第28話 気になる彼女について

「ボクはこれから外の企業の人たちと会合があるんだ。だから管理官のアイ先輩…じゃなかった。アルヴィエ中佐を迎えに来たんだ」


「そうですか…外の企業と仕事ですか…」 


 私たちの仕事は基本的にパークの中で完結している。男たちのお相手をする以外の仕事は基本的にはない。だから外の企業と関わるという響きに羨ましさを感じた。


「そうそう。今どきは全部ネットで配信されるだろ?それでスポンサーをつけてたり、うちのファイターたちの商品を作ったりなんかの相談。ビジネスが広がっていくのはなかなか楽しいよね。アルヴィエ中佐がサポートしてくれてね。やっと大きなビジネスになってくれたよ。これで大きな収益を確保できそうだ。次の取締役会でドヤ顔できそうだよ」


 今自分の目はきっと冷たくなっているんだろう。その自覚があった。だからこそユリシーズも私を窘めてきた。


「まだお腹が空いてるのかな?それならいますぐにパークの仕事をやったらいいよ。ボクたちはつねに精気を取り入れなけばいけないんだからね。せっかくそんな可愛らしい服着てるんだ。お仕事しなきゃね」


 私はここで男性相手に媚びを振りまく仕事に満足してない。だから今のユリシーズの言葉にはカチンとくるものがあった。


「いいえ、このデータ解析の仕事がまだ残ってるんで。今日はもうパークには行きません」


「そうかい?ならいいけどね」


 私はユリシーズから視線を離して、パソコンと再び向かい合う。彼女とこれ以上の会話をしたくなかった。


「やれやれ。頑なだねぇ。早く慣れた方がいいよ。どうせ僕たちはここから出ることは出来ないんだからね」


 背中からそんな声が聞こえてきた。思わずマウスを強く握り過ぎてしまい、潰して粉々にしてしまった。出ることが出来ないないなら、今目の前の仕事には何の意味があるんだろうか。私にはそれがどうしてもわからなかった。






 オフィスでの仕事はきっちり定時で終わった。サキュバス・パークはどうやら労基法ちゃんと守ってくれるいい会社らしい。社員たちは皆このまま街へ飲みに繰り出すらしい。当然私は誘われない。仕事を切り上げて、成果物をサーバーにアップした後に、私はオフィスを後にした。管理棟から出て、私は遊園地の地下空間にある食堂に向かった。食堂はサキュバスたちや一般職員たちでいつも賑やかだ。最近はもっぱらここでご飯を食べるのが当たり前になっていた。まるで学食みたいなこの空間が割と好きだった。


「おう。おかえりー」


「ただいまロミオ」


 戻ってきた私をロミオが迎えてくれた。他のサキュバスと一緒に夕飯を食べている。私も適当な定食を注文してトレーに載せて、ロミオの所へ合流する。


「あのゴリラハゲ、お前にどんな無茶ぶりしたの?」


「無茶ではなかったわ。顧客データの統計解析を頼まれたの。これからしばらくはちょこちょこと管理オフィスに出入りすることになるわ。シフトの方の調整をお願いしてもいい?」


「ほう?それはそれは。あのゴリラハゲが珍しくユリシーズ以外のサキュバスを贔屓してんな。まああいつみたいなエリート将校様にとっちゃ、お前みたいな学があるやつは話しやすいだろうしな。いいぞ。シフトは調整しとく」


 ユリシーズが中佐のお気に入り?そういえばちょこちょこ先輩って呼んでるのを聞いたことがあるな。


「もしかしてあの二人って顔見知りなの?」


「おうよ。元々士官学校の先輩後輩らしいぞ。そんでもって同じ部隊だったらしい。なんだっけ?海軍?海兵隊?どっちだけ?そういうところで一緒だったんだとさ」


「なるほど…。そういう繋がりね。軍人さん達ってホント仲いいのね」


「それだけじゃないみたいだぞ。ここだけの話なんだが…」


「どうせみんな知ってる話でしょ?サキュバスの口は女よりも軽いもの」


「風情がない女だなぁ。ユリシーズがサキュバスになったのは帝国軍の海外任務の時だったらしい。テロリストと戦闘中に高密度魔力に晒されたらしいんだが、その時のユリシーズのバディはゴリラハゲだったらしい。だから負い目があるんじゃねぇの?知らんけど」


