第49話 決闘の前に取り合えずイキっておこう

 闘技場でローラとの装備の相談を終えて、居住区の寮に帰って来たところ、一階の総合管理室の窓口の前でユリシーズと会ってしまった。


「「あっ…」」


 すごく気まずい空気が流れた。こういう時はあれかな?プロレスとかボクシングの選手みたくマイクパフォーマンスとかすればいいのかな?だけどどうもそんな感じじゃない。ユリシーズはどこか暗い感じに見える。


「どうかしたの?随分暗いみたいだけど?男にでもフラれた?」


「それは君なりのジョークなのか…?サキュバスをフれる男がいるなら見てみたいものだね。でもそれ以前にボクたちは恋愛禁止だろ。フラれる以前の問題さ。そう。それ以前…」


 なんかすごく暗い。茶化せないレベルに顔色が悪い。いま決闘したら余裕で勝てそうな感じだ。何かあったのは間違いない。ユリシーズの手には紐で縛られた手紙の束があった。宛先には『メアリー・ルーレイロ』と書いてあり、差出人は「リリアン・ルーレイロ」と書いてあった。なんとなく状況を察してしまった。ここの窓口が居住区の郵便局を兼ねている。きっと未開封のままで返送されてきたのだろう。


「リリアンがあなたの本名?」


 そんでもってメアリーが母親の名前っぽいな。母親からの手紙は読まれずに帰ってくる。それはどれほどこいつの心をずたずたに斬りつけているのだろうか?


「ああ、そうだよ。それが何か問題でも?」


 ユリシーズは何処か自嘲気味な感じで答えた。随分やさぐれてるな。ほんとこいつの王子様キャラはコスプレでしかないわけだ。


「綺麗な名前ね。うちの国の国号リーリウムに肖ったものでしょう?違う?」


 この国の国号の由来は別大陸にかつてあったロムルスという国で話されていたラティウム語の言葉に由来しているそうだ。


「…うん。そうだよ。一応古い貴族の家だからね。リリアンはリーリウムと同じ語源を持つ言葉だからね。そういうゲン担ぎをしたらしい。母がつけてくれた名前だ」


 いつもは気取った王子様キャラで通してるのに、今は普通の女の子みたいに見える。どこか嬉しそうに答えてくれた。


「だから源氏名がユリシーズなのね。リーリウムもリリアンも帝国公用語の扶桑語で言うと『百合ユリの花』の意。リリー、百合。あなたなかなかセンスがいいのね。かっこいいわ」


 私は本気でそう思った。なんかすごく洒落てると思ったのだ。


「…皮肉でなく本気で言ってるの?。思わないの?昔の名前に未練たらたらなのかこのくそビッチとかってね」


「別に?昔の自分に未練があるのは当然でしょ。あなたも私も別になりたくてサキュバスになったわけじゃない。それともあなたは狙ってなったのかしら?」


「いや。そんなわけないよ」


「ならいいんじゃないの?むしろ安心したわ。昔の自分にまだ後ろ髪を引かれてるなら、あなたのことを多少は好きになってやってもいい。似てるってことを心地よく思ってあげてもいい。つまりあなたが言った分を弁えろって言葉はただのこけおどしだったわけよね。だって自分はここに適応したふりしてるだけで、本当は昔の自分が大好きなままなんですからね!」


「やっぱりイキってくるのか…腹立つなぁ…」


 いらつけいらつけ。揶揄える時に揶揄ってやりたい。だってこいつのことやっぱり苦手だから。着飾って強がって本当は寂しいままなのに。


「私もあなたみたいな昔の自分に後ろ髪を引かれたような奴にすることにするわ。ありがとうユリシーズ。あなたの御蔭でいい源氏名を思いつけそうよ」


 きっとここの源氏名が男性名なのは抑圧するためなんだろう。私たちサキュバスは徹底的に『女』を表象する存在だ。だから女なのに男の名前を与えるんだ。違和感を覚えさせて混乱させて、社会に適応させないための心理的な毒の一つにしてる。でもユリシーズは昔の自分をその中にそっと隠し込んだ。そういうアイディアは素敵だと思う。


「そうかい?それなら良かった。でもそうだね。どうせなら賭けにペナルティを追加しないか?君が負けたらボクに君の源氏名を自由につけさせるとかね。例えばユリエルとかユリウスとかどうかな?素敵じゃないかな?」


 ニヤリと王子様っぽいいつもの気取ったちっともかわいくない笑顔でユリシーズはそう言った。だから返り討ちにしてやる。


「それはいやね。あなたと似たような名前を名乗るくらいなら、そこらへんの汚いおっさんとベロチューする方がきっとましよね」


「え?そんなのと比較するの?流石にボクもそれは傷つくよ?」


「名前は大切でしょ。あなたの名前は昔の自分との繋がりでしょ。私なんかが横から入っていいものなの?自分をもっと大事にしたら?」


 ユリシーズがきゅっと口を引き結んだ。私のことをぱちくりと驚きの目で見てる。


「君に他人を慮るような可愛げがあるなんてね…。ボクに優しくするつもりかい?ならお揃いの名前を名乗ってくれよ。君をボクの妹分にしてあげてもいい…。いつでも一緒にいる仲良し姉妹になろうよ」


「いやよ。あなたと姉妹になったら、私の弟にあなたというマザコンビッチの姉が出来てしまうでしょ。教育に悪いから遠慮して欲しいわ」


「ボクが興味あるのは君だけだよ」


「私はあなた以外の人間にも興味があるの。だからそんな不健康な誘いには乗れないわね」


「ここには人間なんて一人もいないよ。女の形をした化け物しかいない」


「いいえ。ここにいるのはみんな人間の女の子よ。あなたも私もみんな人間のままなのに、ここに閉じ込められてしまった。可哀そうなお姫様たちばかり」


「ならボクは君の騎士になってあげてもいいよ。この狂った監獄の花園の恐怖から君を守り切ってみせる。いつでも隣にいてね」


 ここにいる子はみんな足掻いてる。必死に頑張ってる。閉じ込められて目を閉じさせられて口を塞がれてしまっても、まだ頑張ってる。だから自分を失ってはいけない。ユリシーズはここに過剰適応してる。作り上げた虚構のキャラクターを演じて強がってる。それは良くないことだと思う。そのくせ母親が迎えに来てくれるのを待ってるだけ。くだらない。そんな媚は私がぶち壊してやる。


「あなたは騎士じゃないよユリシーズ。だってあなたは自分の事を押し付けようとするばかりだもの。そんな人に誰かを守れるわけがない。あなたは守るって言葉を私の傍に置くための口実にしたいだけ。私が貴方に似てるから寂しさを紛らわせる道具にしたいだけ。いやよ。私はあなたのオナニーの為のバイブにはならないわ。私はあなたと対等の存在なの。決闘で証明してあげる。私は弱者じゃない。戦うことを選べる強者なの。あなたに勝ってあげるから、私に負けたら王子様の仮面を捨てて女の子らしくピーピー泣いてね。お願いよ」


 私はそう言って、ユリシーズに背中を向けて自室に向かった。背中の方から何かを言いたげなユリシーズの息遣いを感じたけど、無視した。だってさ。何かを語りたいことがあるなら、闘技場で晒せばいいのだから。私は絶対に逃げたりしないのだから。

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