第29話 上級国民さえも敵わないスーパービッチ
案内係に連れられて私たちは闘技場のエントランスに連れられた。中は多くの人たちでにぎわっていた。お客たちはモニターに表示された今日のプログラムや過去の試合の映像なんかを見ながら盛り上がっている。男性客がほとんどだったが、中には女性のお客さんもいた。その女性たちはユリシーズの名が入った旗やらタオル等のグッズを持っていた。やっぱりユリシーズは女性にも人気があるらしい。だけどその気持ちはわかる。彼女には何処か王子様的な雰囲気がある。中性的というか凛とした雰囲気。私だってサキュバスなんかになってなかったら、ユリシーズのファンになっていたかもしれない。そしてエントランスを抜けてVIPたちのみが入れるラウンジに通された。ここにいる客たちは明らかに一般人とは違う雰囲気がある。着ている服は高級品だし、アクセサリーなんかもそうだ。サキュバスのホステスたちを侍らせて悦に入っている様は、まさしく上級国民様そのものだった。
「いやーいいね。今日のお客様は太客みたいだぞ。いいか野郎ども!名刺をちゃんと渡して次の指名につなげるんだ!いいな!円陣組むぞ円陣!サァアアアアキュバスゥゥゥウウウウウーーーーー!」
「「「「ふぁい・おーーーーーーー!」」」」
運動部みたいなノリのロミオの掛け声と共に私たちホステスチームは円陣を組んで叫ぶ。ラウンジにいる客たちからはクスクスと笑われた。すごく恥ずかしい。馬鹿っぽいけど、一応こういうのがここの伝統らしい。
「相変わらず馬鹿をやってるんだな…。だからパークには来たくないんだ…」
いつの間にやら私たちの傍にアルヴィエ中佐がやってきていた。迷彩服ではなく、帝国軍の制服である蒼色の詰襟を着ていた。意外なことに下半身はタイトスカートとパンプスだった。
「おうゴリラハゲ!あんたがいるってことは超太客なんだろ?」
「ああ、そうだ。政府与党とも深い繋がりのあるVIPだ。失礼のないようにな」
「まかせろまかせろ!きちんと骨抜きにしてやっからさ!」
「やり過ぎるなよ。金を抜くのは構わんが、あまりにも誑し込み過ぎると政府からいらん警戒を買うことになる。適当でいい適当でな」
今回のお客さんはかなりの大物らしい。そしてそのままアルヴィエ中佐に連れられて、豪華な部屋に連れられた。煌びやかなシャンデリアに上品な調度品の数々、柔らかそうなソファー。そして正面に見える壁は透明なガラスになっており、そのすぐ下には闘技場のアリーナが見える。
「すごい…これが上級国民…!」
私は若干興奮してた。弟を連れて野球とかサッカーの試合を見に行ったことはある。当然庶民らしく、狭くてかたい椅子の上で観戦したわけだが、今や柔らかいソファーや美味しい御飯付きで見られるわけだ。これが自分の金ではない上、あくまでも仕事でしかないってことが悲しいがそれでも気分が上がる。私以外のサキュバスたちもケータイを取り出して、思い思い自撮りしたり、記念撮影してた。
「サキュバス仕事の数少ない楽しみだよな。こういうVIP待遇を楽しめるのって。普通の女だったらこういうところには一生縁がない。オレさまサキュバスに生まれて幸せー」
「だからお前らはビッチなんだ。こんなものをありがたがるのは人生の無駄だ。高いもの、煌びやかなものに囲まれたところで自分の価値が上がるわけでもないのにな」
「まあまあそう言わずにお一つ撮っておきましょうよ管理官殿!」
ロミオがアルヴィエ中佐の腕に絡みついて、私の方へピースした。中佐は嫌そうな顔をしていたが、ロミオのことを振りほどいたりはしなかった。私は彼女たちのことをケータイで撮った。
「まったく…。私が写った写真はばら撒くなよ。私にも守りたい世間体があるんだからな」
消すなと言わないあたり、根は優しい人なんだろうと思う。勿論恨みは忘れてないけどね。そして部屋に案内係のサキュバスがやってきた。お客さんが来るらしい。私たちホステスは部屋の外に出てから、ドアの前で整列して客が来るのを待った。
「ようこそおいでくださいました。今夜はわたくしたちが皆様をおもてなしいたします。どうぞよろしくお願いいたします」
ロミオはやって来たVIP客たち相手に年季の入った綺麗なおじぎをした。それに続いて私を含めたホステスたちがおじぎをする。顔を上げるとそこには楽し気に興奮している男たちの姿が見えた。
「うわ…本当に美人ばかりなんだ…。今日はとても楽しく過ごせそうだ」
客の反応は上々。ロミオが仕切っている以上、接待の失敗はあり得ないだろう。
