第53話 応援団結成!あとショタコンウザかわビッチ!

 サキュバスパークの闘技場エリア前の通りにウェスタリス帝国大学付属魔導士育成高校の制服を纏った数名の男女の学生がいた。学生たちは一人の茶髪の少女を除いては皆亜人種の子たちであった。


「ちょっと男子!よそ見してんじゃないわよ!!まっすぐ歩きなさい!!」


 その一人である狼系獣人の少女、フレデリカ・デザルグはサキュバスのキャストに見惚れてはフラフラと近寄っていく男子たちを叱り飛ばしていた。


「でもさ、なんかこう。吸い寄せられちゃうんだよ…」


 男子の一人がそう抗弁する。無理もなかった。これが一般的男子のサキュバスへの反応というものである。フレデリカは内心このような男子の態度にはイラっとしていた。


「我慢しなさい。キャストさんにレンカノ頼んだら、高校生のお小遣いじゃ一瞬でパンクするよ!それに私たちは夢咲先輩の応援に来たんだよ!忘れたの!?」


 フレデリカは男子に注意を促した。ここに彼らが来たのは、ミサオが闘技場に出ることを、ネットでハルモニアが知り、彼らに呼び掛けたからである。彼らは以前操がヒューマンの学生たちのいじめから助けた子たちである。


「わかってるって!ちょっとだけだって!ほんと見てるだけだからさ!」


男子はフラフラサキュバスに釣られて歩くのをやめた。だが視線はまだサキュバスに引き寄せられたままであった。フレデリカ自身は亜人ということで、ヒューマンからよくいじめられることが多い。亜人種はヒューマンに比べると、大抵の場合容姿に優れている。フレデリカも自身の容姿が一般人よりもはるかに美しい自覚はあった。とくにヒューマンに比べれば雲泥の差。だがこのサキュバスパークではフレデリカも残念ながら一枚劣ると言わざるを得なかった。そのことに何処か羨望と同時に得も言われぬ不快感を覚えたのだ。サキュバスたちの美しさは、自分がどんなに努力しても敵わない。その厳然たる事実に、女としてのどこか本能のようなレベルで嫌悪感を覚えるのだ。だがフレデリカはそれをなんとか外には出さないように努めていた。もしそれを外に出してしまえば、自分たち亜人を差別するヒューマン達と同じレベルに堕落する。それがわかっていたから。


「ははは。なんか男子がだんだん可哀そうに見えてきたなぁ。サキュバスってやっぱりヤバいんだねぇ。ミサオ先輩がなっちゃったのを嫌がるのもわかるかなぁ…はぁ…」


 フレデリカの隣を歩く明るい茶髪の美少女のハルモニアが少し悲し気に顔を伏せていた。


「ほんとだねぇ。なんていうかこう…言っちゃ悪いんだけどね…嫌なの…本能的な感じなんだよね。そいつを放っておくと、私たちが酷い目に合うぞ!って怖い気持ちが心の奥から湧き出てくるんだよね。この間はミサオ先輩が助けてくれたし、あの後はいじめもなくなったし、感謝はすごくしてる。でもね…男子たちと違ってなんか素直に喜べない。それがどうしても悔しいかな…。今日ちゃんと夢咲先輩のことを応援出来たら、この嫌な気持ちは消えてくれるかな?」


「…そうだね。うん。きっと消えてくれると思う…わたしはそう思うよフレデリカちゃん」


 ハルモニアは微かに笑みを浮かべてフレデリカにそう言った。


「そっか。ところでハルハル。なんでサングラスにマスクなの?パークに入った時から、ずっとそんな感じだけど」


「わたしって可愛すぎるじゃない?」


「うん。確かにそうだね。自分で言わなければもっと可愛いと思うけどね!友達じゃなかったら絶対に舌打ちしてるくらいムカつく女の子だよねハルハルって!」


 ショッピングモールでの騒ぎ以降、2人は意気投合して友達になっていた。


「だからさぁ。わたしのことをパークのサキュバスさんだって、他のお客さんたちに勘違いされても困っちゃうんですよね。ほら?わたしサキュバス並みに可愛すぎるしね!でもミサオ先輩サキュバス嫌いだし!わたしがサキュバスだったら先輩わたしのこと嫌っちゃうしね!だから勘違いされたくない系!」


