第42話 サキュバスバトルの落とし穴
気功術のコピーに成功した日から、私はオリヴィアさんからひたすら組手でしごかれた。居城区の体育館で早朝から剣道着を着た上でひたすら木刀でオリヴィアさんと戦い続けた。
「あんたたちサキュバスは武道の型や技を習得するための労力がいらない。さらに言えばそれらの型や技の使用方法の知識や経験なんかも男たちから吸い取れる。だけどそこに一つ落とし穴がある。例えば…!」
私が放った横薙ぎの技をオリヴィアさんは峰で受け止めて、そのまま刃を私の木刀の上で滑らせながら、私の懐に入り込んでくる。そして私の足を思い切り踏んづけてきた。
「んぎゃ!!」
私の足の甲にまるで釘が貫通したかのような激痛が走る。そのせいで少し足元の体重のバランスが崩れてしまい、体がふらつく。そこへさらにオリヴィアさんの手が私の胸元を掴んで思い切り横へ引っ張られた。
「きゃあ!」
そのまま私は床へと倒れ込む。
「学生剣術だと相手の足を踏んづけることはルール違反だ。だからこういうところへの攻撃方法への対処方法を学生さんは知らない。あんたの剣術のコピー元の学生さんは型や技をちゃんと覚えてはいても、状況に合わせた取捨選択の経験値までは持っていなかったわけさ。ユリシーズならそこを突いてくるよ!ほれ!」
オリヴィアさんはわざとらしく私の体の上にのしかかってくる。私の首に刃を押し込もうとしてくる。私は必死にオリヴィアさんの手を抑えることでなんとか凌いでいた。
「あんたの中にはこの状況に対する型がちゃんとあるよ!さあ適切な技を選択しな!」
「こんのぅ!」
私は自分の中に眠る技の情報を必死に探す。修行を始めるにあたって私は自分の中の盗んだスキルの記憶を系統樹的に再配置して覚え直した。これはオリヴィアさんのコンサルの賜物だ。なんでもオリヴィアさんの指導経験上、サキュバスのスキルコピー技能は木の形で記憶するのが一番効率がいいらしい。このスキルツリー記憶が私をより強くする。サキュバスの戦いは手数をいかに素早く検索し引き当てるかがカギになるのだから。
「ツリーサーチ!」
そのスキルの系統樹を意識的にたどる方法に私はこの発動ワードを設定した。自分が育てた木の表面を撫でて、技と言う実がなる枝を探し当てる。のしかかってくる相手への対処でエリアを絞り、さらにそこから首を狙う相手と検索条件を絞っていく。そしてとうとう現在の状況に見事対応する『型』を見つけ出した。
「光辰流!
私は膝に魔力を通す。そしてそれでオリヴィアさんの鳩尾に押し込む。
「おや?見つけたみたいだね」
オリヴィアさんはすぐにお腹に魔力のシールドを張ってきた。だけどもう遅い!押し込んだ膝から放たれた魔力はシールド事オリヴィアさんの体を宙に跳ね上げた。まるで水面から鯉が跳ねるように、オリヴィアさんは宙をふわりと飛んで行った。
「斥力利用した技だね。いいよ。合格だ」
オリヴィアさんはそのまま空中で態勢を整えて軽やかに着地した。ダメージも全く無い。私今結構魔力をぶち込んだはずなのに、この人からすればネコに撫でられたようなものなのだろう。
「いい感じに仕上がって来たみたいだね。朝稽古はこれでおしまいにしようか」
「御指導ありがとうございました!」
私とオリヴィアさんは互いに御辞儀をして稽古を終える。そして道場の端で朝ご飯のお弁当を二人で食べる。
「早朝から付き合わせてしまってありがとうございます。そういえば御月謝の方の話してなかったんですけど、どれくらいですか?」
「その心配ならいらないよ。あんたたちへの指導はもともと半分趣味だし、それに…」
「それに?」
オリヴィアさんの顔色が少し曇った。何か言いづらそうにしている。
「まああんたならいいか。あんたへの指導についてだけど、パークから稽古の手当てが私に支給されることが決まった。つまりあんたへの指導はパークの正式な業務ってことになる。ちなみにあんたへの予算執行の名目はキャストの研修費ってことになってるけど、その予算を払うことを決めたのはパークの経営陣よりさらに上。政府のさらにさらに奥の奥にある闇から来てる」
「噂の組織さんですか?」
「そうさ。ロメロ先生からもう聞いてるんだろう?サキュバスたちを使って何かをしようとしているって噂の組織さんだね。私のところへもメッセージが来たよ。あんたを強くしろってね。結果を出せたら報酬も弾むってさ。…馬鹿にされてるよ。腹立たしい。私が女の子たちに戦い方を教えるのはくだらない陰謀のためなんかじゃないのにさ!」
怒りの滲んだ口調でそう吐き捨てる。それにしてもおかしな組織だ。闇の中にいるのは間違いないのに、何処か自分たちのことをアピールしたがっているような印象をいちいち覚える。自分たちの存在をそれとなく私に匂わせようとしているような感じだ。かまってちゃんかな?
