第51話 盃交換とかやっぱりヤクザじゃないか!

「新入り。女王陛下ハー・マジェスティに源氏名を告げなさい」


 司会に指示され、私の介添人を務めていたローラがわきに抱えていた巻物を広げて、サキュバスクイーン・ロミオに向かって見せる。その広げられた巻物には『貞』の漢字が一文字書いてあった。


「私は源氏名を『タダシ』といたしました」


 周りがすこし困惑気味に騒ぐ。このパークで漢字を源氏名に使っている子は基本的にはいない。私の源氏名はその点では珍しい。そしてそのざわめきの中で、ロミオがいつものへらへらした感じではなく、威厳のある声で問いかけてきた。


「汝はその名に、いかなる願いを懸けた?その願いを開陳しせよ。そしてその願いを成就せんと、誓え給え」


 源氏名とはもともと願掛けに派生する文化らしい。新しい名に願いを懸けて、名乗ることでそれを叶える。きっとお呪いなんだろう。


「私はこの地獄の底で、少しでも正しいことを成したい。そのためにタダシと名乗ろうと思います。そして同時に昔の自分を忘れないために、いつか昔の自分に帰るためにこの名を名乗り続けようと思います。私は誓います。いつかここから出ることを」


 貞と書いてタダシ。ユリシーズの名からヒントを貰って作った源氏名。貞と書いてミサオと読める。私は昔の自分の名をそこに隠した。貞操って単語からも昔の自分の名を辿れる。用は言葉遊びだ。そして貞という字にはタダシという読み方があった。私はこんなくそみたいな場所であっても、どんなに苦しい場所であっても、どんなに抑圧的な場所であっても、少しでいい、『正しい』って思えるようなことがしたいと思った。ここは地獄だ。ありとあらゆるものが、サキュバスたちを追い詰めている。ヘラヘラ笑って恭順してろと、モラルを押し付ける。そんなものはちっとも正しくない。だから私自身はせめて正しくあろう。そう思ったから。


「ふむ。なるほど…汝が願いはわかった」


 どことなく困ったような顔をしながら、ロミオは静かにそう告げた。これで儀式は終わる。そう思っていたのだが、一人のサキュバスが立ち上がって怒鳴り始めた。


「ザケンなテメェ!!ここから出る?!昔の自分に帰る?!お前ふざけてんのかよ!!あん!?」


 アリスターが私を思い切り睨みつけている。そして私の前までやってきた。私の胸倉を掴んで、額が擦れそうなくらいに顔を近づけてきた。


「おい!何しとるんじゃ!アリス!やめんかい!これはミサオのためのお披露目じゃぞ!!うちらは口挟まんのが礼儀ってもんやろうが!!」


 見かねたリズも立ち上がってきて、私から離そうとアリスターの体を引っ張った。


「うるせえ!黙ってろハーキュリーズ!こいつの言ってることはパーク全体への侮辱だ!!こいつはあたしたちに喧嘩売ってんだよ!!サキュバスは昔の自分に戻るなんて出来るわけねぇんだよ!!なのにまだそんなこと言ってやがる!!源氏名つけて昔を忘れるのがこのお披露目会の意義ってもんだ!!あたしたちの秩序にこいつは泥を塗ってんだよ!!こいつはちっとも弁えてないんだ!!」


「別にええやろうがそんなこと!誰だってどんな願いだってかまわんやろうが!!ウチかて叶わん願いをまだ持っとる!駄目やって言われてもまだ持ってる!お前だってそうやろアリス!」


「それとこれとは別問題だ!!これはパーク全体への挑戦だ!!黙って見過ごせるか!!」


「同じじゃボケ!!別にパークに挑戦してるわけでもないやろ!どうせウチらサキュバスにパークのルールは破れんのじゃ!!だったら夢くらいみたってええやろうが!!」


 二人はいつも通りに言い争いを始める。でも悲しい。やっぱりそうだ。私たちは骨の髄まで、ここのルールを体に押し付けられてる。アリスもリズもここから出られるなんてちっとも思ってない。私の願いは叶わないと、そう思っている。


「2人とも申し訳ないけど、下がってくれないかしら?」


 私は取っ組み合って言い争うリズとアリスターに向かってそう言った。2人は言い争いをやめて、私の方を見た。私が声を出すって思ってなかったみたいな戸惑いを2人から感じる。