「…そう。でもハルハルって夢咲先輩の事好きだけど、何でそんなに好きなの?」


「先輩はかっこいいんですよ…。中学校の時、本当にかっこよかったし、…とっても優しかったの。わたし人と話すのがすごく苦手で。なのに顔がすごく良くて可愛いしスタイルもいいから女子にも嫌われやすくて」


「そういうのを自分で言っちゃうから嫌われるんじゃ…?でも夢咲先輩だけは違ったってこと?」


「はい!そうなんです!ミサオ先輩だけは人のことを属性とかではなくて、その人がやっていることで判断してくれたんです!わたしはコンピューターサイエンスだけは得意です!わたしたちの中学校って名門女子校だけど、上っ面な貴族趣味な学校でした。だからわたしみたいなちょっとオタク趣味入ってる子はね…浮いちゃって…。でも先輩だけは違います!あの人だけがわたしのことをあの学校で唯一人間扱いしてくれました!…忘れられていたけど…わたしには忘れられなかった。だからウェス大付属に行った時にはもう勉強して追いかけたんです!でも入った時にはなぜか先輩はなんかキモい自称ブスの地味女になってましたけど…でもやっぱり憧れの人のままです!」


 ハルモニアは力強い声で操への気持ちを口にした。フレデリカはそれを聞いて、何処か微笑ましい気持ちになった。そして応援に来てよかったなって改めて思ったのだ。


「そっか!よーし!頑張って応援しようね!ハルハル!」


「はい!よろしくです!フレデリカ!」


 女子二人で楽し気にハイタッチをする。その時ふっとフレデリカは通りの少し先に、小学生くらいの男の子の姿を見つけた。黒い髪に蒼い瞳の綺麗な顔をした少年。


「ねぇハルハル。あの子見て。なんか夢咲先輩に似てない?」


「ん?…っあ!あああ!いさおくんだ!」


 ハルモニアは急いでその黒髪の少年へと駆け寄った。


「ねぇ君、勇君ですよね?!夢咲先輩の弟さんの!」


「ふぇ?マスクにサングラス?…お姉さん誰?お姉ちゃんの学校と同じ制服着てるけど…?お友達?」


「はい!そうです!そうですよ!っていうか久しぶりですね!わたしです!ハルモニア・ハルソールです!!覚えてないですか?!一度ミサオ先輩のお家にわたし上がったことがあるんですけど!」