「まあとにかく私はあんたを必ず強くしてあげるよ。くだらない陰謀さえも吹き飛ばせるくらいにね」
オリヴィアさんは頼もし気に笑った。それを見て私はこの人のことがもっと好きになった。私にはおばあちゃんがいない。母の親族に私はあったことがない。シングルマザーなのを疎んでいるらしい。この人が私のおばあちゃんだったらいいのに。そう思った。
「おっ?朝の稽古はもう終わりか?」
道場にロミオが入ってきた。今日はチアガールのコスチュームを着ている。短いスカートから覗く太ももに可愛らしいセクシーさを感じる。そして短いトップウエアから覗く形のいいお臍とロリっ子のくせに綺麗なクビレがひどく煽情的に見える。
「ええ、もう終わったけど。何か用?業務連絡かしら?」
「んにゃ違うぞ。オリバーは格闘指導のプロだが、サキュバスの戦い方すべてを知ってるわけじゃない。だからこのオレさまがお前のサキュバス特有の戦い方のコツをチアリーディングしてやろうと思ってな!ふぁいおー!」
ロミオは手にポンポンを持って、可愛らしくポーズを決める。
「ロミオ、あんたの応援は嬉しいけど、私の指導に何が足りないんだい?操への指導プログラムのスケジュールはもう立ててあるんだ。決闘まで時間がない。効果的でないと思われるなら、いくらあんたの助言でも受けさせたくはないんだ」
「まあまあオリバー。これ見ればあんたもすぐにわかるさ」
ロミオは木刀を私に手渡してきた。
「ちょっくら俺の頭に振り下ろしてくれよ」
「いいけど。ちゃんと避けられる?」
「大丈夫大丈夫。オレはこのパークの牢名主さまだぜ。今のお前じゃオレ相手に傷一つつけられねーよ」
その挑発に少しカチンときた。ロミオのどや顔がムカつく。道場の真ん中でロミオに向かい合った。私は思い切りロミオの頭に向かって木刀を振り下ろした。ロミオは一切剣を受け止めるようなそぶりを見せなかった。
「なかなかするどいね。だけど、あらよっと!」
ロミオは私の振り下ろした木刀を軽やかにバク転して躱した。その時スカートの中のパンツが見えた。まさかのTバックだった。
「そのかっこでTバックはちょっと駄目じゃない?」
「むしろギャップに萌えるまであるけどな。なあオリバー。今のでわかったろ?」
「ああ。そう言うことかい…。基礎を組むことを優先し過ぎて忘れてた。確かに落とし穴だね」
オリヴィアさんが額に手を当てて唸ってる。今の動作がいったい何だというのだろうか?
「操。もう少しロミオに剣を打ち込みな。そうすればすぐに
思い出すというニュアンスに首を傾げたが、言われた通りにロミオに向かって剣を振るう。私は本気で技を出したが、そのすべてが軽やかに躱された。横薙ぎならば剣の上を飛び越えるように側宙。突きならばバク転やバク宙など、まるで曲芸師のようにぴょんぴょんと跳ねて飛んでを繰り返した。そのたびにスカートがめくれてパンツが見えたり、トップウェアがめくれてブラの下が見えたり。きっとロミオがこうやってくるくると動く姿を動画とかでアップしたら視聴率高そう。なんか飛び跳ね方がかっこいいし。
「パンツがチラチラと鬱陶しいわね…っあ?!うそ?!そういうことなの?!」
「そう。そういうこと。今のお前の戦い方は外連味が足りない。師匠のオリバーが滅茶苦茶強い上に動きに無駄がないからだ。だから落とし穴に嵌った。サキュバスの戦い方は
「綺麗に。そして見る者を喜ばせるように戦えないと、精気が集められなくて強くなれないということね」
「今みたいに相手の攻撃を避けるときもかっこよくよけなきゃ駄目なんだよ。アニメとかゲームのキャラクターが意味もなくクルクルと回るじゃん?ああいう感じを意識して貰わないといけないわけよ。純粋に武術の観点からすればバク転したり、側宙したりなんてまじで何の意味もねぇよ。普通に体をひねる方がずっと動きとしては隙が無いし、早いんだからな。だけどオレたちサキュバスは常に客の興奮を掻き立て続けなきゃいけない。バク転とか側宙とかいれると動きが映えて客が楽しんでくれる。そこへパンチラだのブラチラだの、お股を大きく開いたりだの、おっぱい揺れたりだのとセクシーさが加われば精気が客からドンと!吐き出されるわけだ。サキュバスはセクシーで外連味を魅せつけて初めて強くなれる」
すっかり忘れていた。ユリシーズだってそうだった。バトルにセクシーさを高める演出を仕込んで、戦闘力を跳ね上げて対戦相手を圧倒したのだ。これがサキュバスの戦いの神髄。奥が深い。あまり納得はいかないものではあるけども。
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