第30話  パンチラよりもギャップ萌え!

 アルヴィエ中佐はグラスタワーから二つのグラスを手に取った。そのうちの一つを私に渡してきた。


「あら?くれるんですか?」


 私はアルヴィエ中佐からグラスを受け取った。


「お前が男から毟り取った物だろうに。哀れな男に乾杯」


「乾杯…」


 私たちは二人だけで乾杯して、男のいなくなった自席に戻る。接待する相手がいなくなったので、自然と緊張感が抜けてリラックスできてしまった。目の前のショーが自然に楽しめる。


『こうして勇者様は魔王を倒して、聖女様と結婚しました。めでたしめでたし』


 お伽噺調のナレーションと共に盛大な拍手が巻き起こっている。確かに出し物としては面白いものだった。この演目ならば女性客にもウケるだろう。そして下のアリーナにドローンやスタッフが集って次のショーの準備を始め、休憩時間に入った。


「このショーならば外でやっても客はいくらでも来るだろう。だが政府はそれを認めない。最近流行りのネットでの動画配信やSNSでの広報もここでは限定的なんだ。理由はわかるな?」


 隣に座るアルヴィエ中佐が気だるげにそう問いかけてきた。下のアリーナをどこか可哀そうなものを見るような目で見つめている。


「お客さんが来すぎるからですよね」


「その通り。それで社会への影響力を獲得されては困る。上はそう考えている。ここには芸達者な美女しかいないが、CMや広告なんかの仕事は引き受けていない。お前たちの魅了は映像媒体でも有効だし、その上それをみただけでも吸精は可能だ。まあその量は直接対面に比べれば効率はガタ落ちするようだがね」


 私たちの吸精は映像媒体を通しても発動する。あるいは電話やネットでの通信越しでも可能。ただ距離が離れると集められる量はガタ落ちになるため、あまり意味はないのだが。だけど社会にとってそれはどれほど悪影響なのだろうか?吸精されることにも快感が伴う。最高のポルノと言えるかもしれない。論文によると昔のサキュバスは権力者の愛人になって悪さするケースが多かったそうだ。では現代はどうか?この高度化したネット社会においてサキュバスはより危険度を増してしまったと言える。ネット全盛期になる前に今のサキュバス保護法がスタートしたのは慧眼だったとさえ言えるのかも知れない。ネットにサキュバスたちの出る動画をアップし、そこへイデオロギーを載せられればどうだろうか?一つの国さえ崩すことが出来るのではないだろうか?


「私はお前たちが嫌いだ。お前たちの存在は普通の女への侮辱そのものだと言っていい。普通の女は日々真面目にあくせく働いているのに、お前たちと来たら男に依存することばかり考えている。そう思ってた」


「思ってた?」


「ああ、お前たちはその生態故に男に依存すること以外の生き方が許されない。どんなに努力して学を身に着けようが、スキルを積み重ねようが、社会に貢献しようが、男たちに媚びを売って精気吸わねば命を繋げない。屈辱だろう?違うか?」


「………」


「沈黙は雄弁だな。お前なんて特にそうだ。名門大学の高位学位を取得した将来のエリート。いずれはそこらの男たちさえ敵わない高収入や人々から尊敬されうる社会的ステータスを手に入れられただろう。だが今や薄っぺらな笑顔でヘラヘラと笑い、軽い言葉ばかり口にして、わざとらしく体をくねらせるだけの生活。得られるはずだった栄光はサキュバスだったという一点でのみ奪われてしまった。…ほら見ろ。出てきたぞ。未来のお前の姿がな。よく見ておけ、化粧というものは鏡を見なければ出来ないのだからな」


『さあ皆さま!長らくお待たせいたしました!本日のメインイベント!!『サキュバス・デューク』タイトル争奪戦だぁ!!』


『『『『うおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』』


 片付けの終わったアリーナにとても大きな円形の台が現れていた。あれが闘技場なのだろう。その上に昇る2人のサキュバスの姿が見えた。私たちのソファー席に彼女たちの顔写真と名前とが表示されたウィンドウが立体映像で表示された。


チャンピオン  序列 3位 『サキュバス・デューク』 ユリシーズ

チャレンジャー 序列15位 『サキュバス・ナイト』  ローランド


『このタイトルマッチはパーク内序列3位に与えられる称号『サキュバス・デューク』の争奪戦となります!挑戦者のローランドが勝てばユリシーズに代わり次の『デューク』に成り上がります!果たしてユリシーズがタイトル防衛に成功するのか?!それとも挑戦者に奪われてしまうのか?!この一戦決して見逃せません!』


「ユリシーズ…」


 今日の試合、お客の目当てはユリシーズらしい。彼女が手を客席に手を振ると大きな歓声が巻き起こる。彼女はまるで騎士道物語に出てきそうなヒーローのような鎧姿だった。今風のミニスカートな姫騎士とかではない、ちゃんとしたズボンを履いている。首から下に露出は一切なかった。あえて肌を曝していると言える部分があるとしたら、ポニーテールにしたうなじくらいか。武器は諸刃の大剣