「へぇ…そうなんだ…」


 贔屓するには十分な理由だとは思った。野蛮人なのは間違いないが、アルヴィエ中佐は割と優しい所もある人だしね。だけどユリシーズはそういうのに甘えるようなタイプだろうか?不思議とそういう感じはあまりしないんだが。


「そういやさ。お前この後どうする?今日はもう上がる?」


「そうね。上がるつもりよ。久しぶりに研究っぽいことやったからクタクタなの」


「左様か。ならいいか。実は今ユリシーズの派閥が外の企業の連中を接待中なんだけどさ。その応援頼まれてんのさ。ユリシーズはお前にホステスをやって欲しいみたいなんだよね」


「私に?」


「そう。お前にな。どう?こういう話はあんまりないぞ。派閥同士で人員を派遣し合うのはよくあるんだけど、ご指名かかるのはめったにない。ユリシーズはお前に興味津々みたいだ」


 ユリシーズが私に興味を持っている。奇しくも私だってあの女に興味を抱いていた。オリヴィアさんは私とユリシーズが似ていると言った。彼女は私と同じようにキャリアパスが絶たれてここにいる。ここで生きていくことの参考になるかもしれない。


「いいわ。その仕事やらせて頂戴」


「お!いいね!やる気があるのは歓迎だ。じゃあ飯食ったらユリシーズの所に行こうじゃないか。俺たちでユリシーズの脳筋派閥に最高のおもてなしを魅せてやろうじゃねぇか」


 私はユリシーズの仕事を受けることにした。




ユリシーズの派閥はいわゆる闘技場を中心とした興業をやっているらしい。他所からは闘技組と呼ばれている。この派閥は主にプロレスのような台本が決まっている魅せることに特化した格闘興業とサキュバス同士の本気の戦闘の勝敗を賭け事にした試合の仕切りをやっているらしい。今回ユリシーズから頼まれたのは、外の企業のお偉いさんたちが闘技場の興行を観戦するので、そのお付きをやって欲しいとのことだった。ようは出張ホステスだ。自分とこの人材だけでは興業でいっぱいらしく、接待まで手が回らないらしい。そして私とロミオとその他応援のサキュバスたちは少しセクシー系のデザインのマーメイドドレスに着替えて闘技場の前までやってきた。


「ねぇロミオ。なんで闘技場の表示がひらがなになってるの?」


「かわいいだろ。バカっぽくてな!実に偏見の中のサキュバス的バカビッチ感があっていい演出じゃないか!」


「頭痛が痛くなりそうよ…」


 闘技場の正面ゲートに掲げられた看板には【とうぎじょう♡】と書かれていた。馬鹿なんじゃねの?少なくとも私の頭は引っ張られて馬鹿になってる。


「こういう小細工が好きなんだよ。男って奴はな!お前だって最近学んだろ?お前が超高学歴なのを客にポロリと漏らすと途端に好感度が下がるってさ」


「ええそうね。吸精効率がガタ落ちするのよね。本当に男って自分より賢い女が嫌いみたいね」


 話には聞いていた。男は自分よりも学歴の高い女とは基本付き合ったりしないと。まだ学生だった私には実感がなかったが、ここに来てそれは本当だと学んでしまった。


「女はアホでおバカな方がモテる。実際はそうでなくても、そういうフリができなきゃ男に好かれない。これどうやら神が定めたもう真理なのだよ」


「神はともかく、自然選択による人間心理の進化については文句の一つも言ってやりたくなったわ。まあいいわ。私は慎ましやかな大和撫子風の女の子のキャラでいいのよね?」


「おうよ。大企業のお偉いさんならそういう女が好きだろうさ。黒髪ロングで楚々とした乙女って奴が大好きだろうよ。これぞ社会的に正しい女の子ですってね!ぎゃははは!」


「まあいいわ。適当にニコニコしてればいいのよね。詰まんない話を聞き流しながらね」


 大企業の偉い人なら基本的に心の闇も深くはないだろう。そういう客相手なら適当に過ごせるし、吸精しても私の心は痛まない。


「あっ!ロミオさまー!ユリシーズの使いの者です!お客さんこっちにいらっしゃるんで、今日はよろしくお願いいたします!」


 ユリシーズの派閥のサキュバスが私たちを迎えに来た。さてちっとも楽しくないお仕事の時間だ。いつも通り頑張ろう。


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