第16話 大人の遊園地のデートデビュー

 実家を飛び出して、しばらくは地元をフラフラとうろついていた。お友達とか知り合いとかそういう人に会いたかったけど、よくよく考えたらほとんどそういう人間がいないことに気がついた。母に言われた通りに人目を避けるように生きてきた。その結果がこの様だ。この社会には私を待っていてくれる人が一人もいない。弟は待っていてくれたけど、さっき私がそれをぶち壊してしまった。行く当てなんかない。どこにもない。


「サキュ・サキュ・サキュ・サキュ!サキュ・サキュ・サンキュー・サキュバス!最高の夢を見させてあげる…」


 すぐそばを通りがかった人の携帯からすごく間抜けな歌詞のあほくさい歌が流れてきた。画面を覗き込むと「帝都サキュバス・パーク」のPVが流れているのが見えた。動画の中の女の子たちは皆美人で楽し気な感じにお客さんをエスコートしてた。それを見て無性に腹が立った。こんな連中がいるから私はこうして居場所を、家族を、すべてを失った。私はすぐに駅に向かい、電車に飛び乗り帝都サキュバス・パークへ向かった。サキュバス・パークは帝都の郊外にある。大きな駅から支線がわざわざ引っ張ってあり、事実上の観光線路になっていた。だから私以外の乗客は皆男ばかりだった。隅っこの方に私は陣取ったが、すごく怪訝そうな目でじろじろと見られた。なんとも言えない気まずさの中電車はサキュバス・パークに到着した。駅から出て陸橋を渡るとすぐにパークの正門が見えた。朝見た時と違っておそろしくギラギラと輝いていた。目に沁みそうなくらい攻撃的な光。そして微かに甘い匂いを感じたような気がした。これがサキュバスの匂いかも知れない。そう思うと鼻が曲がりそうになるくらいに不快に感じられるから不思議だった。どうせ自分からも同じ匂いが出ているだろうに。ゲートに近づくと守衛に帝国軍の女性兵士たちが歩哨に立っていた。今更ながらに気がついたが、パークの職員もすべて女性のようだ。それも当然か。もし男が看守なんてやったら、彼女たちは脱走自由になってしまう。監獄として意味がない。女の形をした怪物たちと、それを見張る女。何と滑稽だろう。結局は男たちが持て余した災害を女に押し付けたってことだ。イライラする。私はゲートをくぐる。センサーが私をチェックしてきたが普通に通れた。


「あれ?新入りじゃん?どうした?今日は外泊だろう?!もう外の世界に飽きちまったのか?ここで男に媚びる方がやっぱり楽しいのか?ははは!」


 守衛の兵士に揶揄われて頬が赤く染まるのを感じた。悔しい。飽きてなんかない。全部奪われたんだ。サキュバスの呪いが全部全部全部!私から何もかも盗っていた。私はふしだらでも、淫乱でも、ビッチでもないのに!私はせめてもの意地で兵士たちを無視してパークの中へ進む。後ろからはずっと笑い声が響いている。




 パークの中は普通に遊園地だった。少し遠くに大きな城が聳えている。そしてメリーゴーランド。ジェットコースター。様々なアトラクション。オシャレなレストラン、カフェ、バー。外と違うのは歩いている女たちだけだろう。皆外の世界だったら一生に一度会えるか会えないかレベルのスタイルの良い美人ばかり。皆可愛らしい服装かあるいはセクシーな服なんかを着ていて、男性客の腕に絡みついていた。デートの相手か何かを務めているみたいだ。一緒にアトラクションに乗ったり、食事を楽しんだり、お酒飲んだり。


「媚びてんじゃねぇよ…」


 ぼそっと口からそんな言葉が漏れてしまう。艶やかに楽し気に微笑む彼女たち。それに鼻の下を伸ばす男たち。ここは地獄だ。地獄の底だ。おぞましい。醜い。淫ら。


「あれ?おい!新入りじゃん!どうしたこんなところでなにぼーっとしてんだよ!」


 後から声をかけられた。ふりむくとそこには男の腕に抱き着いてるロミオがいた。どういうわけなのかセーラー服を着ていた。彼女だけではなく他にサキュバスと客のカップルがいた。寮で見た顔ばかりだ。皆何故か無駄にスカート短いセーラー服。客は学ラン。なに?コスプレ?