「今日は私の誓いの日なの…あなたたちが言いたいことは後でいくらでも聞いてあげる。私は逃げも隠れもしない。だから下がって…。お願いだから」


 それで2人は互いを掴み合っていた手を放した。そしてアリスターは舌打ちをして、リズはどことなく悲し気に俯いてそれぞれの席に戻った。言葉は出せないけど、一応リズにはお礼のつもりで、笑みを向けた。庇ってくれてありがとうと、伝えたつもり。リズは俯きながらだけど、コクリと微かに頷いてすこしはにかんでくれた。


「…え…と…ええ、喧嘩とか初めてだよ…ふぇえ。おほん!では盃の交換の儀を行います」

 

 司会のサキュバスが凄く戸惑ってる。ごめんなさいね、迷惑をかけてしまって。あとで謝ろうと思った。係のサキュバスが銚子と一つの盃の乗った煌びやかな三方を女王の前に持ってきた。さらに他の係が、並んで座るサキュバスたちの前に序列順で盃を置いていく。


タダシ。こちらへ来なさい」


 女王のロミオが私を呼ぶ。私は介添人のローラから盃を受け取って、ロミオの方へ歩く。そして彼女の目の前で正座し、深々と伏して頭を下げる。


「我らが母なる女王の慈悲と祝福を戴きとうございます」


 私はロミオに向かって盃を献上する。それをロミオは受け取って、三法に置いた。私は三法に置いてある銚子を手に取って、献上した盃に中身を注ぐ。そして私はロミオの目の前に再び正座し、頭を深く下げながら、彼女に向かって両手を伸ばす。


「では汝に祝福を授けよう。汝は新たなる名を得て、秩序に身を委ねる。夢魔としての己が邪悪を律し純潔を守り、清く正しく美しくあれ」


 はは、サキュバスの性衝動を邪悪と言い切るのか。そうやって私たちに刷り込みをしかけてる。清く正しく美しくあることなんて、生きてる女には決して出来やしないのに。ロミオは私の伸ばした手の上に、盃を乗せる。そしてロミオは銚子を手に取り、私の持った盃に精気ドリンクを注ぐ。同時に介添人のローラが管理官と序列一位の盃から順に銚子で精気ドリンクを注いで回っていく。そして全員に精気ドリンクが行き渡ったり、ロミオが告げる。


「乾杯」


『『『『『『『『『『『『乾杯!!』』』』』』』』』』』


 私たちは同時に盃を傾けて、ドリンクを飲み干す。こうして源氏名お披露目会という儀式は終了した。






 格式ばったというかまるでヤクザの儀式みたいなお披露目会の後は、寮の裏庭で立食パーティーが行われた。色々なごちそうが並べられて、居住区のサキュバスたちの多くが遊びに来てくれた。仕事でよく組むことのあるレンカノ閥の子たちは私の所に挨拶に来てくれた。記念撮影したり、私にプレゼントを贈ってくれたり、楽しくて嬉しかった。


「よう、ミサオ!それともタダシがええか?」


 リズが私のところに来てくれた。周りにはカジノ閥の子たちを引き連れてる。こういうのを見るとまるでヤクザの親分みたいな貫録を感じる。


「ミサオで構わないわよリズ。貞ってミサオとも読めるからね」


「へぇそうなんか…。あれやな。なんか難しいことばかり考えて、その名をつけとるんはわかった!でも可愛くないからウチはミサオって呼ぶことにしとく!」

 

「…やっぱり可愛くないかしらね…」

 

「おう!ちっともかわいくないんじゃ!これっぽちも可愛くないで!きっとパークで一番かわいくない名前はお前で決まりじゃ!」


 リズはニカっと笑って私の背中をポンポンと叩く。私には最高の名前だと思うんだけど、世間的には可愛くないっぽい。実はさっきから誰一人として私のことをタダシと呼ばない。マジで呼ばない。


「わたしはタダシってかっこいいとは思うよ!なんかすごくこう高二病的なスピリッツをビシビシ感じるの!!あえて邪道に入ってると見せかけて、ストレートにかっこつけてる感じがミサオっぽくていいよ!」


「それウチもわかるんじゃ!ミサオっぽさはよう出てる!」


「ローラ…。それって褒めてるの…?」


「イキってる感じがいいと思うの!かっこいいよ!あたしは名乗りたくないけど!見てる分には楽しい!」


 一応気に入られているみたいだけど、ローラもミサオって今までと変わらない呼び方をしてるのだ。はは、源氏名の意味ってあるのかな?


「おい。クソイキリビッチ」


 振り向くとそこにはアリスターがいた。そしてその後ろにはアイドル閥の子たちがいた。こっちもやっぱりヤクザな雰囲気を感じる。

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