「下らんな…」
客に聞こえないようにぼそっと呟いたアルヴィエ中佐の顔は苦笑いとでもいうべきものだった。まあ楽しくはないだろうな。デレッとした男の顔を見るのはね。だけど仕事だから仕方ない。そうこれは仕事なんだ。
私たちはガラスの壁のすぐ傍に置かれた観戦ソファーに座った。私は客の中で一番若いであろう男の隣につくことになった。どうやら私のことが好みだったらしい。
「君はサキュバスには見えないね。楚々とした佇まい。まるで大和撫子とは君の為にあるような言葉だよ!」
「いいえ、そんなお言葉、私には勿体ないです。私は所詮サキュバスですから…」
褒められてもちっとも嬉しくない。お客は本気でいってるんだろうけど、私からすれば皮肉にしか聞こえない。実際、私の隣に座るアルヴィエ中佐はくくくと客に見えないように含み笑いをしている。
「この間のショッピングモールの騒ぎを客に見せてやりたいなぁ…ククク…」
アルヴィエ中佐はサキュバスの耳にしか聞こえないくらいの小声でそう呟いた。私も同感だよ。魅了の力で男共を操り同士討ちさせた私を見てなおも清楚な女といえるのかどうかは果たして疑問だ。
「でも君はヴァージンだろう?ここにいるサキュバスたちはみんなそうだろう?なら清楚なのは間違いないよ。例え能力や思考が淫靡でも、実際に男と寝てないなら、清らかなままだ。まったく外の女たちは君たちを見習うべきだよ!あいつ等ときたら金や権力相手にすぐに股を開くんだからね!そういう女とは話していてもつまらない。抱けるのも一回や二回くらいなもんだ!」
「…そうですね。…ええ、女は慎ましくあるべきですよね…」
違うと言ってやりたかった。性交の経験の有無は淫らさとは関係ないんだ。例え処女でもビッチになれる。私はそれを証明できた。性をチラつかせて男たちを惑わして、それを悦びだと錯覚させたまま何もかもを奪い取る。股を開いてやるんだから外の女の方がずっと誠実にさえ思える。だいたいこの客には反発しか覚えない。自分は金や権力で女を釣ってその体を楽しんでるくせに蔑み文句を言う。なんてことはない。サキュバスに相応しいのはこういう卑しい男だろう。精気を吸うのに何の後ろめたさも感じずに済みそうだ。
『決まったーーーーーーーー!勇者が放った一撃がとうとう魔王に届きました!』
闘技場からナレーションと共に歓声が響く。今下のアリーナでやっているのは、いわゆる台本ありのプロレス的な異能バトルだ。異能の力で派手に戦うのだが、あくまでもお芝居。ストーリーに合わせてサキュバスたちが派手に『魅せるバトル』を行っている。今回の演目は帝国国民ならだれでも知っている勇者伝説のようだ。勇者とそれに従った巫女たちが冒険の果てに魔王を倒すというお伽噺。帝国の皇帝は勇者の子孫だと言われている。実際のところはわからない。考古学的な証拠はなくあくまでも神話でしかないというのが歴史学者たちの通説だ。だが学問上の話はともかく、勇者の子孫という神話は国民には愛されていた。私だって小さい頃は勇者様に憧れていた。その時ふっと思い出した。幼稚園か小学生の頃だっただろうか?母が迎えに来てくれるのを待っていた時、男子たちが勇者ごっこをやっていた。でも皆が勇者になりたがる。それで喧嘩になる。私はその喧嘩を煩わしく思ってた。だからある時から勇者ごっこをする時、勇者になる男子を私が指名するようにした。私が選んだ男が勇者。皆それに従った。ある時母が早めに迎えに来てくれた時があった。私は母に抱き着いた。だけどその時男子たちは皆私の後をぞろぞろつけていた。そして私と母を取り囲んだ男子たちにこう言われたのだ。『今日は誰を勇者にするの?』私は母の目の前で恰好つけたかった。
「私が勇者様!」
「え?勇者?」
突然変なことを言い出したお客さんは目を丸くしていた。
「そうなんです。私小さいころなんですけど、勇者になりたかったんですよ!初めて勇者ごっこで勇者やった時、ほんとうに楽しくって楽しくって」
「珍しいね。勇者ごっこする時、女の子はみんな勇者の花嫁の聖女様になりたがるもんじゃない?君なら皆に聖女様をやってくれって頼まれたんじゃない?」
お客さんもしみじみと幼かった頃を思い出しながら言った。聖女様の役は帝国人の女の子ならだれもが憧れる。
「そうですね。確かに僕の聖女様になってって言われたことありました。でも勇者の方がよかったんです。かっこよくって。素敵で。誰かを助けられて。…お母さんのことも助けられるはずだから…」
