たちも好かり魅了されていた。


「…不味いかな…あの金髪ボクッ子騎士さん…かなり貯めこんでる…」


 観客の誰もが興奮している中で、ただ一人ハルモニアだけが酷く冷静に二人の戦いを見詰めていた。


「どうしたのハルハル?さっきまでめっちゃ応援してたのに」


「いえ。あのユリシーズってサキュバスさん。かなりため込んでます。それに感情の色がなんか変なんですよ。さっきから怒りと喜びと悲しみとがころころと変わってて目がチカチカするんですよね。なんか迷ってるみたいに見えます」


「貯めこんでる?押されてるから焦って怒ってるってこと?」


「違います。ユリシーズ選手はもともと海兵隊の将校で戦闘慣れしてるんです。だからこの状況でも逆転するための秘策はありそうなもんなんです。精気は十分貯めこんでるんだから、解放すればいいのに。しない。なんか混乱しているみたいな感じかな?」


「そう?ずっとニコニコと優雅な笑みを崩してないように見えるけど?押されてるのにずっと余裕のある王子様みたいにかっこよく見えるよ」


 フィールドで戦うユリシーズは押されていても笑みを崩すことはなかった。観客が望む王子様というキャラクターを今でも維持していたのだ。


「演技ですよ。サキュバスは表情や身体動作での感情表現を偽ることが出来るんです。でも共感の色まではごまかせない。…何を迷っているんでしょうね?」


「…?ハルハル、サキュバスについて随分詳しいね?…あれ?…まさか…」


 その時だった。フィールドから気功によって大気が震える大きな音が響いてきた。


『燐葉流気功術振謳覇しんおうは!!』


『ぐはぁああああ!!』


 操の浸透頸を用いた正拳突きをもろに胸に食らったユリシーズが吹っ飛ばされて、フレデリカたちのいる観客席のすぐ下にある壁に激突した。


『決まったぁ!!タダ…ミサオのクリティカルヒットだぁ!!これは効いてる!あのユリシーズが壁にもたれているぅ!!こんなの一体何年ぶりだぁ!!?』


『これは決まったかな?まあなんかユリシーズは戦い方に迷いがあったしな。戦いじゃあ悩んで手が鈍った奴から負けていくもんだ』


 操は壁にもたれて息を荒くするユリシーズにジリジリと近づいていく。会場のボルテージは最高潮に達しつつあった。新人による久方ぶりのジャイアントキリングに観客たちはすっかりと魅了されていたのだ。


「お姉ちゃん!」


「あっ!待ってよ勇くん!」


 勇は壁際に近づいてくる姉の操の姿を見て席を立ち、観客席の縁の欄干まで下りて行った。フレデリカとハルモニアはそれを追いかける。三人は観客席の柵から操とユリシーズを見下ろしている。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」


 勇は手を振って姉に向かって叫び続ける。操はそれに気がついて、微かに微笑んで小さく手を振った。その時だ。三人はぞくっとするような殺気を感じたのだ。


「ひっ!なにこれ?」


 その殺気に体を震わせたフレデリカは勇をぎゅっと抱きしめて恐ろしさに耐えようとする。勇はその恐ろしさに涙を流していた。隣にいるハルモニアはマスクとサングラスを外した。


「だから悩んでたんだ。でも嫉妬が勝った。くそビッチめ…子供ビビらせてんじゃねぇよ…!」


 ハルモニアはすぐ下にいるユリシーズの事を睨んでいた。彼女はすでに立ち上がっていて、観客席の勇達を虚ろで冷たい目で睨んでいたのだ。


『君の弟は可愛い子だね…。うん…とても可愛いなぁ…ははっ!』


 ユリシーズは瞳を潤ませて品を作って勇を見詰める・・・・。すると勇が突然ふにゃふにゃと腰砕けになったのだ。


「勇君?!どうしたの?!何処か痛いの?!しっかりして!」


 勇は焦点の合わない瞳のままでぼーっとしている。


「フレデリカ!落ち着いて!勇くんは吸精されてるだけ!大丈夫。すぐに回復しますから」


「吸精された?!なんで!?だってここは闘技場でしょ?!観客を直接ターゲットにはしないって話じゃないの?!」


 勇がその場に倒れ込んだのは、魅了による吸精によってだった。


『ふざけないで!!ユリシーズ!!あなた私の弟を魅了したの?!』


 フィールドにいる操は今のユリシーズによる勇への吸精を見ていた。弟を直接ターゲットにしたこの行為に対して激しく怒っていた。


『ああ、君に似てとても可愛い子だからね!つい吸ってしまったよ!ははっ!うんうん!とても美味しい精気だねぇ!君への思いに溢れてるよ!夢咲操ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


『こんのクソビッチぃいいいいいい!!』

 

