第54話 そして決闘の幕が上がる

 闘技場の控室には、オリヴィアさんと意外なことにアルヴィエ中佐が見舞いに来てくれた。知り合いのサキュバスたちは残念ながら、ここでの派閥問題の人間関係の問題があるので、部屋までは来れないそうだ。


「あんたは今日までよく頑張ったよ。勝っても負けても誇っていい。私は幾らでも褒めてやるさ。だから思うままに戦いな。頑張れミサオ!」


「ありがとうオリヴィアさん。頑張るから見てて!」


 オリヴィアさんはそう言って私をぎゅっと抱きしめてくれた。今日まで私はこの人とマンツーマンで修行し続けた。感謝の念しかない。


「夢咲。ユリシーズのことを少し話してもいいか?」


「ええ、構いません」


 アルヴィエ中佐のことははっきり言って苦手だ。だがこの人は私相手にはきめ細かく世話を焼いてくれていた。だからここに来てくれたことが嬉しかった。


「あいつは私の命を救って、サキュバスになってしまった。そしてここに閉じ込められて、燻り続けてる。少しでいい。解き放ってやって欲しい。お前とあいつはよく似てる。違うのは諦めてないか、諦めてしまったか。違うのはそれだけ。頼む。もうリリィの冷めてしまった心を動かせるのは言葉ではない。きっと、誰かの行動だけだ。お前にしかできない。思い切りぶん殴ってくれ」


 中佐は私に握手を求めてきた。私はその両手を強く握り返す。


「任せてください。わからせてやりますよ!この私がね!!」


「くくく。普段見ると腹が立って仕方がない態度だが、今はなんとも頼もしいものだ」


 そして私は闘技場に向かった。いよいよ私とユリシーズの戦いが始めるのだ。



 今回の試合はリングは特に設けない。アリーナすべてが試合場となる。


『…なんて皮肉なアイロニーなんだぁ!!!』


 MCのマイクパフォーマンスを聞き流しながら、ふと観客席に私の母校である帝大付属高校の制服の一団が見えた。彼らの顔には見覚えがあった。以前ショッピングモールで気まぐれに助けた後輩たち、それと明るい茶髪にサングラスとマスクの女の子。なにあれ?もしかしてあの子はハルソールか?何で顔を隠しているんだろうか?そんな疑問が湧いたが、彼女はお手製の旗に『貞』って筆で大きく書いて振り回していた。


「せんぱいー!わたしのせんぱいー!ミサ…じゃなかった。タダシーーーーー!くそ!この名前ださい!誰だよこれ考えたの!先輩に全然似合ってないよ!せんぱいーーーー!せんぱいーーーーーーーーーー!!」


 メッチャテンション高く私のことを応援してくれてる。でもその姿を見ると心が震える。まだ私は外の世界と繋がっているんだって、実感できるから。


「お姉ちゃーーーーーーーーーーーーーん!」


 その一団の中から声が聞こえた。私のたった一人の弟。


「勇…」


「お姉ちゃん!頑張って!お姉ちゃん!頑張ってぇ!!!」


 勇が手を振っていた。良かった…!私にはまだ家族が残ってた。そのことがたまらなく嬉しい。


「あれが君の弟かな?なるほどよく似てるね」


「ええ、可愛いでしょ。自慢の妹」


「そうか…ふーん。…君にはまだ外との繋がりがあるんだね。だからここから出たいなどと、嘯いてしまう」


 ユリシーズは寂し気な声でそう呟いた。


「なら君を叩き潰してあげよう。サキュバスの本性を晒させてあげよう。闘技場という戦士たちの麗しい戦場ですら、艶やかで…淫らな…蔑まれるべき所業に貶めてしまう夢魔の業というものを…」


「それならそれでもかまわない。私はビッチだ。それ以外の何物でもない。あなたもビッチよ。救いがたい嫌な女・・・。あんたは可愛くない。だから体の魅力以外で誰の目も惹かないのよ。サキュバスだからじゃない。あんたはあんたであるがゆえにここ以外に行く場所がないのよ」


「違う。サキュバスでなければ、ボクはまだ外の世界で上手くやっていけた。君と同じように」


「いいえ。サキュバスにならなくても、あなたと私は外で上手く行かなかった。あなたも私もどうしようもないほど、甘えん坊だったから。自分を嫌っている相手にさえ、甘える愚かな女の子だったから!!」


 私とユリシーズは同じ存在だ。どっちも結局のところ外の世界でさえ挫折していた。表向きは成功していても、心の中ではいつも修羅場だった。自分を嫌っている相手に縋りついてみっともなかったんだ。


『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』』』


 観客たちの歓声が響き渡る。私の振袖が吹き飛んで、その恰好はビキニアーマーになったからだ。観客たちから放たれた精気が私の体に吸収されていく。これがサキュバスの生態。男たちを魅了し、その精気を貪り、糧としていく、厭らしくて卑しい生き物。人々は私たちを蔑む。その生態故に、私たちを嘲り蔑み支配しようとし続ける。だから私は抗おう。この運命に。


「私はもう自分を押し殺したりしない。私はサキュバスだ。でもその運命にまで従うつもりはないのよ!!」


 私は簪で髪をツインテールに結び直してから、刀を抜きその切っ先をユリシーズに向ける。


「そうか。君は面白い子だね。ではその覚悟。このボクが試してあげよう!!」


 ユリシーズもまたご自慢の諸刃の剣を抜いて構える。



 そして私たちは互いに地面を蹴って跳ぶ。


「「いやあぁああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 互いの剣が火花を散らしてぶつかりあった。

 2人のサキュバスの決闘が始まった。






 

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