「すごい正統派ですね。サキュバスじゃないみたい…」


 対して対戦相手の肩にかかるくらいの明るい茶髪に金色の瞳のサキュバス、ローランドは可愛らしい今風のアニメみたいな姫騎士っぽさがあった。プリーツスカートは短いし、胸の谷間は見えてるしで、男たちの視線をよく集めてる。実際今の段階でもある程度の精気は彼女に集まっているのが見える。


「…はっ。すぐにわかるさ。ユリシーズはサキュバスの本能に膝をついた女だとね」


 だんだんと対戦の緊張が高まっていく。それにつれて会場も静まり返っていく。そしてゴングの音が鳴り響いた。


「やぁああああああああ!」


 先にしかけたのはローランドの方からだった。勢いよくサーベルでユリシーズに突きを放つ。それをユリシーズは構えていた諸刃の大剣で軽く払う。だがローランドの攻撃の手は止まらない。そこから鋭い突きの連続で繰り出す。いくつかはユリシーズの剣の防御を潜り抜けてヒットした。それによってユリシーズの服の一部が切り裂かれて肌の一部が露わになった。染み一つない滑らかな肌にはどことなく淫靡な印象を感じた。


『ローランドが先制を決めてくれた!!この突きの鋭さにはさすがのユリシーズも戸惑うばかりかぁ?!』


 ナレーションの煽りで会場がさらに沸き立つ。それによって勢いに乗ったのか、ローランドの猛攻はさらにボルテージを上げていく。


「わたしは突きだけじゃないんだよ!喰らえ!」


 ローランドは剣に魔力を込めてさらに斬撃を放っていく。以前の私にはわからなかっただろうが、今の私にはわかる。ローランドの技は学生レベルじゃない。まさに異能バトルのプロの水準にあるのは間違いがない。一撃一撃が必殺級の重い斬撃だ。あとついでに言うと剣を振るうたびにスカートがチラチラしてパンツが見えてた。そのたびに観客から精気が放たれていた。そしてその精気を吸収してローランドはどんどん強くなっていく。


「うおおおおおおおお!ユリ!今日こそ私が勝つ!」


「くっ!これはなかなか!腕を上げたねローラ!」


 激しい猛攻にユリシーズは押されていった。諸刃の大剣で防いではいたが、それが良くなかった。


「諸刃の剣って本当に自分を傷つけるんですね」


 ユリシーズは剣戟を防ぐたびに、自身の剣が自分の体の方へ押し込まれていった。そのせいで自分の服を切り裂いてしまっていた。ゲームとか漫画とかじゃ諸刃の剣はよく見るけど


「ああ、だから普通、刃物っていうのは諸刃にはなっていない。自分の剣が押し込まれた時に自分の身を引き裂いてしまうリスクがあるからだ。諸刃の剣っていうのはもっぱら儀礼でしか用いないものだ。戦闘で使う奴はほとんどいない。少なくとも私は実戦では見たことがない。もし諸刃の剣を持っている奴が敵にいたら、私だったら素人と見做すよ。それくらい使い勝手が悪いんだ」


「じゃあなんでユリシーズは諸刃の剣なんて使うんですか?元々は軍人さんですよね?戦闘慣れしてるならそんな武器選んだりしないような気がするんですが」


「答えてやってもいいが、自分で見て考えるのが一番いいだろう。ヒントはくれてやる。あいつがサキュバスだから諸刃の剣を選んだんだ。以上だ。その高学歴な頭で考えてみろ」


 サキュバスだから選んだ。それはつまりサキュバスの特性故にということだろう。自分の体を傷つけるリスクを負うこと以上のリターンが諸刃の剣にある。


「必殺!真・光龍・エターナル・暗黒・ソードセイバー・改・刹那斬!いやあああああああああああああああああああああ!」


 ローランドの剣が白と黒の相反する色の魔力光に包まれていた。そしてそれをユリシーズに向かって、横薙ぎで思い切り放った。光なのか闇なのか?真であり改であるってなんだよとか、ソードにセイバーって二重表現じゃね?とかいろいろとツッコミどころ満載な謎な必殺技だったが、威力だけはガチだった。ユリシーズはそれを剣で防いだのだが、そのまま思い切り押し込まれてしまう。そしてそのまま吹っ飛ばされて、リングの上をゴロゴロと転がっていく。


「あれ?吹っ飛ばされた?もしかしてユリシーズって言うほど強くないんですか?」


「そんなことはあり得ない。あいつは帝国軍でいくつもの勲章を得た兵士だった。弱いなんてことはない。なあ、お前には精気の動きが見えるだろう。ローランドはさっきからスカートの中をチラつかせて客から精気を掻き集めてる。それで自身を強化してる」