「お前今日外出じゃないの?ババアとゴリラハゲからはそう聞いてるけど?」


 答える気にはなれなかった。お前らサキュバスがゴミみたいな生き物だから私も同類扱いされて駄目になったよって言えばいいのか?言ってやってもいいけど、母が言っていた通りこいつらの頭にそれが理解できるとも思えない。だってビッチだもの。男に媚びることしかこいつらの頭にはないんだから。


「おいおい。なんだよ。無視か?だけど暇みたいだな?なら仕事しろ仕事!キャストが足りないんだ。お前も客をエスコートしろ」


 そう言ってロミオが近くにいた男性客を私の前に連れてくる。不思議なことに男の顔を見た瞬間、空腹感を感じたのだ。昼には弟の精気を吸ったのに足りてない。


「うちの常連さんの一人だ。今日は運悪く贔屓の子がいなくてな。あぶれちまったんだよ。お前はちょうど学生服着てるしちょうどいいよな?」


 馬鹿にしてんのか?そのよくわからないセーラー服よりも天下のウェスタリス大学付属の制服の方がずっとずっとグレードが高いんだぞ。


「よろしくお願いします…新入りさん。その制服良くお似合いですね。知的なクール美人さんとデートできるなんて嬉しいです」


 客の男が照れながら私に挨拶してきた。私は返事をしてないのに、了承したと取られてる。私に拒否権はない。そうか、そうだね。媚びるしかないんだ。媚びて媚びて媚びて、そして奪い返すしかない。


「ええ、今日はよろしくお願いしますね。でも…その…私、男の人とデートするの初めてなんです…優しくしてください…」


 私はおずおずと客の男の腕に抱き着く。最初はゆっくりとおっかなびっくりに。そして最後はぎゅっと強く掴まる。


「え!はは!そうなんだ…。俺が初めてかぁ…へへへ」


 客は何を勘違いしているのかデレデレと笑っている。ああ、可愛いね。とてもとても可愛い。そう、可愛らしくて美味しい餌に見えてきた。


 

 私たちのグループは園内のあちらこちらを回った。客の男たちは同じ大学の友達同士らしい。常連の男が誘ったのだとう言う。物見雄山のつもりで彼らはやって来た。きっと上から目線でパークで遊んで帰ってからSNSで意識の高いオナニー評論をネット上に垂れ流すつもりだったんだろう。最初はそんな感じに見えた。サキュバスたちを何処か侮蔑的に見ていた。だけど彼らの態度はすぐに豹変した。一緒にデートしているサキュバスたちにドンドンと骨抜きにされていった。そして馬鹿みたいに金を吐き出していく。恐ろしい手練手管。たしかにこれは隔離が必要だ。彼女たちが社会に解き放たれたら、いくら金があっても足りないだろう。男たちはなすすべもなく搾取され続ける。間抜け共だ。


「へぇ。株式のデイトレをやっていらっしゃるんですか?私気になってるんですけど、この間の株式の変動ってやっぱり帝国大蔵省の事務次官の発言が原因なんですか?」


「うん。そうだよ!事務次官がSNSで発言してから10時間後に売り注文が殺到したんだけど、どうやら市場は彼の発言をネガティブなものに捕らえたらしい。でもよく聞けばあの発言はむしろプラス材料であって、長期的に見れば株価も上がる。実際僕はうまく売り抜けたよ!そこそこ儲かったんだ」


「それはすごいですね。賭けに出れる人ってかっこいいと思いますよ」


「それほどでも…ふふ」


 不思議なもので私も客と話が盛り上がっていた。男の子って不思議だ。私は聞きたいことだけ聴いてるのに勝手にご機嫌になっていく。馬鹿なんだろうな。どうしようもなく。でも楽しそう話す姿はどうにも悪くない気がした。