 そしてユリシーズの挑発に乗り、操は大上段からユリシーズの脳天に向かって刀を振り下ろした。


『はぁあああああああああああああああ!!』


『おや?さっきまでの巧みフェイントや浸透頸はどうしたのかな?』


 ユリシーズは諸刃の剣で操の振り下ろした刀を受け止めた。そのまま二人は鍔迫り合いを始める。


『うるさいのよビッチ!!私だけならいくらでも挑発すればいい!それならいくらでも煽りに乗ってやるのに!弟に手を出したな!私の弟にぃい!!』


『そうだね。うん。君の弟はかわいいね。ねぇ知ってるかい?ここを出るための条件。別にサキュバス・エンプレスになる必要はないんだ。出ていくだけなら簡単だよ!ヴァージンを捨てればここから出て行かざるを得ない!そう!処女おとめのままであることがここでの罰だった!ならば捨ててしまえばここから出ていける!そうすればよかったんだよ!最初からね!!』


 ユリシーズは再び観客席の勇の方へ目を向ける。


『決めたよ。君はここを出ていくと言った。ボクも出て行こうと思ったよ。君によく似たあの子で処女を捨てようと思う。もちろん。君をここでぶちのめして、気絶している間に事を済ませてあげる。そのまま彼を連れ去っていくのも悪くないな。ヴァージンを捧げたんなら責任を果たし貰わなきゃ!あはっ!あははははははは!!』


『ユリシーズぅうううううううううううううううううう!!ああああああああああああああああああああああ!』


 操は怒りにまかせてそのままありったけの魔力を込めて刀を押し込んでいく。


『言っておくけど。外連味は君の専売特許じゃない。刃よ…二つに割れろ』


 刀身に魔力の光が一瞬走った。そして突然ユリシーズの剣が切っ先から柄に対して垂直に真っ二つになったのだ。諸刃の剣はそれぞれ片側だけの刃を持つ2つの剣に分離した。そして操の刀を受け止めている剣から右手を放して、分離した剣を左手で持って、ありったけの魔力を通す。


『帝国海兵隊式双剣術・奏崩撃斬そうほうげきざん!!』


『きゃぁああ!!』


 操は慌てて体の横にシールドを張る。だがユリシーズの左手の剣は魔力で大きく強化されており、凄まじい攻撃力を持っていた。シールドは一瞬で砕かれて、操の体を包む魔力の防護膜を直接叩いた。


『がはぁ…!』


 操はスウェーバックして剣の直撃を防いだ。だがユリシーズの魔力刃そのものは体に届いていた。致命傷ではないが、少なくないダメージを喰らい、操は片膝をついて息を荒げた。


『ククク…あはははは!いいよね!いいよね!こんなの初めてだよ!!あはは!あはははは!!!』


 ユリシーズはその場でくるくると踊るように回りながら、剣舞のように両手に持つ二本の剣を自身に向けて振るった。二本の剣はユリシーズの鎧を剥ぎ、衣装を切り刻んで肌を曝していく。観客たちはその艶やかなる剣舞に深く魅了されていた。


『そう。ボクはね。もともとは二刀流の剣士だったんだ。ここに来て観客の為に諸刃の剣に切り替えた。でも捨てきれなくて、諸刃の剣に二刀流をずっとずっと隠してた。…やっと君が見つけてくれた!うれしいよ!あははっ!あはははははははっははは!!ぁああああああああああああああああああああああ!』


 そしてユリシーズの衣装はすべて剥ぎ取られた。そしてその下にあったのは、操と同じビキニアーマー。サキュバスを最も強くする呪いの衣装。


『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』』』』


 ユリシーズの魅せたセクシーなビキニアーマー姿に観客の興奮は暴動寸前といったレベルまで高まっていた。観客席に帝国軍の女性兵士が出てきて制止を呼び掛け始めている。闘技閥のサキュバスたちも観客席に出てきて必死に呼びかけを行っている。


『観客の皆さま!落ち着いてください!落ち着いてください!決して席から立たないでください!!すぐにお座りください!もし席から離れた場合はすぐに強制退去処分とさせていただきます!繰り返します!…』


 ローランドが必死に観客に対して呼びかけを行っている。同じサキュバスの声による呼びかけで少しは観客も落ち着きを取り戻しつつあった。だがそれでも観客席の興奮は一向に消えはしなかった。


『『『『ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』』』』


 美しく艶やかに、なのに何処か狂ったような笑みを浮かべながらユリシーズはミサオを睨み続けている。


『さあ。戦おう。でもこれはボクと君の意地の張り合いじゃないよ。ボクはサキュバスらしくキミの大事な物を奪い穢し辱めるって決めたんだ。大事な物がまだ君にはあるんだろう?まだ人間を気取っているんならば人間らしく!サキュバスのボクを否定してみせろぉおおお!!』


 そして会場から恐ろしく濃度の高くそして莫大な精気のすべてを吸いつくしたユリシーズは操に向かって飛び掛かり剣を振るったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る