「そうですね。パンツ見えるたびに精気を集めて強くなってます」


「サキュバスの戦闘には精気が必須だ。だからより性的アピールに富んだ方が優位に立てるということになる」


 つまりパンチラブラチラしたものほど、強くなるのである。ほんとバカみたいな性質だと思う。だけど以前ユリシーズと戦ったときはそのせいで負けた。

 

「でもそれならユリシーズは不利ですよね。あんなに色気のない恰好だと精気を集められないですもの」


 アリーナのユリシーズはしばらく蹲っていたが、剣を杖代わりにして立ち上がった。諸刃の剣で必殺技を受け止めたせいで、押し込まれた自分の剣の刃で体の正面がバッサリと着られている。肌そのものには傷はないが、服と鎧は真っ二つになっていていてお腹から胸までの肌が露わになっていた。幸いと言っていいのか乳首には不慮の露出事故を避けるためのシールが張ってあったので見られることはなかった。だけどそれは逆にエロく見えなくもない。


『ひゅー!』『やるじゃねぇかローラ!』『いいもん見させてもらったぜ!!』『美しい…』


 曝されたお腹から胸までの肌を見て客のテンションは爆上がりしている。そして彼らから精気が放たれる。


「あっ…。そう言うことなんだ…」


「やった気がついたか。そうだ。諸刃の剣を使うのは、肌を徐々に曝していくためだ。そして相手の技を喰らったときに派手に自分の服を切り裂くための工夫なんだよ。つまりあれは演出だ。精気をより深く効率よく吸い取るためのな!」


「ギャップ萌えって奴ですか…くそビッチ…!」


 そういまや会場の男たちの興奮のすべてはユリシーズに向かっていた。ずっと肌を見せず、色気も抑えていたのはこのためだった。清楚な女が肌を見せるからこそ、その落差に男たちは感動し興奮する。ユリシーズはその感情の落差をわざと演出している。


「相変わらずいっぱい精気掻き集めてるわね…。はぁ。また届かなかったかぁ…今日は行けるって思ったのになぁ…」


「いや、とてもいい技だったよローラ。でもまだ君にこの地位を譲ってあげるわけにはいかないんだ。最近気になる子がいてね。その子のことを高みで待っていたいんだ。すまないけど今日は負けてもらうよ」


 ユリシーズは胸元をわざとらしい仕草で押さえながら剣を天高く翳す。魔力と共に、掻き集めた精気を剣に纏わせていき、そして。その剣をローランドに向かって振り下ろした。


「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」


 剣から放たれた光の衝撃波がローランドを飲み込み吹っ飛ばした。彼女の服はその衝撃でびりびりに破けていった。そしてパンツとブラだけになった彼女はリングの外に吹っ飛ばされてそこで気絶してしまった。


『決まったーーーーーーーーーーーーー!ユリシーズの大・逆・転!乙女の肌を曝した不届き者に天誅を見事に下して魅せた!勝者!ユリシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーズ!!!』


『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』』』』』』


 迫力のバトルと馬鹿みたいなエロティックによって観客の興奮は最高潮に達した。ありったけの精気が客席より放たれてアリーナの二人に注がれていく。見たところ7:3でユリシーズの分の精気が多い感じだ。


『『『『『『ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!』』』』』』


 そして巻き起こるユリシーズコール。彼女の勝利を皆が讃えている。ユリシーズは客席のあちらこちらに手を振ったり礼をしたりする。そしてとうとう私たちのいるVIP席の方へと顔を向けた。


「っ…なんでそんな顔して笑ってるの…」

 

 私とユリシーズの目が合った。その時彼女は寂しそうに笑ったのだ。私にはそれが彼女からの問いかけに見えた。


『どうせここからは出られない』


 ユリシーズは私にそう言った。彼女の今の戦い方はサキュバスとしての特性を極めたものだった。私は思わず両手で自分の体を抱いた。


「源氏名はお前たちの元の身分を隠すための工夫であり、同時に変化を強制するための呪いだ。あいつはここに適応してしまった。昔の彼女はもうどこにもいない。ユリシーズという名を得て、あいつはサキュバスへと堕落した」


 アルヴィエ中佐は悲しそうにユリシーズのことを見下ろしていた。


「私の可愛い友人はもうこの世界のどこにもいないんだ。サキュバスという事象がそれを奪ってしまった。だから私はお前たちが嫌いだ。お前たちは女から尊厳を奪い去ってしまう悲しい生き物だから…」


 目の前のテーブルに空のグラスを置いて、アルヴィエ中佐は立ち上がる。そしてVIPルームにいる男性客たちに言った。


「皆さま。当パークのエンターテイメントはお気に召していただけましたか?」


「ああ、勿論だよアルヴィエ中佐!我々はあなた方と契約を結びたい!是非ともスポンサーにならせて欲しい!この通りだ」


 男たちはアルヴィエ中佐に頭を下げた。彼らはサキュバスの接待攻勢によって骨抜きにされたのだ。もうこのパークの魅力に抗えない。アルヴィエ中佐は頭を下げる彼らのことを鼻で嗤っている。それなのに何処か悲しそうに見えてしまった。

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