「ねぇさっきから気になってたんだけど、どうしてそんな顔を隠すような眼鏡をしてるの?」


 メリーゴーランドの待ち行列の一番後ろに私たちのグループはいた。その時に客の男は私の眼鏡について話を振ってきたのだ。


「そういや気になるな。なんでそんなだせぇ眼鏡してんだ?オレたちの数少ない取り柄のサキュバス・プリティフェイスが不細工に見えるとか逆にすげぇよその眼鏡」


 隣にいたロミオも話に乗っかってきた。他のサキュバスたちも気になるみたいでこっちを向いてたし、男たちもそうみたい。


「これ?これはお母さんとの思い出なんです。お母さんが私に良く似合うからってくれたんですよ。素敵なお母さん。私の大好きな尊敬すべきお母さん。だからずっとずっと肌身離さずにつけてるの。これが私をありとあらゆるものから守ってくれる」


「お、おう。なんかわりぃなダセって言っちまって。許してくれ」


 出会ってからずっと偉そうにしてるロミオがなんか殊勝な態度で私に謝ってきた。別にいいよそんなの。ビッチの御免なさいなんて何の意味もないんだってさっきお母さんに学んだんだから。


「いいよ別に。気にしないで。確かに似合ってないもの。この眼鏡。レンズが大きすぎるし、フレームも太すぎる、何より変な細工のせいで他の人から見ると瞳が小さく見えるように出来てる」


 この眼鏡は特注品なんだ。魔法工学的デザインを用いて人の顔を醜く見せかけることができる。私が人にご迷惑をかけないようにするために母が用意してくれた品だ。これが母の愛なのだ。…ずっと現実を見て見ぬふりさせてくれた眼鏡。


「でもその眼鏡あるから、なんか親しみやすい感じがあって、可愛かったです」


 私がついたお客の男が頬を染めて私を可愛いと褒めた。ああ、なんて素敵な言葉なんだろう。未だに言われ慣れなくて、心の裏側がくすぐったくなる。だけどどこか高揚感で心臓がトクンと跳ねるんだ。私は眼鏡を外して手に握る。そして髪をかき上げながら、客の男の顔を上目遣いで見上げる。


「私、かわいい?」


「ええ、とってもかわいいですよ!」


「そう…ありがとう…!」


 その瞬間、私の魅了に囚われた客の男の体から、ありったけの精気が放出された。キラキラ輝くそれはすべて私の体に取り込まれていく。


「あっは…!ははは!んっ…あはっ!」


 快感が体の芯を震わせて、空腹感は一瞬で満たされた。そして客の男はありったけ吸われてしまってその場に倒れてしまった。


「おい、てめぇ!何やってんだよ?!客を気絶させるまで吸うとか馬鹿じゃねえの?!」


「何が悪いの?私のことを可愛いって言ったじゃない。なら全部貰ってもいいでしょう?違う?ねぇ、あなたたちもそう思わない?私のこと可愛いってそう思うでしょ?」


 私はロミオの抗議をスルーし、眼鏡の蔓を甘嚙みしながら男たちにそう尋ねた。すぐに男たちが魅了にかかったのがわかった。彼らからも吸精が始まる。


「おっと!させねぇよ。ねぇ、お願いがあるんだけどいい?」


 ロミオは自分がついていた客の男にしなだれかかって甘く囁く。


「え?何?何でも言ってロミオちゃん!」


 男はちょっと興奮して上ずった声で答えた。


「あの白馬に二人で乗って欲しいの。あなたが手綱をひっぱって、オレは後ろから振り落とされないようにぎゅっとしたいの。だめ?」


「いいよ!めっちゃいいよ!しよう!一緒にお馬さんに乗ろう!」


 男はみっともなくロミオの御願いを聞き届けた。その光景を想像したのか、すごく顔がだらしない。他の客たちもそうだ。サキュバスたちが何かを甘く囁いたらしく同じようにアホ面晒してる。だけど全員にかけた私の魅了はそれで解けてしまった。吸精がそれで空振りに終わる。


「魅了は異能の力じゃない。だからこういう風にもっと可愛い態度ですぐに解除できる。この世界で自分が一番かわいいなんて思うんじゃねえぞブスビッチ」


 ロミオが私のことを暗い笑みを浮かべて睨んでた。他のサキュバスたちもまた私のことを睨んでる。一触即発の雰囲気。実際ロミオ以外のサキュバスからは殺気が漏れてきてる。学校で剣術をコピーしたからこそ暴力の雰囲気の詳細がなんとなくわかるようになってきた。そして周りの客たちも私たちの空気の以上に気がついたのだろう。遠巻きにざわざわしてる。


「しかしやらかしてくれたね。吸精事故とかマジで勘弁してほしいね。あのゴリラハゲは始末書出すたびに小言がうるせえんだよ…まったく…そうだ!なかったことにしよう!」


 ロミオはポケットから携帯を取り出して何処かへとかけた。


「あっもしもし?オレ様だけど。うん。そう。すぐに来てくれないか?新入りが一匹イキリ散らしててさ。一発しばいてやってくれよ。じゃあよろしくー。ふぅううう。…きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!悪魔よ!悪魔が出たわ!」


 ロミオは電話を切った後、私を指さしながらわざとらしい悲鳴を上げる。悪魔?夢魔ならわかるけど?それなら自分もそうだろうに。そう思ったのだが。何故か私の体から謎のドブみたいな色のしたオーラがメラメラと立ち上がり始める。


「あれ?何このオーラ?…私の魔力じゃない?ていうかただの光学魔法?」


 そのオーラはただの映像だった。最近流行りのAR魔法の一種のようだ。光学魔法で創った映像レイヤーを私の体に重ねてるだけ。魔法の発動は近くにいたロミオの取り巻き達がやっていた。なにやってるんだろう?こんなもの意味ないのに。だけど周りの客たちは違った。何か私の方を見ながら楽し気にニヤニヤしてる。


「皆!聞いてくれ!あの伝説の悪魔が出たぞ!かつて勇者が追い払った魔王が召喚したという恐ろしい悪魔の一柱が現代に蘇って女の子に憑りついちまったんだ!みんな!助けを呼んでくれ!皆も知ってるだろう!勇者は困っている人たちの叫びを決して見逃したりしない!呼ぼうぜ!俺たちの勇者様を!」


 ロミオが私の周りを舞台役者みたいにくるくると外連味の聞いた動きでくるくると回って客たちに呼びかける。その時にやっとわかった。何かのショーを始めたのだ。そして客たちから謎のコールが沸き起こる。


『『『『『ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!ユリシーズ!』』』』』


 誰かの名を彼らとサキュバスたちが叫ぶ。すると。


「ボクを呼んだのは君たちか!帝都サキュバス・パーク、序列第3位サキュバス・デューク、ユリシーズがここに参上仕った!」


 空の方から私の目の前にロングドレスを着た女の人がこれまた煌びやかなAR魔法と共に降り立ってきた。金髪に緑色の清楚な雰囲気の美人。ドレスのあちらこちらにはプレートメイルが張り付いている。最近流行りの姫騎士って奴だろうか?ユリシーズは剣の切っ先を私の方へ向ける。


「さあ、穢れなき乙女に憑りついた悪魔め!このボクと勝負しろ!ボクが勝ったら潔くその乙女から出ていくんだ!」


 どうしよもない茶番劇が始まった。だけど客たちはすごく盛り上がってる。


「まじかよ!場外試合だ!」「ユリシーズのバトルがこんな至近距離で見られるなんて!」「今日はドレス着てるのか…可憐だ…」「おーし!そこのドブスにわからせてやれ!」「ブスをぶっとばせ!」「ブスをミンチにしろー!」


 サキュバス共がブスブスうるさい。だけど目の前のサキュバスはすごく人気があるようだ。たしかに少しその理由に納得しかけた。ユリシーズからは清楚な雰囲気が漂っている。清廉な騎士のイメージがそのまま具現化したような綺麗さ。


「私が勝ったら?どうするの?あなたは何をしてくれるの?」


「それは意味のない問いだよ。なぜならボクが必ず勝つからだ。君は大人しくここでやられるんだよ。新入りくん」


 ユリシーズは不敵にかつ大胆に笑った。そこには周りのサキュバスのような淫靡な匂いは何もない。快活で爽やかな空気がこのサキュバスにはあったのだ。


「ほら!これ使え!」


 ロミオが私の方へ剣を投げてきた。私はそれを掴み鞘から抜いた。ようは決闘しろと言うことだ。いいだろう。ここにいるサキュバスはどうせ言葉じゃその愚かしさを理解できない者ばかりだ。なら剣を交えた方がずっといい。わからせてやろう。


「ではいざ尋常に勝負!」


 私は剣を構えて、ユリシーズに斬りかかった。

 


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