第50話 源氏名襲名式!女子会ではなく、ヤクザパーティーです!

このサキュバス・パークにおいて源氏名は大事なものだ。元の身分を隠すためであり、仕事のためのペルソナを作る為でもある。その名は皮肉に満ちている。私たちは究極の女を体現する存在であるにも関わらず、男の名を名乗らなければいけないのだ。私の本名は『みさお』。ある意味古風な響きで、ちょっと女の子っぽい感じがして私は好きだ。だがよくよく考えると貞操を押し付けたいみたいな作為も感じられるようにも思える。名前とは不思議なものだ。私たちは生まれた時に与えられた名に一生縛られるのだ。だから源氏名もまた私を縛る鎖となる。ならばせめてましな鎖にしたい。そう思って私は自分に源氏名をつけた。今日はそのお披露目の儀式である。



私は白の水干に赤い袴のまるで巫女服のような和服を着て、居住区中央寮の一階にある大きな和室に来ていた。私以外にも20人ほどのサキュバスたちが部屋に来ていた。そのうち知り合いなのは、ローラとリズ、それとアリスターの三人。あとはユリシーズ。それ以外は良く知らない。リズとアリスターとユリシーズは振袖。ローラは大学生の卒業式みたいな煌びやかな小振袖と袴。みんな艶やかで本当に綺麗だ。


「緊張してない?大丈夫?」


 ローラが私のことを気遣ってくれている。今日これから行われるイベントで、ローラは私のサポート役を引き受けてくれた。派閥が違うのに、面倒見がいいことに感謝の念しかない。


「大丈夫。人前で話すのは結構慣れてるから平気」


 緊張していないわけではないが、院の授業でプレゼンとかをよくやっていたので、台本ありならしゃべることはそこまで苦手ではない。


「正直自分の緊張よりも。その。各派閥のリーダーさんたちがちょっと怖いかな…はは…」


 今日この場には多くのサキュバスたちが集まっているのだが、なんと驚くべきことにパーク序列一桁のメンバーが全員集合しているのだ。一桁の連中は各派閥のトップも兼ねている。派閥は基本的にはパーク内の、例えばアイドルライブやカジノ、あるいは演劇や音楽などの興行区分ごとに結成される社内カンパニー。だからパークの派閥は基本的に仲が悪い。客と予算の奪い合いを常にしている関係だ。だから今のこの部屋はヤクザの集会場の如き一触即発の空気が流れている。私の知っている者同士で言えば、リズとアリスターは隣同士でずっと額をこすりつけ合いながら睨み合ってるし、ユリシーズも私が知らないサキュバスから睨まれてる。さらに各派閥は自分たちの子分を数人連れてきているので、さらに睨み合いやら、嫌味の言い合いやら。もうカオスです。可愛い女の子がこんなに集まってるのに、まるでヤクザの集会みたいなんだもの…。


「拳が飛んでないのが奇跡ね」


「まあ流石にこういうイベントでは、各派閥の親分たちも空気を読むよ。何よりクイーンの機嫌を色んな意味で損ねたくないしね。それに源氏名襲名式だけは皆おじゃんにしないよ。ここにいるサキュバスの誰もここに来たばかりの時、この儀式を通った。だからその大切さがわかる。邪魔なんて絶対できないよ」


 今日これから行われるのは私の源氏名のお披露目とその承認の儀式だ。私がここに集まった序列上位者たちとパークのトップであるサキュバス・クイーンの前で、源氏名を披露し承認を受ける。新入りの通過儀礼だそうだ。源氏名自体はいつでも変える自由があるそうだが、最初の一回はこうやって皆が集まるイベントにするらしい。ロミオから聞いたが、実は一度つけた源氏名を変えるサキュバスはほとんどいないそうなのだ。よほどヤバイ自体が発生するか、あるいは別のパークに引っ越すか以外では源氏名は変えたりしないそうだ。こういう儀式を踏むことで心理的なハードルがかかるのだろう。多分この儀式は政府が計算して作った私たちの行動を抑制するための人工文化なのだろう。序列一桁は振袖だし、それ以外は小振袖に袴だもの。こういう小細工が人の心を支配するんだ。古来からそうだ。荒ぶる幽霊に名前を与えれば、その存在は明らかになり、恐ろしいものでなくなる。そういう工夫。名前を与えることで、その存在を枠に嵌める。名を与えることはすなわち抑止力なのだ。