私は母を助けたかった。シングルマザーで忙しく働いていた。母は優秀な人なので、貧乏とは無縁だったけど、それでも女一人で子供を育てながら、働いていたのは本当に立派だった。
「お母さんを助けたかったのかい?」
「そうです。いつも疲れて辛そうでした。母はシングルマザーだったんです。私は父のことをよく覚えていません。弟が生まれた時にすぐに出て行ったそうです。そんな母を助けたかった。だから勇者になりたかった。まあサキュバスになっちゃったから今更なんですけどね」
「ああ、そうなんだ…。君は本当にいい子なんだね…すまない。この高級ブドウジュースをグラスタワーで頼むよ!すぐに持ってくるんだ!」
お客さんはなんか勝手に感動して、配膳ドローンに注文していた。私からすれば思い出したことをただ話しているだけ、なのに男には大金を投じるような価値があるらしい。くだらない。ほらね。処女でも男から搾取できるビッチになれるんだよ。財布が空になる前にそのことに気がつくべきじゃない?くだらない。私は本当にくだらない存在に堕落した。勇者はおろか聖女様にだってなれやしない。
「…ビッチ…綺麗な思い出話さえも男を惑わす道具でしかないのか…哀れなことだ…」
アルヴィエ中佐は小さく溜息をついている。その声音には確かに私を憐れむような色が潜んでいた。ドローンがありったけのグラスをトレーに乗せて持ってきた。それをロミオと私以外のサキュバスたちがソファーの前にあるテーブルの上に手慣れた仕草で華麗にタワー状に積み上げていく。出来上がったタワーはヒーテーブルの高さを入れて、ちょうど立ち上がった私の背と同じくらいだった。今はヒールを履いてるから私の方がやや高い。そして私はドローンからぶどうジュースのボトルを受け取って、そのコルクを開ける。勢いよくコルクは天井に向かって飛んで行った。そして私は泡を吹き出すボトルの口をタワーの頂上に向けて、中身を雪ぐ。タワーの上のグラスからどんどん中身が満たされていき、下の方へと伝わっていく。中身すべてを雪いだ後、私は一番上のグラスを手に取って、お客さんの口の方へ運んでいく。
「どうぞ。飲んでください」
「…いただきます…」
女である私の方がお客よりも背が低い。だから私がグラスを持ったままで男に飲ませるならば、必然的に男は膝をつかなければいけない。男は私に膝をついてグラスに唇をつけた。
「ええ、素敵ね。上手。上手よ!あなたすごく上手よ!もっと舐めていいのよ。ほら…美味しいでしょ?」
男の唇から少しジュースが零れる。それは首を伝わって高級スーツを汚していく。なのに男は悦んでいた。私に向かって跪きながら楽しそうに飲み続けた。なんて滑稽なんだろう。この男は外の世界で金と権力を使って好き勝手に振る舞っているのに、この私に跪いてまるで犬の様にグラスを舐めている。それをあまつさえも悦んでいるのだ!ああ、なんて麗しいんだろう!
「ごくっ…ごくっ…ああ…あっ…っ」
男から快感に耐えるような声が聞こえた。きっと微かに残った理性が抵抗しているんだ。でも無駄なの。だって私はサキュバス。男に抗えない夢を見させる悪魔。
「我慢しなくていいんだよ…。私が受け止めてあげるからね…」
私は男の耳もとにそう囁いた。彼はそれで墜ちた。
「あっ……はぁはぁ…」
感情が爆発したお客の体から精気が解き放たれた。そのすべてが私の体に吸収された。
「…んっ~~あはっ…ん!」
私の体を快感が震わせた。思わずグラスを放してしまう。床に落ちたグラスはパリーんと音を立てて粉々に砕けた。その冷たい音が私の余韻を壊してしまい、そのせいで吸精も止まってしまった。
「はあはあはあ…。すみません。ちょっとトイレに行ってきます…」
客の男は上気した顔のまま、いそいそと部屋から出て行った。吸精を喰らうと男も快感を感じるのだという。トイレで果たして何をするのかな?知りたくもない。
「やり過ぎるなと言ったはずだが?」
アルヴィエ中佐が私を静かに窘めた。
「気絶はさせてないんで許してください。あなただって近くに下劣な男がいない方がいいでしょう?」
私はアルヴィエ中佐の耳もとでそう囁いた。彼女だって近くにいる男には引いていた。ならこれくらいはいいはずだ。
「まったく…。お前は未だに弁えないわけだ…」
その通り私は弁えられない。だってビッチだから。弁えることなんて出来ないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます