第17話 決闘とパレード~パンチラはロングスカートの方が映える~

 私はユリシーズに軽めの突きを入れた。ユリシーズはそれをふっと横に軽やかにステップを踏むだけで回避して見せた。正直な気持ちで言えば、その姿は綺麗だなって思った。まるでダンスしているみたいで。だけどこれは決闘だから、私は一切手を抜かない。私がクラスメイトから吸精でコピーしたこの剣技には様々な型がある。その中には突きを躱された時用の技もちゃんとある。魔力を剣に流し、そのまま横切りへと剣筋の軌道を変えた。


「あら?なかなかいい流派を盗んだみたいだね。でも甘いよ!」


 ユリシーズは私が横に薙いだ剣を上体を逸らすことで回避した。私の剣は彼女の大きな乳房の上をギリギリで通っていく。というかよく見ると胸が揺れてる…。プレートメイルに見えるけど、どうやら柔らかい素材で出来ているらしい。この私から見れば間抜けな風景は男たちには違った。揺れる胸に興奮したらしく、歓声が巻き起こった。そしてそれと共に精気が放出されるのが私には見えた。それらすべてはユリシーズの体に取り込まれていく。


「ちっ!吸精?!戦闘中に?!このビッチ!」


 胸がむかむかとした。この清廉そうな騎士相手の決闘ならばサキュバスらしさとは無縁だと思ってた。なのに裏切られたような気分だ。


「なるほど、君はまだサキュバスの戦い方がわかってないみたいだね。君は真面目過ぎるね。サキュバスって言うのはこう戦うんだよ!」


 ユリシーズは上体を逸らしたところから、バク宙して足を跳ね上げた。彼女のドレスのスカートがふわッと広がって、中に隠れていた黒の下着とガータベルトが衆目に晒される。周りの観客たちの視線は彼女の股に集中しているが、私は彼女の足の方にこそ注目していた。なぜならばその足は真っすぐ私の腹を狙ってきていたからだ。すぐに体の正面に剣の腹を翳して、蹴りから身を守る。だけどユリシーズが精気で強化しただろう恐ろしい脚力のせいで、私の体はそのまま宙に浮かんでしまった。観客から放出された精気がまたもユリシーズに集まっている。なるほど、ああやって性的魅力を周りに振りまくことで吸精を行い自身を常に強化できるわけだ。何だよこのふざけた戦い…!私たちは剣を振り回しているはずなのに、結局胸を揺らし、尻をふっているだけ。サキュバスはどこまで行ってもサキュバス。ならせめて私は戦闘中に吸精を行わないであいつに勝って見せる。私は誰かに媚びて勝ちたくない。誰にも媚びずに生きていけるんだと証明したい。ビッチなんかじゃないんだってわからせたい!


「…っあ…ン…っそんな、どうしてなの…あん…」


 だけど空中で私の体を吸精の快感がびりッと走った。それも結構な量だ。だから着地してから私はいきなり覚悟もなく吸ってしまった精気の痺れに必死に耐えた。体を押さえてしばらくするとしびれが止まった。何が原因で発動した?吸精は魅了が条件のはず。私は何もしていないはずなのに…!


「いいね!そういうお芋臭い、真っ白なおパンツ!!オレたちサキュバスには逆にありだな!よっ!清楚系ビッチ!ぎゃははは!」


 ロミオが私のことを指さし笑ってた。他のサキュバスたちもクスクス笑ってる。それで気がつけた。宙を舞っている間にスカートの中を覗かれたんだ…!体が震えるくらいに恥ずかしさを感じた。今更だけど思わずスカートの裾を抑えてしまう。


「くくく、いい顔してるね、新入り君。見てみなよ。なかなか艶やかだよ」


 ユリシーズは何処か優し気に笑っていた。彼女は持っていた剣の刀身の腹をわたしに向けてくる。儀礼用と言うか、ショーの為の剣なのだろう。刀身は鏡の様にピカピカしていて、そこに私の顔が映っていた。頬を微かに赤く染め、瞳は濡れていて、口元はやらしい笑みで歪んでいた。


「…え…?違う・・違うの…そんなの違う…!」


「違わないさ。男たちの視線を集めてその快楽に君は酔ってるんだよ。淫らに咲いた雌の笑みさ。かわいいよ、新入り君!」


 ユリシーズは私の方へ一気に距離を詰めてきて剣を振るう。するどい一撃。だけど知識はあったから避けることはなんとか出来た。そのままユリシーズは突きや払いを多彩に織り交ぜた剣技で猛攻してくる。いずれの動作にも隙がなく、カウンターを叩き込む余裕がまったくない。それどころか微かに剣が私の体に届き始めていた。


「君は吸精で剣術の知識をコピーした。それも結構強い子から盗めてる。だから僕の剣筋を読んだりすることはある程度できる。だけどね、勘違いしちゃいけないよ。サキュバスの技能のコピーは、コピー元を超えることはできないんだ。そっくりそのままコピーするだけ。だからオリジナルが対処できない攻撃は…!」


 一瞬ユリシーズの剣がブレた気がした。そして次の瞬間には剣筋が目で追えないくらい速くなった。


「加速魔法・・?!」


「違う!速くなんてなってない!これは魔法ではなく武術の手管だ!」


 消えたはずの剣はいきなり私の胸元に現れた。その切っ先は私のシャツを切り裂いていく。


「これは古武術の技の一つだよ。古武術って言うのは合理性の塊でね。手首の返し方をちょっと工夫するだけで、敵の意識の外側に剣を『置く』ことで、剣の軌道を認識させずに済むんだよ」


「手品師の使うマジックみたいなものね」


 マジシャンは観客の視線を操って、トリックを隠すという。今の技はそういうのの類というわけだ。


「そういうこと、ところでさ?どう?今気持ちいいんじゃない?」


 ユリシーズの視線は私の胸に注がれていた。私のシャツはバッサリと切り裂かれていて、中のブラジャーもちょうど真ん中で切られていた。そのせいで乳房が解放されてしまう。私は両手でそれを覆い隠す。これがよくなかった。観客たちの興奮は最高に高まった。私の体にありったけの精気が集まってくる。


「ア…ン…だめ…だめなの…だめなのに…かんじちゃだめなのに…ちがう…ん…ああ…あはっ…ンン…あああ!」


 胸がきゅんと締めつけられて、お腹の奥底から電流みたいに快感の波が次から次へと体を震わせ続ける。私は立っていられなくなってしまい、その場にへなへなと腰砕けになって座り込んでしまう。握力が抜けてしまい、剣も持っていられなかった。


「悪魔っこは戦闘不能だぁぁ!ユリシーズの勝利ーーーーーーーーーーーーーー!」


 マイクを持ったロミオが叫ぶ。そして観客たちもまた叫び声を上げた。


『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』』』』』


 歓声と口笛。何処からともなく勝利を告げるbgmが響き渡る。ユリシーズは観客たちにカーテシーしたり、手を振ったりして勝利をアピールしていた。そして私の傍にしゃがむ。


「わかったかい?君はもうサキュバスだ。人間の女の子じゃない」


「違う。私は人間の、正しい女の子なの…」


 ユリシーズは私の顔を覗き込んでくる。そのまま顔を近づけてきた。このままだと頬と頬がくっつきそうになる。私はそれが嫌で、後ろへと仰け反る。だけど彼女はまだ顔を近づけてきた。


「おい…ごくっ…あれって」「しっ!黙ってろ…俺は見たい…」「ああ、見たいな…」


 観客たちが頬を赤く染めて私たちをじっと静かに見ている。サキュバスたちも顔を手で覆ったり、頬に手を置いていたり、何か落ち着きない様子で私たちをじっと見てる。私は怖くなった。ユリシーズから少しでも離れようと後ろへと体を動かす。だけど両手は塞がっていたらちっとも動けない。そんな無駄な努力は迫ってくるユリシーズには敵わなかった。とうとう彼女は私に覆いかぶさった。体の正面が微かに触れ合っている。だから目の前に彼女の綺麗な顔が見える。まるで王子様みたいな凛々しさ。だけど瞳の奥には淫靡な影がちらついていて。


「君は綺麗だね。清楚な…まるで穢れの無い白百合のような…」


 私の背中は地面についてしまう。背中にはブレザー越しに冷たさを感じているのに、体の正面は今にも触れそうなくらい熱く感じる。

 

「…いや…やめて…」


 ユリシーズは私の髪を優しく撫でる。やらしさはまるで感じなかった。彼女の手から伝わってくる感触はとてもあたたかくて心地がいい。


「柔らかい唇だね。誰かに許したことはあるかい?」

 

 彼女の右手の一指し指に顎をくいッとあげられて、親指が私の下唇を撫でる。


「…ないよ…だれにもさわらせたことないの…」

 

 そして彼女の唇がゆっくりと近づいてきて、私は観念して目を閉じる。すぐにとても柔らかい感触を唇…ではなく頬っぺたに感じた。


「ふぇ?」


 目を開けると私の頬にキスしているユリシーズが見えた。すぐに彼女は唇を離した。きっと今の私はすごく間抜けな面してるに違いない。


「フフ。おバカだなぁ。人前でキスなんてするわけないだろ?ボクは初めてのキスは二人きりの時にするって決めてるんだ」


 ユリシーズは立ち上がり、周りに向かって良く通る声で宣言した。


「諸君!これで悪魔は去ったぞ!パークに平和が帰って来たのだ!」


「熱いバトルだったぜ!」「綺麗でした!」「尊すぎるようぅぅ!」「ざまぁ!ブスざまぁあああ!」「楽しかったよ!」「ユリシーズお姉さま!私たちにもぉ!」


 観客から大きな拍手が巻き起こる。みんな楽しそうに私たちに微笑んでいた。中にはどうしてなのか感動の涙を滝のように流している男もいた。


「…あれ…?なんで…?ふぁ…!」


 なぜか魅了もしていないのに吸精がはじまった。それは私だけなくユリシーズもみたいだった。周りの客から集まった精気を私たちで等分している。そしてこの吸精はいつもの奴と違った。いつもの奴は体を乱暴に揺さぶる暴力的な快感なのに、今私の体を包むこの快感は、とても心地が良くて優しい。心をじわりと温めていくような感じだった。


「気持ちいいかい?」


「はい…気持ちいいです」


「サキュバスは精気を吸う。精気は心が揺れるときに出てくる情報」


「情報?…だから技がコピーできたんだ…」


「そうだよ。精気の正体は心から放たれる情報。スキルを盗めるのはその情報を僕たちの体が解析できるからなんだ。だから僕たちは性的魅力でもって男たちの心を震わせて精気を放たせる。そしてそれを貪る。性欲って言うのはとても人の心を強く動かすものだからね」


「だからサキュバスは美しく淫靡な姿なんですね。食性のために最適化してるんだ」


「その通り。だけどね、精気の放出は性欲だけじゃないんだ。楽しい、嬉しい、感動。そう言った感情が強く動いた時にも放たれる。当然僕たちはそれも食べられる。でも違うだろう?その味は。さっきの決闘を心の底から皆が楽しんでくれた。今僕たちを包む快感は彼らが感じた喜びそのものだ。サキュバスは人の心を喰らう生き物だ。だけどこんな風にも食べられる。見方によっては他人と本当の意味で心を通わせられる力を持っているって言ってもいいのかも知れないね」


 ユリシーズは私の背中と膝の裏に手を回して、持ち上げてくれた。お姫様だっこなんて生まれて初めてされた…。


「皆さん!そろそろパレードの時間だ!是非とも最後までボクたちが創る夢を楽しんでいってくれ!」


 ユリシーズの背中から羽が生えてきて、そのまま空へ向かって飛んだ。2人きりの優雅な空の旅。下には煌びやかで綺麗な遊園地のネオンが輝いていた。


「ここは確かに監獄かも知れない。だけど綺麗なところもあるよ。君はここで生きていくほかないんだ。だからここのいい所を楽しんで欲しい」


 ネオンに照らされたユリシーズはとても美しく見えた。だけど同時に寂しさの影も差し込んでいるようで、私は悲しさを覚えてしまった。


「さて!着いたよ!」


 私たちはパレードの中を悠然とすすむ小さなお城の形をしたオブジェの上に着陸した。


「こっちだよ!おいで!」


 ユリシーズに手を引かれて、城の中に入る。そこにはドレスを着た幾人かのサキュバスたちが待機してた。パレードの演者のようだ。


「あれ?ユリシーズどうしたの?そっちのは…げっ!?噂のスーパーKY新入りじゃん!なんでここに?!」


 サキュバスたちが私に露骨に嫌そうな顔を向けている。


「まあまあちょっと予備の衣装貸してよ。新入り君への洗礼するからさ!」


 また洗礼?何度もそれで痛い目を見た。だけどユリシーズは悪戯っ子のような感じで楽しそうに微笑んでる。


「へぇ…そうなんだー。まっいっか!でも後でうちの派閥のボスとかゴリラハゲが怒っても全部ユリシーズのせいにするからね!」


「ふふふ…。できればアイ先輩には目玉を喰らいたくないなぁ」


 そして私はユリシーズから衣装を渡され、それに着替えた。彼女もまた着ていたドレスを脱いで衣装に着替える。


「皆準備はいい?そろそろ出番だよ!」


 一人のサキュバスがのぞき窓で外を見ながら言った。


「「「まかせてー!」」」


「よし!皆出番よ!ごーごー!」


 サキュバスたちが城の外へ出る。


「さっ!ボクたちも行くよ」


 ユリシーズは私の手を取っている。だけど私は尻込みしていた。外には沢山の人がいる。沢山の人がいる。きっとみんなが私たちを見る。それは怖いことに思えた。


「でも…私は…」


「大丈夫!とても似合ってる!今の君は世界一かわいいよ!」


「あっ…。…うん!」


 きっと今言われた『かわいい』が私にとって世界一嬉しい言葉に聞こえたんだ。私はユリシーズにエスコートされながら城の外へ出た。バルコニーにユリシーズと私が並んで立つ。下を見るとサキュバスたちが派手で可愛らしい衣装を身にまとい踊りながら行進している。そしてパレードの進む道の両脇に多くの観客が詰めかけていた。


「見ろよ!序列三位のユリシーズだ!王子のコス似合うよなぁ」「きゃー!ユリシーズ様!かっこいい!抱いて!」「あのお姫様は誰だろう?見たことないや。綺麗だけど」


 ユリシーズは王子、私はお姫様の衣装を纏っていた。バルコニーから私たちは手を振る。


「さて、手だけ降ってるのはつまらない。踊ろうか」


「でも私踊れないよ」


「大丈夫だよ。ボクがリードするから任せてくれ」


 ユリシーズは私の手をとり、腰に手を当てて、ステップを踏み始める。観客が私たちに向かって歓声を上げている。私のダンスはよく見ればきっとぎこちないものだろう。だけどわたしにとってそれはとても甘い夢の中の出来事のように思えた。この監獄の中で私は踊る。未来に何があるかはわからない。だけど今だけは忘れてしまいたかった。微かに伝わってくる観客の歓びの精気を浴びながら、私は今この時は甘い夢に溺れることにした。

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