 ハルモニアはマスクとサングラスを勇の前で外して、顔を見せる。


「…あ!見たことある!覚えてる!あなたのことはすごく綺麗な顔してたからよく覚えてるよ!!」


「キャー!綺麗だなんて!そんなことあるけどぉ!でもミサオ先輩そっくりな男の子に言われるなんて!なんか嬉しい!」


 勇はハルモニアのことを覚えていた。そのことを喜んだハルモニアは勇の脇に手を入れて持ちあげてぎゅっと抱きしめる。


「ちょっと!放してよ!恥ずかしいって!」


「いやぁん!やだこの子!先輩そっくりになってて超かわいいようぅ!キュンキュンする!…はぁ…はぁ」


 ハルモニアは少し興奮気味に息を荒げて、勇の顔に自分の頬をこすりつけていた。瞳は潤んでいて、頬は赤く上気している。


「お姉ちゃん…。ちょっと…なんか熱いっていうか…その…」


 勇はハルモニアの腕の中でもがくが、ちっともビクともしなかった。


「…どうしたのぼくぅ?…言ってみてよ…何がいや?…ううん。何が恥ずかしいの?…言ってみて?わたしに…」


 ハルモニアは勇の体をさらに深く抱きしめる。制服越しに胸を勇に強く押し当てている。


「ちょっと…その…当たってて…柔らか…す…ぎ」


「…可愛いねぼくぅ…ああ…すごく可愛い…うん…あっ…はぁ…ァぁう…食べちゃいたい・・・・・・・くらいに可愛いなぁ…あは!」


 勇の耳もとに唇を這わせて、ハルモニアは吐息を漏らしている。周りの男子学生たちはハルモニアの浮かべる淫靡な表情に生唾を飲み込んでいた。


「やめなさいおバカ!!」


「あいた!」 


 そんな時、フレデリカがハルモニアの頭を後ろから軽く掌で叩いた。その拍子に勇を抱きしめるハルモニアの力は緩まった。勇はその隙を逃さずに、ハルモニアの腕の中からするりと逃げ出した。そして近くの男子生徒の後ろに隠れたのだった。


「…あ…」


 ハルモニアは逃げてしまった勇の事をまだ少し熱の残った潤んだ瞳で見ていた。


「ハルハル…いくら夢咲先輩が好きすぎるからって、その弟に手を出しちゃだめでしょ!まだナデナデするならともかくなんか無駄にエロい顔してたし…ちょっと引いたかな」


「…アハハ…。いやぁ…そうだよね…はは…ごめんねぇ勇君…久しぶりに会えてちょっと嬉しかっただけなんです…。怖がらせてごめんなさいね…」


 ハルモニアは勇に頭を下げて謝った。


「…もういきなり抱き着いてこない?」


「ええ、もうしません。だから許してください」


「うん。いいよ。許します」


 勇はハルモニアに向かって優しく笑みを浮かべる。ハルモニアはその勇の可愛らしい笑顔をどこか緩いニュアンスの笑みでニヤニヤと見つめていた。


「…ショタコン…。ハルハルの事が好きな男子が可哀そうになってきたかな…はは…でもなんで今…ハルハルにすごく嫌な気持ちを持ったんだろう…?」


 フレデリカはハルモニアに対して少し怪訝な感情を持ってしまった。友達なのに、何処か酷い嫌悪感を覚えてしまったのだ。それを首を振って誤魔化す。


「勇くん。私たちは夢咲先輩の応援にきたんだけど、君もそうなのかな?」


 フレデリカが惚け惚けしているハルモニアに代わり、勇に尋ねた。


「うん。お姉ちゃんが戦うってネットで見てきちゃった。闘技場なら小学生でも入れるって聞いて…会いたくて…」


「そっかぁ…そうだよね…家族なら会いたいよね…」


 サキュバスの家族に起きる不幸についてはフレデリカも少し調べていたから知っていた。自分たちを助けてくれた人は、とても優しいのに社会から隔離されてしまっているのだ。それがとても悲しかった。


「ねぇ。私たちと一緒に応援しない?」


「え?お姉さんたちは僕のお姉ちゃんを応援してくれるの?」


「うん。私たちはあの人の味方だよ。だから来たんだ」


「そっか…ありがとうございます!お姉ちゃんの味方になってくれてありがとうございます!」


 勇は何処か泣きそうな顔でフレデリカたちにお礼を言った。


「お姉ちゃん…サキュバスになっちゃって。お母さん…お姉ちゃんのことをもう娘じゃないって言って!家族なのに!お姉ちゃんはもう家族じゃないって!酷いよ!お姉ちゃんに誰も味方がいなくって!ぐすっ!でもいたよ…お姉ちゃんの味方…いたんだ…良かった!良かったよぅ!!」


「勇君…!大丈夫!私たちは味方だからね!」


 フレデリカは泣きはじめた勇のことを優しく抱きしめて、その頭を撫でてあげた。


「…フレデリカちゃん…。わたしに代わってくれませんか?わたしも勇君をナデナデしたいです。くぅ…!」


「ばか!空気読んでよ!この色惚けショタコン!!」


 何処か締まらない空気だったが、勇とフレデリカたちはこうして同じ応援団として闘技場に入ったのだった。

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