「そう。そうよね。新しい名前を得る大切な儀式だものね。これは生まれ変わるための儀式なのよね」」


「まあそんなに難しく考えないでよ。わたしはあなたの考えた源氏名結構好きだよ。すごく貴方っぽい感じがしていいと思うの」


「ありがとうローラ。あとは他の人もそう思ってもらえるといいのだけどね」


 この儀式でサキュバスたちは過去の自分を殺されることになる。荒ぶる女は、古い名前を捨てさせられて、新しい名前を与えられて調伏される。だけど私はその名に少しの毒を盛り込もうと思う。昔の自分をいつでも思い出せるように。


「確かにそう言われればそうかもね。私がここに来た時はまだ小学生だったけど、いきなり名前決めさせられて、そんでもって大人のサキュバスたちに囲まれて、それをクイーンに向かって発表するわけじゃん。めっちゃこわかったよ。終わった後ビービー泣いた。よく覚えてる。それでロミオがぎゅっと抱きしめてくれたの。まるでお母さんみたいにね」


「たしかにロミオってお母さんみたいな面倒見の良さがあるわよね。そう言えばロミオはどこ?彼女もレンカノ閥のトップでしょ。なんでいないの?」


「あれ?もしかして知らないの?!うわあ…マジかぁ…あーこれロミオの悪戯好きなとこ出ちゃったなぁ…。まあすぐにわかるよ。うんうん。まあドンマイ!」


 ローラは私の背中をポンと優しく叩いた。ロミオがいったい何なんだろう?まあいないならいないでも別に構わないんだけど。


「御集りの皆さま。ハー・マジェスティ女王陛下の準備が整いました。皆さまもお席にお願いいたします」


 司会進行役のサキュバスが、部屋にいるサキュバスたちに声をかけた。お互いにメンチ斬り合ってたのに、そのアナウンスでみんなさっと所定の位置についていく。和室は色々と装飾が施されていた。まず上座はわざわざ一段程高く作られている。ここにクイーンが座る予定だ。そしてその上座に向けて、まるでヴァージンロードのように赤いじゅうたんが敷き詰められている。そしてその絨毯の両端を囲むようにサキュバスたちが正座する。上座から序列上位になるように両端に互い違いで配置されている。そして私はそのヴァージンロードの一番奥。上座から一番遠い所にローラと共に立たされた。


「では皆さま。我らが女王のお出ましです。静粛にお願いいたします」


 儀式は極めて厳粛な空気で始まった。ともすればいつもパークのサキュバスたちはほわほわした空気に包まれている。なんというか何もかもが柔らかいのだ。だけど今は違う。張り詰めたまるで氷のような空気だ。鍔さえ飲み込めないようなプレッシャーを感じる。そして上座の近くの襖が開けられて、そこから管理官のアルヴィエ中佐がまず出てくる。迷彩服ではなく、詰襟の軍服を纏っている。それと私と同じ巫女服みたいな赤い袴のオリヴィアさんも和室に入ってくる。そしてその後ろからサキュバス・クイーンらしき人物が入ってきた。身長は150㎝もないくらいの小柄な体躯。着ていたのは振袖だったが、彼女は煌びやかで荘厳な刺繍を施した羽織をまるでマントみたいに肩にかけていた。その顔は艶やかな化粧を施されていて、見る者誰もが溜息をつくほどに美しい。そして長い桃色の髪を上品に纏め上げていた。…桃色の髪?クイーンと中佐とオリヴィアさんたち管理官の三人は上座に正座した。クイーンが当然のように真ん中である。管理官二人をまるで従わせているように見えなくもない。それくらいの威厳を感じた。


ニュービー新入りはハー・マジェスティの前へ」


 アナウンスに促されて、私はクイーンに向かって歩いていく。絨毯の両側に座るサキュバスたちの視線がすごく怖い。リズはにこり笑ってくれたが、アリスターなんかは露骨に殺気を飛ばしてくる。なおユリシーズはどこかニヤニヤと私の緊張を楽しんでいるような感じですごく感じ悪いです!絶対闘技場でぶっ飛ばしてやる。そして私はクイーンの近くで止まる。クイーンの紫色の瞳と目が合った。その時一瞬だけどクイーンは悪戯っ子の様ににんまりと口元を歪めたのが見えた。そう。私の目の前にいるのは私の面倒を見てくれてる頼れる上司様であるロミオだった。ああ、気づくべきだったのだ。牢名主。すなわちここで一番偉いってことだ。だから他のサキュバスたちも彼女のことをすごく尊重してたんだ。そりゃ女王様だ。偉いに決まってるし慕うに決まってる。私の源氏名襲名式はこうして驚きから始まることになったのだ。

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